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Le ciel d'azur~藤倉梓blog

脚本,作曲,演出,出演,訳詞,ピアノ弾き and so on...

前回のブログ、途方もなく長いのに読んで下さりありがとうございました。
私も驚いたことに、このクラウドファンディング、スタートから12時間も経たないうちに目標額を達成しました。
1日半経過した頃には、その倍の額があつまっていました。

劇団員ではないけれど、かなり深く関わらせた頂いた我が身としては、こんなに多くの方々にご支援頂けていることへの感謝と、頑張ってぇー!という応援の気持ちが入り交じって、どの立場から何を言ったらいいのかごっちゃになっている感じです。

そして、「ネクストゴール」というのが設置されたそうです。
当初の目標300万円から1,000万円へと、更なる目標が掲げられました。
それは必要な前進だと私もひそかに思っていました。
現に自粛期間が長引くと予想されている今ですし。
ミュージカル座が当初掲げていた「公演中止の2ヶ月分の維持費や運営費」だけでは謙虚であろうと、外部の者が失礼ながら思っていたので、「ネクストゴール」の設置はあってよいものと思いました。

正直、寄付という文化が欧米より根付いていない日本においてこの活動に言及することについて些か躊躇も有ります。
ですので今は、M座さんがこれまでのクラウドファンディングとネクストゴールについての全ての目的を明示していらっしゃることを、再びこのリンクを貼ることで感謝と共にお伝えしようと思います。

こちらは5/2(土)午前中のクラファンページを撮ったものです。



あとそれからもうひとつ、ミュージカル座さんの代表作のひとつである『アイ・ハヴ・ア・ドリーム』の歌を劇団員さんが集合(比喩)してお作りになった動画も貼っておきます。https://youtu.be/yyHm0U7JTtw

私に創作の場を与えて下さり、たくさんのことを教えて下さったミュージカル座の、尊敬と憧れ尽きない劇団員さん達です。

1日も早い終息を、心から願って。













(写真の時系列ぐっちゃぐちゃだわ笑)
日頃よりお世話になっているミュージカル座さんがクラウドファンディングを開始します。
微力ながら私からも拡散させて頂きます。
こちらにリンクございます。https://readyfor.jp/projects/musical-za

勝手に、長たらしく、私の思うことを書きます。
私は謂わばミュージカル座さんによって「ミュージカル作演出家」に「ならせて」頂きました。

2011年5月のこと、
初めてつくった音楽劇を演出するべく、養成所の同期と後輩に助けてもらって自主公演を打とうとしていました。
いろいろと手一杯で、宣伝になかなか手が回ってなかったのに、ある日、それまでに何回か出演させて頂いていたミュージカル座から電話がきて、代表のハマナカトオル先生が拙作を観たいとおっしゃってる、と。
え、なんで上演のこと知ってるんだ、田宮あたりからバレたのか?と思いました。
本来ならばこちらからご招待のご案内をお送りするのが礼儀。こちとらその礼儀を欠いてしまったというのに、本当に観に来て下さいました。100人未満のキャパ(客席数)の、20人程度のカンパニーの自主公演。
終演後に先生にご挨拶したら、ミュージカル座でも書いてみませんか?って、その場でおっしゃった。
よくわかんないけどなんかこんな規模感の公演をやらせてもらえるんだと思って、「はい」と即答した。
数日後、お打ち合わせに伺うと先生はポンと企画書を出した。キャパは250でカンパニーは60人近くで、中身は『ジーザス・クライスト=スーパースター』みたいなミュージカル、とおっしゃった。あ、思ったのと違ったデカかった…。
「出て欲しいキャストさん居ますか?」先生は畳み掛ける。私の頭はそこまでついてけてない。
「出て欲しいかまで考えられないですけど坂元健児さんは好きです…」
「じゃ、そのうち電話かけてみましょう。」
はぇっ。
そしてキャスティング開始後。
「決まりました。」
マジか。

ちっちゃい舞台1作品しか発表してない27歳の女に初のミュージカル製作をぽんと任せます先生?
つまんないもの作っちゃったらどうするの?
失敗したらどうするの?
座の評判が下がったら?
で、いやもう、終わってみると当然失敗だらけだったし、全然出来てなかったし、それは今もだけど、
でもそういうチャレンジングな時があって、そのお蔭で、というても私は所詮こんな体たらくだけれど、
先生「次、何か書きたいものありますか?」
先生「カムイレラ、三部作にしましょう。」
某P「戦隊?はっはっは~。書いてみれば?面白いと思うよ。」
某P「ブロードウェイミュージカル?いいよやろう。」
某P「藤倉が作りたいものを作っていいよ。」
先生「たまには舞台に出ましょう。」
こんなにもお心のひろいP=プロデューサー達のお蔭で、今の自分はあります。

この14年間で私が得た素晴らしい出逢いの多くは、あの北浦和の小さな劇団で起こりました。
あのとき先生が拾って下さらなかったら、
キヤと道生はアイヌの地で風に歌うこともなかったし、
氷刀火と琅丸が抱擁を交わすことも、
トリオとセンパイが自由の扉へ走り出すことも、
我ら日本人がSend me a signしたりミゼラブリーに行進することも、
山田創くんがレンジャーレッドとして走り続けることも、
ジーザスと使徒達が愛を歌うことも、
なかった。

そして開催する予定だったアメリカのスペリング大会のミュージカルは延期となり、更には、発表されていなかったけれど本当は再演予定であった他の作品に至っては無音のうちに霧散しました。
むろん何より命が大事ですから。
確りと、心得ています。

