COURRiER Japon
最近愛読している COURRiER Japon
世界の著名な雑誌の記事が日本語で読める優れものの雑誌だ。
この最新号にビクラムヨガというくだりをみつけてビックリ。
記事のタイトルは
落ち目の有名人がカネになる
「セレブ・ファンド」で儲ける奴ら
なんでも、マイケルジャクソンのネバーランドを買い取った会社が、ビクラムヨガのフランチャイズ事業も手がけている云々…
確かにHPにフランチャイズって書いてある。
元ネタはNew York Magazineだそう。
世界の著名な雑誌の記事が日本語で読める優れものの雑誌だ。
この最新号にビクラムヨガというくだりをみつけてビックリ。
記事のタイトルは
落ち目の有名人がカネになる
「セレブ・ファンド」で儲ける奴ら
なんでも、マイケルジャクソンのネバーランドを買い取った会社が、ビクラムヨガのフランチャイズ事業も手がけている云々…
確かにHPにフランチャイズって書いてある。
元ネタはNew York Magazineだそう。
自分の頭で考えて、行動して
地震から2週間経ちましたね。
私は、ほぼ休むこと無くヨガへ行き、ちょろっと残業もしたり、チャリティーライブにいったり、ほぼ普通の生活にもどりつつあります。
この時期になってくると、様々な批判や風評も出て来たり、イライラが表面化しつつありますね。
身近な所では職場で、外国の方や外国生まれ育ちの方、外国に家族がいる方などが原発の関連で海外に避難しており、そのフォローの仕事がぼちぼち出始めています。
避難した方に対する、悪い意見も聞こえるようになって来ました(わかりますけどね、職場では心の中に止めておいた方が良いと思います。)
仕事柄海外とのやり取りが多く、もちろん海外はいつも通り。仕事の期限も、進捗も地震とは関係がありません。申し訳なさそうに仕事の進捗を確認する連絡が増えた1週間でもありました。
海外との仕事が多い部署にいるとは言え、典型的日本企業のためほとんどの物事が日本で決まり、日本で実行されているので、改めてせっかく外国に分散可能な環境があるのに日本集中で仕事をしているためだんだん遅れの危険が出て来ました。そう、でもこの国以外の所では日常がありビジネスが動いているということを実感しました。
そして、放射能による水の汚染ニュース、お店から水が消えました。
私は、ハイ、のんでますよー、お風呂も入ってます。海外にいる友人たちは、避難しなさいと言ってくれますが、うーんまだ…その気にはなりません。
ただ、こういう事態に仕方の無いことだと思いますが、ちょっとパニック気味の方と接して非常に疲れたりしています。私に、外国に避難しないのか、と言って来たり、外国は何と言っているか(自分で調べなさい!)と聞いて来たり、どのサイトに大丈夫と書いているのか?と聞いて来たり、どうやったら海外メディアが発信する原発の情報をぐーぐるで調べられるのかとかとか…
「お風呂、シャワーに毎日はいっているし、コーヒーも水道水でのんでいる。お水はまず、妊婦さんや乳児のいるご家庭優先だと思う」というと…外国のメディアが平気だと言っているのか?とか、政府は嘘をついているかもしれないと思わないのか?と興奮気味に聞いてくる人がいたり。
外国のメディアも友人も日本は危ないって言ってますよ、と言ったら日本から避難するのでしょうか?
海外だってニュースは被災地と原発のことばかりが報道されますから、私の友人たちも心配し、国を出た方が良い、うちに来て良いよ、何か送ろうか?とか、放射線測定器や、ヨウ素の薬?まで送ろうと言ってくれる人もいます。
それは、とってもありがたいことだし、心配してくれる友人がいると言うのは本当に幸せ
私は自分で判断して行動したいし、誰かに振り回されたり、誰かのせいにしたりしたく無い。結局行動の責任を取るのは自分。怖く無いかと言えば怖いけど、誰かのせいにできることではないし、誰かのせいにした所で何も良くならないと思うので、できる限り適切に判断ができるように、いろいろ飛び込んでくる情報をいったん取り込み、自分自身に『どう思うの?どうするの?』と問いかけています。
この態度はヨガで学んだんだろうなーと今更ながら思います。
連休は、妹より実家の両親がテレビをずーっと観ているせいで、同調モード(まるで自分が被災者になったように話す)に入っているので実家へ行って来ようと言うことになり向かいました。私も地震から1、2日はテレビに釘付けになっていてかなり落ち込みモードになっていたのでラジオに切り替えた。この時期にハッピーになって下さいとか、なるべくポジティブにとか言うつもりはありません。ただ、同調しない方が良いですよと思うのです。思いやりを持ちつつ自分は早くもとにもどったほうがよいです。
この真面目な国民性が危機を増幅させるかもしれないと本当に思うから、書いておこうって思います。
ペットボトルの水も、タマゴも牛乳もトイレットペーパーも電池もストックうちには無いけれど、焦って買い回ったりする危機も感じない(全く感じないわけではないがあまり焦ってはいない)。
毛玉とりに電池が入れられずセータがきれなくて困るくらいかな…笑
緊張感もピークに来て、不安だったり、イライラしたりが募って来て、ネットで発信される情報とかに噛み付いてみたりしていることもちらほら見えるようになって来ました。
