昨日は「感じすぎてる自分」に


気づいた話を書きました。





今日は、そんな私のことを


今の私がどう感じているのかを


書いていきたいと思います。




私は自分が「感じやすい」


いわゆる感受性が強いタイプだとは


思っていませんでした。




それどころか、


どちらかというと


鈍感で細かいことは


気にしないタイプだと思いこんで


いたんです。




私の両親は、よく妹のことを


「あの子は感受性が強いから


 神経質で細かいことを気にする。」



と言っていましたし、


父は今でも時々そう言います。




逆に私は


「さっぱりとした性格。」だと


言われることが多かったんです。




幼かった私は


褒められているような感じがして


なんだか嬉しかったのを覚えています。




そして、知らずのうちに


「さっぱりした私」を演じるように


なったんです。




細かいことは気にしないフリ。


おおらかなフリ。




落ち込んでることは隠す。


恥ずかしいことは隠す。




いつの間にか


それが当たり前になっていきました。




そうしないと、


自分の価値がなくなってしまうような


居場所がなくなるような


怖さがあったのだと思います。




自分の感覚を閉じて、


なるべく感じないようにすることで


「さっぱりとした私」を演じてきた


のだと思います。




心の勉強をして、


自分の内側を見ていくうちに


閉じ込められていた「感じやすい私」


が少しずつ息を吹き返してきました。




その私は


ちょっぴり怖がりで、


ちょっぴり情けなくて、


ちょっぴり弱い私です。





その分、


人の気持ちや自分の気持ちの動きに


気づける私。


(それがしんどい時もありますけどね。)




温度が微妙に違う風が


交互に吹いてくるのを感じられる私。




自然を肌と匂いでも感じられる私。 




「感じやすいこと」はよくも悪くも


私の一部なのです。




困ったところも含めてそれが私。




今はそんな私のことを


「ちょっと好きかも」と思えるように


なってきました。




全てのことには陰の部分と


陽の部分があります。




やめたい、直したい、と感じている時


見えているのは陰の部分だけです。




そんな自分の陰の部分を


ありのまま受け入れられると、


はじめて陽の部分が見えてくるのです。




陰陽が一つになると、


エネルギーがスムーズに回り始め、


その人らしさが発揮されてきます。




陰の部分って実は


そのくらい強い可能性を秘めた


宝物だったりするのです。




今日も最後までお読みくださり


ありがとうございますにっこり