昨日の「基礎講座」で、日本の食料事情に関する資料を読んでいる時、
小学生の受講生と給食の話で盛り上がりました。
給食は、地域によっては中学校でもあるらしいですが、
僕自身は小学校の6年間だけ給食でした。
小学校といえば、もうだいぶ過去の記憶ですが、給食というのは何となく、
「可でも不可でもない」という印象。
栄養のバランスが考えられたメニューで、
大勢の児童、教員のために、毎日「給食のおばさん」が、
一生懸命作ってくれている。
耳を疑いたくなるような話題ですが、
親がきちんとした食事を用意してくれない、
虐待が疑われるような事も現実にかなりあるようで、
そうした子ども達にとって給食は、
ある意味セーフティーネットとなっているんですね。
とはいえ、食事は単に栄養のバランスだけでなく、
マナーや量の問題、さらには、最近多いアレルギーの問題、と
実に様々なことが絡んだ、しかし、人間にとって根源的な行為です。
今日は生徒と好きな給食のメニューでお話していましたが、
そんな今日、読売新聞朝刊10面「投書」欄に、給食についての
投稿がありました。
「基礎講座」では、NIE(新聞を活用した学習)も主要なテーマとして
実践をしているので、最近は僕自身の新聞を読む理由のひとつに、
授業で触れる良い素材はないかな、というものです。
ちなみに、「投書」はある一人の人の「意見」が書かれたものですから、
その誰かの意見を目の前にして、格闘して、
その先に自分の意見を形作っていく・・・
最近話題のPISAを待つまでもなく、大変重要な視点です。
・・・え~、脱線してしまいました(*'▽')
話を元に戻すと。。
僕が注目した投書は、会社員の方からのもので、
友人の娘が給食の時間が苦痛で、
毎朝涙を浮かべながら登校していることを紹介しています。
なぜ涙を浮かべているのかと言えば、
その子のクラスでは「お残し禁止」がルールで、
給食を無理やり口に押し込んでいるのだとか。
しかも、何か好き嫌いがあるというわけではなく、
単純に量が多くて食べるのが苦しいという理由なんだとか。
うぷ。
どんなに好きなメニューだったとしても、
どんなにお腹がすいている時だったとしても、
だからと言って、食べられる量にはある程度限界もある。
むしろ食べ過ぎてしまう方が問題がある場合もある。
もちろん育ちざかりの子どもは、
よく遊び、よく食べ、よく眠る・・・
これは文句なく大事なことなのでしょう。
しかし「無理して口に押し込む」なんて強引な手段、
それがトラウマとなって、食事自体から遠ざかっては本末転倒。
食育も何もあったものではない。
と、そんなこんなを思っていたら、
先日ある小学校の先生とお会いする機会があって、
その時も給食の話題でひと盛り上がりしたのを思い出しました。
その先生は、自分自身がけっこう好き嫌いや食品アレルギーがあるらしく、
そうした食材が給食で出たときは、配膳された直後に、
それらを取り出す作業をする時間があるようです。
先生自らがそんな調子なので、
この「アレルギーや苦手食材のピックアップ時間」が
クラス全体の公認行事となっているとか。
ただ、一工夫あるとすれば、単に残すだけではなく、
それら取り出された食材が、逆に好きだという人もいるので、
そういう人たちにあげる(その逆もしかり)らしいのだ。
まさにギブアンドテイク。
ごくごく日常的な食事の場面では、
こうした好きなもの(嫌いなもの)交換は、
わりと普通に行われていることです。
まぁ全体としてのバランスを考えられた献立だから、
一部の好きなものだけを食べるのはよろしくない・・・
というのは正論。
ひどくごもっともですが、
とはいえ、致し方ないこともある。
みんなが全く一緒って実はとっても変なこと。
差別はよろしくないけど、区別ってのはあってしかるべき。
何でもかんでも「みんな同じ」ってのは、
そろそろきちんと見直さないといけない。
「みんな同じ」ってのがあるから、
「何でアナタはこんなこともできないの?みんなできるのに!」
なんてことばかり言えちゃうことになるんだと思う。
「みんな同じ」ってのがあるから、
みんな同じように、そこそこ優秀で、
でも逆に、抜きんでる才能があまり見えなくなってしまう。
「みんな同じ」ってのがあるから、
あれもこれも全部立派にやり遂げなければならないような気持ちに
させられる。
人によっては、こういうの大変苦痛に感じてるんじゃないでしょうか。
もちろん、ストレスフルな逆境の環境で自分がどう立ち回るか、
というのはとても大事な視点で、
ちょっと辛いからといってすぐに投げ出したり、逃げ出したりするのは
ダメですけどね。
でも、世の中では、何でもかんでも完璧な人はいないわけで、
人それぞれ違うからこそ、チームでプレーする時により大きな力が発揮される。
ならば、自分はどんなところに強みや弱みがあって、
じゃあどんなふうにチーム(特定の組織や社会という大きな組織)に関わるか、
そんなことを意識しながら自分を磨くのもとっても大切なことだと思います。
だからって、やっぱり勉強することから、単に逃げ出すための口実として、
「自分は勉強の才能はない!」
「自分は勉強以外の面で活躍しよう!」
などと、軽々しく言うのはナシね。
見てるか、君に言ってるんだぞ。
入試までもう少し。
今が気張り時。
終わったら、大好きなことを思う存分やりなされ。
死ぬほど勉強してもおそらく死にはしない。

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