ここまで読んでいただいて、なんかむかつく、がぶっと噛み付きたいと思ってしまったら、ここでストップしてみて下さい。
地震後 生活してみて私が感じたこと、体験したこと。
震災直後の月曜日は朝連絡網が回って来て、23区内の人はなるべく出勤とのこと。幸い私の使用している路線は地震の当日も動いて、徒歩ではなく電車で帰宅できたので、月曜の朝は動いていました。ただ、混雑している模様だったので、いつもより少々時間を遅らせ気味に。これが良かったのか通勤はスムーズでした。オフィスは節電で暗く、出勤している人も4割くらい。午後になって汗だくで出勤してくる人もいました。
私の仕事は海外とのやり取りが多いため、皆さん心配してくれながらも仕事が止まらないか様子をうかがっている感じ。これが、私を普通に戻してくれてた部分がおおいにあります。
そして、計画停電…どこで何時からなのかわからないまま 会社は定時退社。電車は間引きで2駅前始発になっていたので乗るのは問題なかったのですが、降りるのが本当に大変でした。
翌日は時間はまちまちながらもかなりの人が出勤して来ていました。先日書いた外国人の同僚が出勤して来て、わなわなとし出したのもこの日でした。仕事はごく普通にしていて、定時退社命令がでましたが、昨日の混雑を避けてヨガへ。不謹慎かなと思いつつも、自分の心身を強く保つ為にも必要でした。人数も少なく、多少照明も落ち気味でしたが余震におびえながら家にいるよりも良かったです。クラスに来ていた方は、夕刻遅くまで電車が動かないから来たという方もいました。私は時間をずらしたおかげでかなりスムーズに帰宅できました。
こんな感じで、定時退社、ヨガ、帰宅という2週間を送っていました。
これで、思ったこと。
・残業は減らせる=節電にもなる
いつも、終電ギリギリまで働いていて、週末まで会社に来ている方々が、この1週間毎日真っ先に退社していました。コスト削減といわれ、残業を減らすよう言われ続けていましたが、なかなか減っていなかった模様。でも、皆さん一様に定時退社してました。やればできるじゃん、と言う声が各所で聞こえました。
・集団心理に巻き込まれない、自分で判断して行動する
大規模停電になるといって飛び出すように一斉に皆さんが会社を出たため、駅は大変なことになっていたみたい。1、2時間ずらしただけでスムーズに帰れました。もちろん、会社も締めちゃうし店は早め閉店だし、電車もいつまで動くかわからないし…不安な気持ちはわかりますが…。でも結果オーライですが私は一度しか大混雑に巻き込まれなくてすみました。
買いだめに関しても、ちょっと不安になりましたが、私 タマゴ、牛乳、水が手に入らないけど、私タマゴアレルギーだし水道水のめるし、身体に蓄えかなりあるし。
・こんなときこそワークフロムホーム(在宅勤務)
アメリカではかなりポピュラーになっています。ツールもそろって来ているし…。ウチの会社も動きはあるモノのなかなかすすみません。妊婦の同僚や、家族と一緒にいる必要がある人など家から働ける環境をシステム面以上に、制度面も整備して行く必要があります。
私の上司に、こういうときだから、ぜひ会社に提案してみて下さいとお願いして、上司も「イイね!」と会社の災害対策会議で提案したところ、全く取り合ってくれなかったどころか、不謹慎というか怒られたそうです。ヴぁーーーーー。
そんな風だから、大規模停電があるとなった日、いつまでも定時前退社を許可するのかどうか議論していて、定時まで勤務とはじめは言っておきながら、他の会社が社員を次々帰し始めて慌てて方針を変えたりしちゃうんだよねー。これまでも、色々な意味で戦略や方針が無いと外国のお客さまや社員から言われ続けて来たけど、この一週間で司令塔がいなくてだれも当事者意識が無いのが露呈した感じ。
もちろん、これはウチの会社に限ったことではなく、かつじゃあ、それをふまえて自分は何ができるのかってことなんだけど…
計画停電による間引き運転と接続停止のため片道3時間かけて通勤する人、妊婦の同僚…本当に大変です。1ー2時間ずらすだけで全然混みかたも変わるのに、それさえダメなんてねえ。勤務規定に無いって、この災害も規定に無いと思うんですよ。今は有事です。
・ムーディー
節電で暗くなった街、地下鉄のホームを歩いてふと懐かしい気がしました。そう、アメリカみたいなんですよね。東京ってすっごく明るかったんだなーって。でも、今の明るさでも十分ですって思いましたかえっていい雰囲気ですよ。周りの友人たちも、ロンドンみたい、ニューヨークみたいと言ってます。
・もうちょっとゆったり行きましょう
1~2分間隔で動いているラッシュ時の首都圏の電車たち。これが、今回の停電で間引き運転になりました。上の在宅勤務の所でも書きましたけど、同じ時間に意地でも会社に来る必要ってどうしてあるんでしたっけ? 遅刻が良いって言っているんじゃないし、会社に来なくていいと言っているわけじゃないです。1分の遅刻さえ時間休をとりなさいと言ったり、それをチェックする仕事をしている人がいたりするんですよ…そういう潔癖さがこのような有事のときは危険にさえなると言うことを今回は本当に感じました。再度言いますが遅刻が良いと言っているのではなく、もう少し、かりかりしないで
