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Le ciel d'azur~藤倉梓blog

脚本,作曲,演出,出演,訳詞,ピアノ弾き and so on...

(承前)

テーブル稽古と、振付とステージングが交互に襲いかかる日々がやって来る。
ステージングって、ミュージカルならではの表現だよね…?
ミザンスをつけること。
ミザンスも、演劇用語だよね…?
動きのこと。
ミザンセーヌが正式用語。
フランス語で、Mise-en-scèneと書きます。これでミザンセーヌと読み、「舞台に置くこと」という意味になる。
何を置くの?
物語と、登場人物を。

ほんで、私は、ステージングは「あなたこっちから出てこっちにハケて」って決めることもあるけれど、「ちょっと好きにやってみて」が多い、らしい。

なんでそうなのか、改めて考えてみた。
私が演劇を始めたのは大学のサークルだった。
しかも早稲田やMPと違って歴史が浅く、創立2年目のサークルだった。
創立者が同級生だったので、先輩は殆ど居ない。みんな仲間。
演出家も当然同級生。
となると、もちろん最後は演出家に委ねるが、どうしても「ゼロから一緒につくっていく」稽古形態になる。
となると、決めてもらったり教えてもらうより前に、自分で自分の役や場面をプレゼンしないと進まない。
そうやって創ることしかしてこなかったから、いま演出家してるときも「プレゼンplease!」ってなるのかも。

あらためて、分析したのであった。おしまい。


【翻訳・訳詞・演出】

ブロードウェイミュージカル『第25回パットナム郡スペリング大会』

2020.5.6(Wed)-10(Sun)
六行会ホール
(承前)

歌稽古をしたら、次は台本読みとディスカッション時間。(藤倉の場合)
テーブル稽古、ともいう。
私はオリジナルミュージカルをつくるときは先ず全て台詞で書く。
歌にするであろう箇所も、歌詞ではなく台詞で書く。
あとで歌詞に押し込めるとき、どうせメロディに合わせて言葉を削らなければならないけれど、ほんとはどんな単語をどんなニュアンスを考えていたのか可視化するために完全文を残しておく。

ということがあるからか、ミュージカルの台本読みの時も歌わないで全て台詞で読んでもらう。
これは訳詞のモットー部門にかかるが、
台詞で読んだとき、その歌詞がカタコトだったり、文としてはちょっと語りにくい歌詞だったりすると、スラスラ読みにくい。違和感が起きる。ノッキング、ともいえる。

よって台詞で読んでも違和感なくスラスラ読める歌詞にするのがモットーのひとつだ。
翻訳ものでも、オリジナルでも。

そして最近は「サブテキスト読み」もやっている。
行間を読む、とか。
裏台詞(台詞に込められた本意や感情)は何なのか、とか。
ここで立体的に台本が読めていれば、立ち稽古で立ち往生しない。
筈、なのだ。

だが正直、台本を、字面を追う以上の読み方で読むことのできない役者が多い。
なぜそう書かれているのか、理解しながら想像しながら読むことなく、なんでだかね、どう台詞を云おうかを考えながら読む役者が多い。

たくさん本を読もう。行間を掬い、想像し、組み立てられるように。
たくさん映画や舞台を観よう。行動や表情から、何が起きているかを把握できるように。

ミュージカルは歌も踊りも大切。
だけど、その何もかも「心」から始まるのだから、「どんな心か」を読み、血管や神経のように縦横無尽に考えをのばしてゆかねばならない。

ふだんから本など読まなくたって舞台など観なくたってそれが出来る人も居る。
そういう人はいいの。

でも、(自戒とともに、)
こんなズッタボロな今の世界でそれでも演劇を続けてしまう演劇人は、この業とともに生きてゆくしかないのだ。
あそぶことも必要。だがこの業を背負いし覚悟を無駄にするわけにはいかない。

ったく、どの口が云うんだかね。
気に障った方は、ごめんなさい。
精進しますわ。


【翻訳・訳詞・演出】

ブロードウェイミュージカル『第25回パットナム郡スペリング大会』

2020.5.6(Wed)-10(Sun)
六行会ホール
スペリング・ビーのお稽古は、この2週間で
①歌稽古
②台本読みとディスカッション
③振付とステージング
と進んできた。

だんだん立体化するのを肌で感ずるこの感覚、何度味わってもわくわくする。
なんせ、プロジェクトのスタートはとてもしずかな所から始まるからである。
英語の台本や楽譜と向き合う。ひとりで。
日本語をあてていく。ひとりで。
推敲する。ひとりで。
あの時代を思うと、今、それを立体化して下さる生きた仲間がこんなに居るのだ。心強い。
生きた、っていうのもどうかと思うけど、事実だし…。

扠て。
歌稽古は、音楽監督か歌唱指導が「音取り」をする。(たまに私もやる)
歌唱指導の須藤瑛子いわく、小生の訳詞は音はめが難しいらしい。
「ミスチル方式」は長年の盟友であるGotta2の西村淳が提唱した音はめ法だが、藤倉カンパニーでそれはそれはよく登場する。

ミスチルの「stay」の歌い方である。
「ス・テ・イ」ではなく
「stay」
音節の数が違うのである。

極力、オリジナル歌詞の英語に日本語訳の響きを寄せる為だ。

そう、「極力オリジナル歌詞の英語に日本語訳の響きを寄せる」が小生の訳詞のモットーのひとつだ。
その音を歌う時の口の形や、発せられる音の響きは、発声にも感情にも影響を及ぼす。
海外のボーカルコーチのレッスンを受けた時にその確信を得たので、心がけるようにした。
いや、そりゃ、限界はありますけどね。

訳詞のモットーについて、ついでにいえば、
「語順を極力オリジナル歌詞と同じにする」
もそうである。
英語と日本語はもちろん語順が違う。だが、そこを敢えてがんばりたいところ。
歌詞はつまり、台詞だ。
だからつまり、心の動きだ。
オリジナル歌詞と日本語訳詞、同じ箇所で同じ言葉が出なければ、芝居の組み立てが、心の動きが、出し方が、変わってしまう。芝居が崩れ、演出や振付が成立しなくなってしまう。
もちろん限界だらけなので、極力ですよ、極力。しょーがないです。翻訳物をやる以上、何かがすっといかない事については諦めるしかありません。
すっとしたいからオリジナルをつくっています。

えと、訳詞のモットーは、他にもたくさんあるのだけれど、とりあえずはこのくらいにしておく。

ちなみに中学の国語の授業で「比喩」の勉強をしたとき、先生はミスチルの「stay」を例にとって教えてくれた。

なんだ、汎用性が高い。


【脚本・作詞】

『10 minutes musical』

2020.3.24(Tue)

【翻訳・訳詞・演出】

ブロードウェイミュージカル『第25回パットナム郡スペリング大会』

2020.5.6(Wed)-10(Sun)
六行会ホール