塾の選び方ー進学・合格実績 | 作文・読解力など国語力向上 学習塾ラーニング・ラボ横浜天王町教室のスタッフブログ!

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作文・小論文・読解力など国語力UPのための塾。横浜市保土ヶ谷区にある学習塾ラーニング・ラボのスタッフブログです。教室での出来事、教育ニュース・新聞記事・書籍についてのコメント、当塾オリジナルの「基礎講座」で作成した生徒の作品なども発表します。


「塾」という世界に身を置いていると、
当然、テストの点数とか入試の合否など、
『実績』というものに敏感な方に
お会いする機会が多い。

もちろん自分自身がそういうものを意識しない、
といったらウソになる。

塾人としては、ある意味当然のこと。

だけど、塾に通うという時に、
あまりに考えもなしに、
実績などの「派手な数字」に、
あるいは成績の良い人が言っている塾に、
安易に入ってしまうという人もまだまだ多いようです。


私自身、中学1年生の頃はごく平凡な成績でした。
中2の2学期、高校入試を意識し始めた時に、
成績が急上昇し、それ以降は何人もの人に、

「どこの塾に行ってんの?」

と聞かれたものです。


中学生になって姉の紹介で中規模の塾に通っていたのですが、
とある事情で、その塾がなくなってしまいました。
しかも、中3に進級する直前、高校入試がいよいよこれからって時。

その後、本部教室の教室長の先生が自分で教室を開くということで、
私はそこでお世話になることにしました。

というのも、最初は地元の教室に通っていたのですが、
その教室の雰囲気というか、先生に不信感を持つことがあり、
本部の教室に通うことにしたのです。

地元から電車に乗って5駅も離れた場所に、
週に2回通いました。

とてもめずらしい生徒だったと思います。

自分が講師の立場になってからも、
電車で5駅も離れたところに通う生徒は、
あまり出会ったことがありません。

最終的には高校入試はその塾で迎えましたし、
大学生の時には講師のアルバイトをさせてもらうなど、
大変お世話になりました。

それもこれもやはりその先生がいたからこそ。

とはいえ、地元からだいぶ離れた塾ですから、
テスト前の対策授業はその地域の学校に合わせていて、
微妙にテスト範囲が違うことも多々あり、
テスト前は塾を休んで、家で自分でやることも多かったんですね。

それでも、私はその教室が、その先生が、
自分にとって刺激を与えてくれると思える存在だったから、
高校入試も、講師デビューもその先生のもとで成し遂げたんですね。

この先生がいなかったら、
今の、講師としての私はいなかったでしょう。

とても厳しい先生でしたが、
分かりやすい解説、適確なアドバイスで
普段部活で忙しくしていた私も、
きちんと継続的に結果を出すことができました。


でも、「塾はどこに行ってるの?」って聞かれ、
丁寧に答えても、この塾に来る人は一人もいませんでした。

中には「そんな塾行ってて平気なの?」とか、
「そんなとこ行ってないでうちの塾くれば?」とか、
中学生ながら、みんなブランド志向が強いんだな、
と思わされましたね。

近くて、大手で、実績がある、などの付属品がないと、
なかなか踏み込めないのは、仕方ないことかもしれない。

でも、これだけは言える。

実績も何にもない出来立てホヤホヤの塾だったけど、
「本気」の先生がいて、その先生のもとで、
「自分で」「自分のための」学習をちゃんとやろうと、
そういう意志が持てれば、オール5に近い成績をとって、
県下最高位と言われるような進学校にだって行けるんです。
ブランド志向な彼、彼女と同等かそれ以上の結果が出せているんです。

それは、何も私に特別な才能があったわけではありません。
その塾に特別な仕掛けがあったわけではありません。
ごくごく当たり前のことを、当たり前にやっただけなんです。

もちろん、その先生は私にとって十分に特別な存在で、
その塾は十分に特別な存在です。

でもそれは、先生や私自身が特別なのではありません。
先生の熱意と、それに呼応して私がやるべきことをやった、
という「当たり前のこと」が成立したに過ぎないのです。


だから、よく「良い方法在りませんか?」と、
裏ワザのようなものを求める質問が来るたびに、
ちょっと悲しい気持ちになる。

「あそこの塾では○○先生のテスト問題がもらえるよ」
「○○先生の過去問をやって点数が上がった」


などと聞くと、それでこの先本当に大丈夫かな、と
とてもとても心配になってしまいます。

もちろんそういう学びをきっかけに良い成長をする人が
いることも知っています。
だから全否定するつもりはない。

でも、学校のテストって限られた範囲の、
しかも自分が直接習った先生の授業の振り返りです。

安直に楽な方法を求め、効率だけを優先して、
テストをやり過ごすような勉強をして、
それで本当に良いのでしょうか。

「学び」という行為は、もっともっと大事なもの。

その意味を度外視するような言動はやっぱり残念で仕方ない。


どんな塾を選ぶのか、
それはもちろん人それぞれ。

どんな答えを出すのか、
正解はない。

だから、一番大事なのは、
どんな環境であろうと、
それを「活かす」ように「学ぶ」こと。

どんなに良い(とされる)塾でだって、
どんなに良い(とされる)先生に習ったって、
それを活かすも殺すも、やっぱり自分次第なのです。



本当はもっと違う世界で生きてみようとも思っていた。
けれど、こうやって本当は面白いはずの学びが捻じ曲げられ、
身体に沁み込まされてしまった彼、彼女が心配でならない。

少しでも、学ぶことの楽しさとか、学ぶことの本当の苦しみを、
その幾ばくかを伝えるべきだと思ってしまった。


私はもう少し、このままここにいます。

だから、

「そんなこと当然でしょ!?」って、

どうか私をふみつけにして、君はきちんと自分の輝きを取り戻してほしい。