ロンドンに仕事で頻繁にいっていた頃、しょっちゅう地下鉄が止まったり駅を飛ばしたりするのに真剣に不安になったりしたけど、周りのロンドン子は慣れている感じだったし、しばらくすんでいたアメリカだって、テレビが突然見れなくなったり、電話が使えなくなったりありますよ。アメリカのアムトラックの遅れなんて聞いたら驚いちゃうくらい時間通りじゃないですよ。
今がチャンスだって、思うんですね。ずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと変えられなかったこと。何でこうなっているのかな?おかしいんじゃないかな?と思っていたのに、「まあ、みんなもそうしているんだし、エラい人がそう言っているんだし」と見過ごしていたことを自分の頭で考えて判断して、行動してみると不安に巻き込まれなくてすんでいる気がしました。
だから、買い占めもしなくてすんでいるし、家で飲むカフェオレがソイオレになったり、妹は停電になるからと塩クラッカーを作って持って来てくれるし(これが乾パン並みの食べ物。でもうれしいね。)、冷蔵庫の中身で何をどうすれば日持ちする食べ物に変身させられるか考えたり…いかにこれまで自分が何も考えなくても電車は時間通りに分刻みで動き、電気は滞ること無くつかえることになっていたのか…多くの物が心配する必要も考える必要も無かったおかげで、当たり前になってしまっていたことが当たり前ではないと気付く。
でも、そこから自分は何ができるのか、やっぱり自分で考えて行動できる人になろうって思いました。これをわがままとか、自分勝手って言う人がいらっしゃるかもしれません。でもね、自立と自分勝手は違いますよ。
たまに訪問しているChikirinさんのサイト。おちゃらけとご本人いってますが、鋭くついてます。
首都大混乱 by 「計画停電」
“大混乱への便乗”の勧め
シンプルでわかりやすい、なのに実行に移せないのはなぜなのか…今回のことでたまたま東電が槍玉に挙がっていますが、これだけでないと思います。
地震発生から1週間 福島原発事故の現状と今後(大前研一ライブ579)
あと、最近愛読しているCOURRiER Japon震災からたった2週間でこの特集だしてます。
ここ数年、仕事や色んな場面で「シンプルでわかりやすく、できそうなこと程なぜかできなかったり、邪魔する何かが働いたりする」ってずーっとずーっと思っているんです。ジャッジしないで自分の頭で考えてできることからやろうって思っています。
実は年初に今年やりたいことリストというのを作るのですが、リストをもう一度作り直そうと思っています。きっと違う物になるのでしょうね。
情報をシャットダウンした方が良いということではなく、情報を入れてどのように判断し行動するのかは自分だと言うことです。◯◯が言ってた、書いてあった…等々 それはそれ、判断するのは自分自身です。
自分に言い聞かせる意味もこめて…
私は、ほぼ休むこと無くヨガへ行き、ちょろっと残業もしたり、チャリティーライブにいったり、ほぼ普通の生活にもどりつつあります。
この時期になってくると、様々な批判や風評も出て来たり、イライラが表面化しつつありますね。
身近な所では職場で、外国の方や外国生まれ育ちの方、外国に家族がいる方などが原発の関連で海外に避難しており、そのフォローの仕事がぼちぼち出始めています。
避難した方に対する、悪い意見も聞こえるようになって来ました(わかりますけどね、職場では心の中に止めておいた方が良いと思います。)
仕事柄海外とのやり取りが多く、もちろん海外はいつも通り。仕事の期限も、進捗も地震とは関係がありません。申し訳なさそうに仕事の進捗を確認する連絡が増えた1週間でもありました。
海外との仕事が多い部署にいるとは言え、典型的日本企業のためほとんどの物事が日本で決まり、日本で実行されているので、改めてせっかく外国に分散可能な環境があるのに日本集中で仕事をしているためだんだん遅れの危険が出て来ました。そう、でもこの国以外の所では日常がありビジネスが動いているということを実感しました。
そして、放射能による水の汚染ニュース、お店から水が消えました。
私は、ハイ、のんでますよー、お風呂も入ってます。海外にいる友人たちは、避難しなさいと言ってくれますが、うーんまだ…その気にはなりません。
ただ、こういう事態に仕方の無いことだと思いますが、ちょっとパニック気味の方と接して非常に疲れたりしています。私に、外国に避難しないのか、と言って来たり、外国は何と言っているか(自分で調べなさい!)と聞いて来たり、どのサイトに大丈夫と書いているのか?と聞いて来たり、どうやったら海外メディアが発信する原発の情報をぐーぐるで調べられるのかとかとか…
「お風呂、シャワーに毎日はいっているし、コーヒーも水道水でのんでいる。お水はまず、妊婦さんや乳児のいるご家庭優先だと思う」というと…外国のメディアが平気だと言っているのか?とか、政府は嘘をついているかもしれないと思わないのか?と興奮気味に聞いてくる人がいたり。
外国のメディアも友人も日本は危ないって言ってますよ、と言ったら日本から避難するのでしょうか?