とはいえ、あそこは小さな劇団です。たしかにほんとに小さな劇団です。
14年も携わっていると、「こんんんんんのやろー!ありえん!もーやだ。」って事ありますよ、正直。
あるんだけども、好きなことを仕事にしている以上、そして仕事である以上、全て100%思いのままの楽園となりえないのは当然とも思っていた。

それよりも劇団員さんがみんな本当にあったかくて。心が広くて、舞台が大好きで、熱くて。
小道具だの衣裳だの、気付いたらもう用意されてきて、いつやったの?寝てる?寝てないでしょ絶対。
知らないこと、分からないこと、未熟なことに対して根気よく教えてくれる。
失敗したらちゃんと叱ってくれる。
事務所で遅くまで作業してたら、通りすがりにポンとお菓子を置いてくれる。
公演のスタッフワークだって劇団員の仕事だって膨大にあるだろう中で、稽古場では絶対にパフォーマンスのクオリティを落とさない、これぞ役者なのだという居方をまざまざ見せ付けられる。
いちスタッフとして事務所に居ると、遭遇する。朝な夕な、闇練したり、教えあったりする姿。月1回、座員会議とやらで、奥の事務所を締め切った中で劇団員だけで会議してるらしいのだが、漏れ聴こえる座員さんたちの笑い声、会議らしからぬ雰囲気。(いや、ちゃんと会議されてるのだと思いますが)
舞台という絆でむすばれているファミリーなのだなと。
その笑い声にこちらまであたたかい気持ちになりながらスタッフワークをする私が居た。先月まで。

書き出したら止まらないけれど、
こんな話、お気に障る方もいらっしゃるかもしれないけれど、
困っているのはミュージカル座だけじゃないことも承知しているけれど、
もしも、少しでもお心をお寄せ頂けるならば、僅かでも嬉しいです。お力添え頂ければ幸いです。↓

あとですね、個人的な理由があってこれは声ちっちゃめに言いますね、
期間限定で今月上演予定であった『アワード』2018年初演映像が公開されています。

‪https://www.youtube.com/watch?v=cBcbs51cxYU


どうか宜しくお願い致します。











すこし前に参加した「10 minutes musical」のお話、Final Episode。

【18:45】
ゲネプロのため、会場到着。
通常ならば進行を司る舞台監督または演出助手が居ないことに、ここで初めて気付いた。あ、音楽監督も明確にはいない。
幸い我々個人主義のAチームは、それぞれの仕事をそれぞれこなすタイプの集まりだった。
演出家は照明の打ち合わせを始め、舞台上のキャストと作曲家(ここからは演奏者となる)に指示を出す。
脚本家は引き続き暇なので、演出助手と音楽監督に毛が生えたようなタスクをカバーし始める。
そうしてゲネプロ以下の、初めての通し稽古が行われた。
あとできくと、このタイミングで初めて通したチームが他にも居たようだ。
やっぱ、そうだよねえ。
間に合わないよねえ。

ともかく初めての通し稽古が終わり、開演を待つ。
通常の公演なら、ゲネプロの後、最終調整の時間がある。照明やら音響やらテクニカルから、役者への最後のノートまで。
自分が演出家の時、このタイミングで「役者への最後のノート」を出すかどうかとても悩む。
こんな直前に伝えたって忘れてしまうのではないか。
忘れなくても、そのことがひとつの余計なストレスになって他の事が失敗しないか。
で、云ってみたり、みなかったり、する。
自分が役者の時は、言われたらこなすのが役者の仕事と思うのに、なんで演出家になると躊躇しちゃうんだろう。
さて、本番についてだが、割愛する。
もはや脚本家は、なーんにも出来ないからだ。
舞台のうえは役者のもの。それがすべて。
けど、どのチームもおもしろかった。
いち観客としてたのしんだ。
以上。

【23:00】
4チームの発表が終わった。
もう体力の限界だ。
お開きとなった会場で、Aチームは無言であつまりちびちびジュースを飲み交わした。
あんなに個人主義だった我々、たったの13時間の激闘のうちに一種のファミリー状態になり、お互いに甘えがでたのか、スイッチもオフモードで粛々とノンアルをいれた。

そして会場をでる。
打ち上げオール明けと全く同じ身体の感覚だった。いま体感朝6時。
たしかにオールしたぐらい覚醒し続けて生きていたのだ。
こんな感覚、なかなか経験できない。
別れ際もオール明けみたいな感じだった。
たぶんこの5人で集まることはもうないだろう。通常の公演と同じだ。同じ座組で再演、という奇跡に私は出逢えたことがない。
Aチーム様、ありがとう。
ばたん。きゅう。

【わかったこと】
わかったことが、ふたつある。

1、
13時間でミュージカルはつくれる、ということ。

2、
13時間でミュージカルなんかつくれない、ということ。

1について、死に物狂いで取り組んだ結果、脚本は出来るし音楽も出来るし、役者は数曲の歌と振付を覚えられるという驚異的な事実が分かった。やれば出来るんだと。

2について、ミュージカルの稽古は期間が長い。1ヶ月半とか2ヶ月とかかかる。それはただひたすらに、脚本や音楽や振付や演技をきちんとつくりあげ、万が一のトラブルへの対策も講じ、ととのった状態までもっていけるにはただただ時間を要するからである。
確かに13時間でミュージカルはつくれた。同時に、つくれるもんじゃないということも当然身にしみてわかったのである。

さいごに、わからないことがひとつある。
翌日、筋肉痛になった。
なんでやねん。

(End)