息子のお友達のお家からトラック一台分の物資が届きました。


そのあまりの量の多さにただただ驚くばかり。


夜中の2時に出発して10時過ぎに我が家に着きました。


お母さんからのお手紙も一緒に入っていて、何もお返し出来ないのに・・・

と胸が熱くなりました。


息子や息子の友達、旦那。

そして運んで来てくれたお友達のお父さんの会社の社員の方々が

次々とトラックから荷物を運び入れてくれる度に感謝の気持ちが溢れて

泣きながら運び入れていました。


私達はまだ恵まれています。

ガスが復旧しないとはいえ雨風凌げる家があり生活出来ています。


食料は早朝から並べば買うことも出来ます。


ただ我が家の周りは一人暮らしの高齢者や障害を抱えている方が多く、買い出しもままなりません。


今回いただいたたくさんの物資はご近所の方々、そして一番近い避難所へと

みんなで分けたいと思います。


もちろん先方のお父さんもそれを望んでいらっしゃいます。


日に日に震災の残した爪跡が深く報道される映像に心を痛め、

「何か出来ることはないか」

そう思ってくださっていたと聞きました。


そして今日、その気持ちがこうして形となり我が家に届いた事に

どんなに感謝してもしきれない思いです。


家だけがよければいい、そんな気持ちでいるよりも

少しずつでもみんなで分けて「おいしいね」と言い合える私でいたい。


さぁ、この善意をみんなにも分けてこよう!


今の私に出来る事からはじめよう。



この場を借りて。。。


Kちゃんのお父さん、お母さん、運んでくださった方々。

本当にありがとうございました。

いただいた数多くの物資とお気持ちはしっかりと受け取らせていただきました。

そして今度は私から周りのみんなへとその「大事なもの」を届けようと思います。


感謝してもしきれません。

本当にありがとうございました。




天災の前には人間、そしてどんな最先端の科学をもってしても

人間とはいかにとるに足らない程小さな存在なのか。


恩恵を与えてくれると同時に「無」にする力も併せ持つ。


そして私達はその大自然に生かされている。


破壊ではなく共存。


人類の英知が遥か及ばない程のパワーを持つ大自然。


大津波で家をはじめ全てを失ってしまった方々も、またその大津波に襲われた

その地に戻りたい、と言っていた。


きっとその地に住む方々は私達には感じる事の出来ないその土地の空気、パワーを

感じているのだと思う。


だからこそ、報道されるような甚大な被害を受け瓦礫の山となってしまった町並みを見ても

その町を、その土地をまた復興させようと思うのだと。


人間は強い。


命があればまたそこから這い上がる事が出来る。

目に見える財産というものを失ってもなお、再建を目指して前を向く。


生きている私達が諦めてしまったのでは無くなった方々にどう顔向けできるだろうか。


だから私達は力を合わせて前に、前にと歩みを止めてはいけないのだと思う。



大津波に家族をさらわれてしまった方の言葉が忘れられない。


この土地で海の恩恵を受けて生計を立てていた。

この津波で家族を失った事は深い深い悲しみだが「海」を恨んではいない。



TVで見る海は以前のように柔らかく波打ち際に寄せては返す優しい表情だった。




3月11日、奇しくも父の誕生日。


私の住む「仙台」はM.9.0という大地震にあいました。

それからの数日は眠れない日々が続き、小さな余震にすら逃げる準備をし玄関を飛び出すような

状況が続いていました。


現在でも余震は日に何度もありますが家族揃っているだけでも安堵感があり小刻みながらも

睡眠が取れるようになってきました。


地震後の想像もつかないような大津波に命を奪われた方々へお悔やみ申し上げます。


まだ親戚、知人、友人の中にも安否確認が出来ていない人がいます。

大津波が襲った地域に住んでいたのですが、ニュースで見る限り家はなくなっていました。。。


だとしても命だけは!


そう強く願っております。



そしてお願いです。

食料をはじめいろいろなものが不足しているとはいえ早朝から並べば私達は何とか食料は手に入れる事が出来ます。

特に被災地近くの孤立している集落や避難所への救援物資をどうか優先して届けてください。

この寒さでせっかく助かった命を落とす方もおります。


安否確認や家族を迎えに避難所へ行こうにもガソリンがありません。

不安な気持ちは分かりますが買占め、買いだめだけはしないでください。


暖かい布団で眠り、温かい食事が出来るだけでも幸せな事なんだと気付いてください。


私も忘れていました。


スイッチを押せば電気がつき暖も取れ、蛇口をひねれば水が出、ボタンひとつでガスが使える事の有難さ。

いつの間にか当たり前になり生活の一部になっていた事を。


停電で辺り一帯が街灯ひとつなく闇に包まれた数夜。

あんなにこの街場で星がキレイに見えた事はありませんでした。

恐怖に怯えながらも見た星空はこの先もずっと忘れられないと思います。


遠く離れた所に住む友人や、息子が留学していた時にお世話になったファミリーや友人達、そしてママ達からも

電話をもらった時には本当に涙が出そうになりました。

英語で聞き取れなかったとこもあったし、こちらの英語もしどろもどろだったけど励ましてくれた言葉は

しっかりと胸に留まっています。

必ず会いに行くから!!



書きたい事がまとまらずおもいつくままに指が動いてしまったので支離滅裂かも知れません。


私達は負けません。

災害で命を落とされた方の分も強く、強く生きていかなければいけないと思っています。

ただまだまだ自分の足で大地に根を張るにはみなさまの支援が必要です。


どうか一人立ちできるまで、しばしの間皆様のご支援をお願い申し上げます。