海外だってニュースは被災地と原発のことばかりが報道されますから、私の友人たちも心配し、国を出た方が良い、うちに来て良いよ、何か送ろうか?とか、放射線測定器や、ヨウ素の薬?まで送ろうと言ってくれる人もいます。
それは、とってもありがたいことだし、心配してくれる友人がいると言うのは本当に幸せ

私は自分で判断して行動したいし、誰かに振り回されたり、誰かのせいにしたりしたく無い。結局行動の責任を取るのは自分。怖く無いかと言えば怖いけど、誰かのせいにできることではないし、誰かのせいにした所で何も良くならないと思うので、できる限り適切に判断ができるように、いろいろ飛び込んでくる情報をいったん取り込み、自分自身に『どう思うの?どうするの?』と問いかけています。
この態度はヨガで学んだんだろうなーと今更ながら思います。
連休は、妹より実家の両親がテレビをずーっと観ているせいで、同調モード(まるで自分が被災者になったように話す)に入っているので実家へ行って来ようと言うことになり向かいました。私も地震から1、2日はテレビに釘付けになっていてかなり落ち込みモードになっていたのでラジオに切り替えた。この時期にハッピーになって下さいとか、なるべくポジティブにとか言うつもりはありません。ただ、同調しない方が良いですよと思うのです。思いやりを持ちつつ自分は早くもとにもどったほうがよいです。
この真面目な国民性が危機を増幅させるかもしれないと本当に思うから、書いておこうって思います。
ペットボトルの水も、タマゴも牛乳もトイレットペーパーも電池もストックうちには無いけれど、焦って買い回ったりする危機も感じない(全く感じないわけではないがあまり焦ってはいない)。
毛玉とりに電池が入れられずセータがきれなくて困るくらいかな…笑
緊張感もピークに来て、不安だったり、イライラしたりが募って来て、ネットで発信される情報とかに噛み付いてみたりしていることもちらほら見えるようになって来ました。
ここまで読んでいただいて、なんかむかつく、がぶっと噛み付きたいと思ってしまったら、ここでストップしてみて下さい。
地震後 生活してみて私が感じたこと、体験したこと。
震災直後の月曜日は朝連絡網が回って来て、23区内の人はなるべく出勤とのこと。幸い私の使用している路線は地震の当日も動いて、徒歩ではなく電車で帰宅できたので、月曜の朝は動いていました。ただ、混雑している模様だったので、いつもより少々時間を遅らせ気味に。これが良かったのか通勤はスムーズでした。オフィスは節電で暗く、出勤している人も4割くらい。午後になって汗だくで出勤してくる人もいました。
私の仕事は海外とのやり取りが多いため、皆さん心配してくれながらも仕事が止まらないか様子をうかがっている感じ。これが、私を普通に戻してくれてた部分がおおいにあります。
そして、計画停電…どこで何時からなのかわからないまま 会社は定時退社。電車は間引きで2駅前始発になっていたので乗るのは問題なかったのですが、降りるのが本当に大変でした。
翌日は時間はまちまちながらもかなりの人が出勤して来ていました。先日書いた外国人の同僚が出勤して来て、わなわなとし出したのもこの日でした。仕事はごく普通にしていて、定時退社命令がでましたが、昨日の混雑を避けてヨガへ。不謹慎かなと思いつつも、自分の心身を強く保つ為にも必要でした。人数も少なく、多少照明も落ち気味でしたが余震におびえながら家にいるよりも良かったです。クラスに来ていた方は、夕刻遅くまで電車が動かないから来たという方もいました。私は時間をずらしたおかげでかなりスムーズに帰宅できました。
こんな感じで、定時退社、ヨガ、帰宅という2週間を送っていました。
これで、思ったこと。
・残業は減らせる=節電にもなる
いつも、終電ギリギリまで働いていて、週末まで会社に来ている方々が、この1週間毎日真っ先に退社していました。コスト削減といわれ、残業を減らすよう言われ続けていましたが、なかなか減っていなかった模様。でも、皆さん一様に定時退社してました。やればできるじゃん、と言う声が各所で聞こえました。
・集団心理に巻き込まれない、自分で判断して行動する
大規模停電になるといって飛び出すように一斉に皆さんが会社を出たため、駅は大変なことになっていたみたい。1、2時間ずらしただけでスムーズに帰れました。もちろん、会社も締めちゃうし店は早め閉店だし、電車もいつまで動くかわからないし…不安な気持ちはわかりますが…。でも結果オーライですが私は一度しか大混雑に巻き込まれなくてすみました。
買いだめに関しても、ちょっと不安になりましたが、私 タマゴ、牛乳、水が手に入らないけど、私タマゴアレルギーだし水道水のめるし、身体に蓄えかなりあるし。
・こんなときこそワークフロムホーム(在宅勤務)
アメリカではかなりポピュラーになっています。ツールもそろって来ているし…。ウチの会社も動きはあるモノのなかなかすすみません。妊婦の同僚や、家族と一緒にいる必要がある人など家から働ける環境をシステム面以上に、制度面も整備して行く必要があります。
私の上司に、こういうときだから、ぜひ会社に提案してみて下さいとお願いして、上司も「イイね!」と会社の災害対策会議で提案したところ、全く取り合ってくれなかったどころか、不謹慎というか怒られたそうです。ヴぁーーーーー。
そんな風だから、大規模停電があるとなった日、いつまでも定時前退社を許可するのかどうか議論していて、定時まで勤務とはじめは言っておきながら、他の会社が社員を次々帰し始めて慌てて方針を変えたりしちゃうんだよねー。これまでも、色々な意味で戦略や方針が無いと外国のお客さまや社員から言われ続けて来たけど、この一週間で司令塔がいなくてだれも当事者意識が無いのが露呈した感じ。
もちろん、これはウチの会社に限ったことではなく、かつじゃあ、それをふまえて自分は何ができるのかってことなんだけど…
計画停電による間引き運転と接続停止のため片道3時間かけて通勤する人、妊婦の同僚…本当に大変です。1ー2時間ずらすだけで全然混みかたも変わるのに、それさえダメなんてねえ。勤務規定に無いって、この災害も規定に無いと思うんですよ。今は有事です。
・ムーディー

節電で暗くなった街、地下鉄のホームを歩いてふと懐かしい気がしました。そう、アメリカみたいなんですよね。東京ってすっごく明るかったんだなーって。でも、今の明るさでも十分ですって思いましたかえっていい雰囲気ですよ。周りの友人たちも、ロンドンみたい、ニューヨークみたいと言ってます。
・もうちょっとゆったり行きましょう
1~2分間隔で動いているラッシュ時の首都圏の電車たち。これが、今回の停電で間引き運転になりました。上の在宅勤務の所でも書きましたけど、同じ時間に意地でも会社に来る必要ってどうしてあるんでしたっけ? 遅刻が良いって言っているんじゃないし、会社に来なくていいと言っているわけじゃないです。1分の遅刻さえ時間休をとりなさいと言ったり、それをチェックする仕事をしている人がいたりするんですよ…そういう潔癖さがこのような有事のときは危険にさえなると言うことを今回は本当に感じました。再度言いますが遅刻が良いと言っているのではなく、もう少し、かりかりしないで
ロンドンに仕事で頻繁にいっていた頃、しょっちゅう地下鉄が止まったり駅を飛ばしたりするのに真剣に不安になったりしたけど、周りのロンドン子は慣れている感じだったし、しばらくすんでいたアメリカだって、テレビが突然見れなくなったり、電話が使えなくなったりありますよ。アメリカのアムトラックの遅れなんて聞いたら驚いちゃうくらい時間通りじゃないですよ。
今がチャンスだって、思うんですね。ずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと変えられなかったこと。何でこうなっているのかな?おかしいんじゃないかな?と思っていたのに、「まあ、みんなもそうしているんだし、エラい人がそう言っているんだし」と見過ごしていたことを自分の頭で考えて判断して、行動してみると不安に巻き込まれなくてすんでいる気がしました。
だから、買い占めもしなくてすんでいるし、家で飲むカフェオレがソイオレになったり、妹は停電になるからと塩クラッカーを作って持って来てくれるし(これが乾パン並みの食べ物。でもうれしいね。)、冷蔵庫の中身で何をどうすれば日持ちする食べ物に変身させられるか考えたり…いかにこれまで自分が何も考えなくても電車は時間通りに分刻みで動き、電気は滞ること無くつかえることになっていたのか…多くの物が心配する必要も考える必要も無かったおかげで、当たり前になってしまっていたことが当たり前ではないと気付く。
でも、そこから自分は何ができるのか、やっぱり自分で考えて行動できる人になろうって思いました。これをわがままとか、自分勝手って言う人がいらっしゃるかもしれません。でもね、自立と自分勝手は違いますよ。
たまに訪問しているChikirinさんのサイト。おちゃらけとご本人いってますが、鋭くついてます。
首都大混乱 by 「計画停電」
“大混乱への便乗”の勧め
シンプルでわかりやすい、なのに実行に移せないのはなぜなのか…今回のことでたまたま東電が槍玉に挙がっていますが、これだけでないと思います。
地震発生から1週間 福島原発事故の現状と今後(大前研一ライブ579)
あと、最近愛読しているCOURRiER Japon震災からたった2週間でこの特集だしてます。
ここ数年、仕事や色んな場面で「シンプルでわかりやすく、できそうなこと程なぜかできなかったり、邪魔する何かが働いたりする」ってずーっとずーっと思っているんです。ジャッジしないで自分の頭で考えてできることからやろうって思っています。
実は年初に今年やりたいことリストというのを作るのですが、リストをもう一度作り直そうと思っています。きっと違う物になるのでしょうね。
情報をシャットダウンした方が良いということではなく、情報を入れてどのように判断し行動するのかは自分だと言うことです。◯◯が言ってた、書いてあった…等々 それはそれ、判断するのは自分自身です。
自分に言い聞かせる意味もこめて…
いろいろあるけど
あれから1週間経とうとしています。
幸い自分も家族も大丈夫。仙台の親戚たちも無事でした。
まだまだ大変な思いをしている方々もいます。
募金をしました、物資を運ぶというNPO団体に洋服を届けに
行こうと思っています。今できることをやろうと思います。
不謹慎とおっしゃる方もいらっしゃると思いますが、多くのヨガ
スタジオがスタジオを空けていて、私も日曜日からプラクティス
を続けています。
色々あるけれど、できる限り普通でいることが大切だと思います。
昨日 職場の外国人の方から、長期休暇をもらいたいと言われま
した、国に帰るからと言うことです。
最初は私も戸惑いました。
でも、週明け出勤して来てから、ずっとニュースを見つめ、
そわそわし、ひっきりなしに家族から電話がかかる度に表情が
曇って殆ど仕事が手についていない様子。
その不安が周りに伝染するのも怖いし(正直 私もあやうく
不安に飲まれそうでした)、自分の国を離れ一人で日本にいる
息子さんを、家族も待っているのでしょう。
もちろん、不謹慎、非常識と言う声も無かったわけではありません。
私もそう思わなかったかと言えば嘘になります。
せっかく準備して来たパスポートを職場で落としてしまうくらい
動揺している同僚を見ていたら「もう帰った方が良い」としか、
言えることはありません。
私の会社は外国人の方が結構働いています。いくつかの職場は、
たくさんの人が国に帰ると言い出して人手不足になっている所
も出て来ているそうです。
不謹慎、不謹慎と言う言葉が飛び交っているけれど、本当にもう
不謹慎っていうのやめませんか?
今回の震災で、色んなことを感じ、世界中の友達からがんばれの
メッセージをもらいました。 私は無事ですし、余震におびえて
いるけれど、ほとんど普通に日常生活を送っています。
こういう時だからこそ、ヨガマインド。
今を今をがんばるだけです。
幸い自分も家族も大丈夫。仙台の親戚たちも無事でした。
まだまだ大変な思いをしている方々もいます。
募金をしました、物資を運ぶというNPO団体に洋服を届けに
行こうと思っています。今できることをやろうと思います。
不謹慎とおっしゃる方もいらっしゃると思いますが、多くのヨガ
スタジオがスタジオを空けていて、私も日曜日からプラクティス
を続けています。
色々あるけれど、できる限り普通でいることが大切だと思います。
昨日 職場の外国人の方から、長期休暇をもらいたいと言われま
した、国に帰るからと言うことです。
最初は私も戸惑いました。
でも、週明け出勤して来てから、ずっとニュースを見つめ、
そわそわし、ひっきりなしに家族から電話がかかる度に表情が
曇って殆ど仕事が手についていない様子。
その不安が周りに伝染するのも怖いし(正直 私もあやうく
不安に飲まれそうでした)、自分の国を離れ一人で日本にいる
息子さんを、家族も待っているのでしょう。
もちろん、不謹慎、非常識と言う声も無かったわけではありません。
私もそう思わなかったかと言えば嘘になります。
せっかく準備して来たパスポートを職場で落としてしまうくらい
動揺している同僚を見ていたら「もう帰った方が良い」としか、
言えることはありません。
私の会社は外国人の方が結構働いています。いくつかの職場は、
たくさんの人が国に帰ると言い出して人手不足になっている所
も出て来ているそうです。
不謹慎、不謹慎と言う言葉が飛び交っているけれど、本当にもう
不謹慎っていうのやめませんか?
今回の震災で、色んなことを感じ、世界中の友達からがんばれの
メッセージをもらいました。 私は無事ですし、余震におびえて
いるけれど、ほとんど普通に日常生活を送っています。
こういう時だからこそ、ヨガマインド。
今を今をがんばるだけです。
Love
この国を揺らした大地震…
亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、
被災者の方々へのお見舞いと多くの方の命が救われることを祈ります。
そして無事でいられた私にできることをやって行こうと思います。
地震が起きた時、私は会社のビルの1Fのコンビニでおやつを選んでいました。すごく揺れはしたけど、立っていられない程という状態ではなく揺れが治まるのを待っていました。
パニックになり始めた人が出て来たので、避難訓練の担当に当たった時に訓練時に集合した広場に出ました。しかし、向かいの建築中のビルの上のクレーンが大揺れで、自分のビルも見上げるとまだ揺れていて、そのときに2回目の揺れが来ました。21Fにあるオフィスにいたメンバーは非常に怖かったに違いありません。
以外と自分が落ち着いていたのが不思議です。近くに同僚の方がいて、テレホンカードを貸して下さったので公衆電話から実家にかけた所、両親とも無事で被害も無いと言うことで一安心。携帯は全く繋がらなかったので、公衆電話はエラいっと思いました。そして、比較的皆落ち着いていました。
ロビーははがれた壁が落ちていたりひびが入っている壁もあり、どうするか迷いましたが、携帯も上着もなかったので一旦21Fのフロアまで上がるしか無いと決意し、職場の方とグループで階段を上り始めました。
途中座り込む方とかもいましたが、途中の9Fのオフィスで少々休憩させていただくと、皆さん普通に仕事をしていました。自分自身もその時どれほど大きい地震だったのか想像もしていなかったので、汗をかきながら、ヒビの入った壁と余震に恐怖を覚えつつ、21Fに来ると、私は行方不明者になっていた
らしく「無事だったの!」と安否確認をされ「おやつを買いに行ってました」と答えると「らしいね(笑)」と…
オフィスのテレビで流れている津波は想像を絶する物がありました。母の実家が仙台で、幸か不幸か年をとった祖父母は前に他界していたのですが親戚の様子や、続く余震が心配で実家に電話を試みるも通じませんでした。
皆さん普通に仕事をしていましたが、いよいよ暗くなり始め、災害対策ミーティングが開かれ、徒歩帰宅をするか、残るかの確認が行われました。いえまで10km 2時間 歩ける距離ですが、下をみると
ゾロゾロとあふれる人が見え、ヘルメットも無かったので、ステイすることを決めました。
買って来たおやつをわけて食べたり、余震で気分が悪くなる人を励ましたり、地下1Fがスーパーなので買い物に行く人がいたり、明るいうちにと帰り始める人が居たり…妊婦の奥様を残しているのでと言うことで遠い道のりを歩く人も出始めました。
私は地震の直後に徒歩で21Fまで上がったので買い物に行く気にはなれずにいた所、課長は降りて、皆で食べようとおやつを買って来てくれて、何と良い人だと感激。こういう時に騒がず、買い出しに走って買い占める人も出ない落ち着いた行動に、海外から帰国した人の多いわが部署の人々は口々に日本でなければ略奪や騒ぎが起こるだろうと言っていました。
連絡のついていない妹に連絡しようと何度も何度もかけるも電話は通じませんでした。携帯でGmailを見たところ、社長に送ってもらい、無事で家に帰宅と言うメールが入っていました、一安心。両親とも無事であることををメールで伝え、家族は皆無事を確認。
ウチの会社はgmailもFacebookもtwitterも書き込み禁止ですが、一番情報が早く確実だったのは、携帯からアクセスしたこれらのネット類でした。セキュリティとは言いますが、こういう災害時にライフラインとなりうるこのようなサイトへのアクセスさえ禁じられていると言うのは、今後考える所だと思います。
徒歩帰宅をはじめた友人が外の状況をつぶやいたり、都バス情報等を流しているのを見つつ帰る時間を見極めていた所、地下鉄が動き始めました。震度5強が起きた数時間後に復旧する東京の地下鉄はすごいです。そとも寒くなり始め、もしも乗れないならまた21F上がってオフィスに戻ろうと駅に向かいました。駅は混雑してはいましたが、騒ぐ人もおらず、冷静に対応しており、自分のご家族もあるでしょうに一生懸命地下鉄を復旧させる皆さんに感謝しつつ、朝の通勤より少々込み合っていましたが、止まることなくまっすぐに家に帰って来ました。時間的にはほぼいつもの帰宅と変わらない時間で帰宅し、本当にラッキーでした。一緒に帰った方は途中で路線を変える必要があり、次の路線が電車がなかなか来なくて2時間後くらいに帰宅したそうです。
家に帰ってしばし、呆然。
予想してはいましたが食器は飛び出して割れていて、テレビは落ちていて、本棚の本やCDは飛び出して散乱状態でした。冷蔵庫もかなり前に出て来ていました。これを妹は冷蔵庫が歩いたと言っていましたが…(笑)
危ないので靴のまま家に入り、散乱したガラス類を片付け、その後、片付けても余震でまた崩れるのではと思い、まず電気のあるうちに食料をと思いご飯を炊きました。次は水だと思い、お風呂に水を貯め、水筒に水をいれ、おにぎりをたくさん握りました。
当然、眠れるわけではなくテレビに釘付けでうとうとするも余震におびえて一晩過ごしました。
日本は英語の情報が少ないので、動いている電車の情報や夜を過ごせる場所の情報等をTwitterやFBで発信し、途中チャットで飛び込んで来る世界中の友人たちに無事を伝えつつ朝を迎えました。
靴と逃げる為の鞄に懐中電灯や食料をつめベットの横において置きベットに入るも眠ることは殆どできませんでした。でも、朝キチンとゴミの収集車がいつものように早朝にやってきて、皆が日常を取り戻そうとしているのを感じ、略奪があるわけでもなく、パニックが起きるわけでもなくこの国の秩序は本当にすごいと思いました。世界中からその日本人の行動に賞賛の声も上がっていたようです。
妹がやって来て、食料を調達し、肉を食べようと近所へ。忙しくて適当なご飯をここ数日食べていたのでハンバーグが本当においしかったです。大きな災害の後に店を開け、温かい物を食べられることに感謝をするとともに、被災地の皆さんに一刻も早く支援の手が届くことを祈りました。
日曜日はチャリティーヨガに行きました。被災されている方のことを思うと心が痛みましたが、今自分にできること自分の中にある恐怖と向き合い、それから自分にできることをやろうと思ったからです。クラスに行くと先生とハグ。呼吸を見つめて動くと思った以上に感情が高ぶっていることがわかりました。いつも、ビクラムやアシュタンガなどシークエンスが決まったヨガをやっているのですが、この日は隣や向かいの人とコミュニケーションをとるポーズや、ちょっと変わったポーズや壁無しの逆転のポーズの連続。今までやったことが無いことや、不安定な状態をヨガを通して体験することで、不安や恐怖と言うのはいつも側にあり、それは呼吸や自分の心の持ち様で対処することも可能だと言うことを学んで欲しいと言うことでした。普段ヨガでエモーショナルになることは無いのですがこの日はさすがにSavasanaから起きて涙が出ていました。
原発や計画停電などまだまだ何が起こるかわからない状態ですが、忘れてしまう前にこの数日間自分に起きたことを書き留めておこうと思いました。
世界中からメッセージや何かできることは無いかと連絡をくれた友人たちに感謝するとともに、私も含めて今こうしていられることに感謝し、被災された皆さんに対してできることをやって行きたいと思います。先ほど早速募金もさせていただきました。
早く日本が元気になりますように…
OM Shanti

亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、
被災者の方々へのお見舞いと多くの方の命が救われることを祈ります。
そして無事でいられた私にできることをやって行こうと思います。
地震が起きた時、私は会社のビルの1Fのコンビニでおやつを選んでいました。すごく揺れはしたけど、立っていられない程という状態ではなく揺れが治まるのを待っていました。
パニックになり始めた人が出て来たので、避難訓練の担当に当たった時に訓練時に集合した広場に出ました。しかし、向かいの建築中のビルの上のクレーンが大揺れで、自分のビルも見上げるとまだ揺れていて、そのときに2回目の揺れが来ました。21Fにあるオフィスにいたメンバーは非常に怖かったに違いありません。
以外と自分が落ち着いていたのが不思議です。近くに同僚の方がいて、テレホンカードを貸して下さったので公衆電話から実家にかけた所、両親とも無事で被害も無いと言うことで一安心。携帯は全く繋がらなかったので、公衆電話はエラいっと思いました。そして、比較的皆落ち着いていました。
ロビーははがれた壁が落ちていたりひびが入っている壁もあり、どうするか迷いましたが、携帯も上着もなかったので一旦21Fのフロアまで上がるしか無いと決意し、職場の方とグループで階段を上り始めました。
途中座り込む方とかもいましたが、途中の9Fのオフィスで少々休憩させていただくと、皆さん普通に仕事をしていました。自分自身もその時どれほど大きい地震だったのか想像もしていなかったので、汗をかきながら、ヒビの入った壁と余震に恐怖を覚えつつ、21Fに来ると、私は行方不明者になっていた
らしく「無事だったの!」と安否確認をされ「おやつを買いに行ってました」と答えると「らしいね(笑)」と…
オフィスのテレビで流れている津波は想像を絶する物がありました。母の実家が仙台で、幸か不幸か年をとった祖父母は前に他界していたのですが親戚の様子や、続く余震が心配で実家に電話を試みるも通じませんでした。
皆さん普通に仕事をしていましたが、いよいよ暗くなり始め、災害対策ミーティングが開かれ、徒歩帰宅をするか、残るかの確認が行われました。いえまで10km 2時間 歩ける距離ですが、下をみると
ゾロゾロとあふれる人が見え、ヘルメットも無かったので、ステイすることを決めました。
買って来たおやつをわけて食べたり、余震で気分が悪くなる人を励ましたり、地下1Fがスーパーなので買い物に行く人がいたり、明るいうちにと帰り始める人が居たり…妊婦の奥様を残しているのでと言うことで遠い道のりを歩く人も出始めました。
私は地震の直後に徒歩で21Fまで上がったので買い物に行く気にはなれずにいた所、課長は降りて、皆で食べようとおやつを買って来てくれて、何と良い人だと感激。こういう時に騒がず、買い出しに走って買い占める人も出ない落ち着いた行動に、海外から帰国した人の多いわが部署の人々は口々に日本でなければ略奪や騒ぎが起こるだろうと言っていました。
連絡のついていない妹に連絡しようと何度も何度もかけるも電話は通じませんでした。携帯でGmailを見たところ、社長に送ってもらい、無事で家に帰宅と言うメールが入っていました、一安心。両親とも無事であることををメールで伝え、家族は皆無事を確認。
ウチの会社はgmailもFacebookもtwitterも書き込み禁止ですが、一番情報が早く確実だったのは、携帯からアクセスしたこれらのネット類でした。セキュリティとは言いますが、こういう災害時にライフラインとなりうるこのようなサイトへのアクセスさえ禁じられていると言うのは、今後考える所だと思います。
徒歩帰宅をはじめた友人が外の状況をつぶやいたり、都バス情報等を流しているのを見つつ帰る時間を見極めていた所、地下鉄が動き始めました。震度5強が起きた数時間後に復旧する東京の地下鉄はすごいです。そとも寒くなり始め、もしも乗れないならまた21F上がってオフィスに戻ろうと駅に向かいました。駅は混雑してはいましたが、騒ぐ人もおらず、冷静に対応しており、自分のご家族もあるでしょうに一生懸命地下鉄を復旧させる皆さんに感謝しつつ、朝の通勤より少々込み合っていましたが、止まることなくまっすぐに家に帰って来ました。時間的にはほぼいつもの帰宅と変わらない時間で帰宅し、本当にラッキーでした。一緒に帰った方は途中で路線を変える必要があり、次の路線が電車がなかなか来なくて2時間後くらいに帰宅したそうです。
家に帰ってしばし、呆然。
予想してはいましたが食器は飛び出して割れていて、テレビは落ちていて、本棚の本やCDは飛び出して散乱状態でした。冷蔵庫もかなり前に出て来ていました。これを妹は冷蔵庫が歩いたと言っていましたが…(笑)
危ないので靴のまま家に入り、散乱したガラス類を片付け、その後、片付けても余震でまた崩れるのではと思い、まず電気のあるうちに食料をと思いご飯を炊きました。次は水だと思い、お風呂に水を貯め、水筒に水をいれ、おにぎりをたくさん握りました。
当然、眠れるわけではなくテレビに釘付けでうとうとするも余震におびえて一晩過ごしました。
日本は英語の情報が少ないので、動いている電車の情報や夜を過ごせる場所の情報等をTwitterやFBで発信し、途中チャットで飛び込んで来る世界中の友人たちに無事を伝えつつ朝を迎えました。
靴と逃げる為の鞄に懐中電灯や食料をつめベットの横において置きベットに入るも眠ることは殆どできませんでした。でも、朝キチンとゴミの収集車がいつものように早朝にやってきて、皆が日常を取り戻そうとしているのを感じ、略奪があるわけでもなく、パニックが起きるわけでもなくこの国の秩序は本当にすごいと思いました。世界中からその日本人の行動に賞賛の声も上がっていたようです。
妹がやって来て、食料を調達し、肉を食べようと近所へ。忙しくて適当なご飯をここ数日食べていたのでハンバーグが本当においしかったです。大きな災害の後に店を開け、温かい物を食べられることに感謝をするとともに、被災地の皆さんに一刻も早く支援の手が届くことを祈りました。
日曜日はチャリティーヨガに行きました。被災されている方のことを思うと心が痛みましたが、今自分にできること自分の中にある恐怖と向き合い、それから自分にできることをやろうと思ったからです。クラスに行くと先生とハグ。呼吸を見つめて動くと思った以上に感情が高ぶっていることがわかりました。いつも、ビクラムやアシュタンガなどシークエンスが決まったヨガをやっているのですが、この日は隣や向かいの人とコミュニケーションをとるポーズや、ちょっと変わったポーズや壁無しの逆転のポーズの連続。今までやったことが無いことや、不安定な状態をヨガを通して体験することで、不安や恐怖と言うのはいつも側にあり、それは呼吸や自分の心の持ち様で対処することも可能だと言うことを学んで欲しいと言うことでした。普段ヨガでエモーショナルになることは無いのですがこの日はさすがにSavasanaから起きて涙が出ていました。
原発や計画停電などまだまだ何が起こるかわからない状態ですが、忘れてしまう前にこの数日間自分に起きたことを書き留めておこうと思いました。
世界中からメッセージや何かできることは無いかと連絡をくれた友人たちに感謝するとともに、私も含めて今こうしていられることに感謝し、被災された皆さんに対してできることをやって行きたいと思います。先ほど早速募金もさせていただきました。
早く日本が元気になりますように…
OM Shanti


