卒業、進級のシーズンですね。
子供の一年を振り返ったり、
進路が決まっていったりする中で、
よその子のことを聞いて、
もやもやすることありませんか?
私はそうでした。
よくできる子や、
目標に向かってがんばっている子の
話を聞くと、
無性にもやもやしたり、イライラしたり
していたんです。
ちょっとした世間話や近況報告が
自慢話に聞こえたり、
マウント取られているように
感じたりもしていたんですよね。
逆に、自分の子供のいいところを
人に言うことには抵抗がありました。
自慢になっちゃいけない、と感じてるのに
そうならないような、伝え方が
分からなかったんです。
人の話を聞いてもやもやして
自分の話はできずにもやもやして、
もやもやの塊みたいになってた私。
そして、気づけばそんな自分のことを
性格悪いなって責めてもいました。
そんな複雑に絡まった私の気持ちを
ほどいていくと、
もやもやの根っこには、
他者から「認められたい気持ち」が
あったんです。
自分の自信のなさを、
人から認めてもらうことで埋めようと
していたのですよね。
「大丈夫だよ」って
誰かに言ってほしかったんです。
私自身が子供を
「自分の作品」のように感じていたから、
他の人が子供のいいところを話すとき、
「私ってすごいでしょ」という
アピールに聞こえてしまっていたんです。
物事はどう捉えているかで、
聞こえ方は全然違ってきますからね。
でも、これは私が
ただ性格が悪いわけでもないし、
意地悪だったわけでもないんです。
自分なりにがんばってきたからこそ、
私の子育ても認めてよ!
大丈夫って思わせてよ!
そんな悲痛な心の叫び声だったんです。
子育てには分かりやすい正解がありません。
だからこそ、
「これでいいよ、大丈夫だよ」って
認めてくれることや、言葉がほしかった
んですよね。
それは小さい子供が、
お母さんに安心を求めるのと同じような
ものだったのかもしれません。
心の勉強をしていく中で気づいたこと。
それは、自信を育てていくためには、
ありのままの自分を
まずは自分が認めてあげること。
自分が自分であること、
それが素晴らしい価値だということ。
そして、それは子供も同じなんですよね。
その子がその子であること、
それ自体が素晴らしい価値なのです。
親の作品なんかではなくて、
子供は子供の人生を、
自分の手で作っていっている途中。
私は私、子供は子供。
自分を信じるのは、
他者ではなくて自分。
そうやって、
これは私の問題、これは子供の問題と
分けて考えられるようになると
もやもやすることが減ってきました。
まずは、自分の気持ちをそのまんま
受け取ってみましょう。
ブラックな自分も、
情けない自分も、
どうしようもない自分も、
全部自分ですからね。
そこにいいとか、悪いとか、の
ラベル付は必要ありません。
どんな気持ちも、
一生懸命にがんばっているからこそ
感じる尊い気持ちです。
その上で、
人に求めていることや、
人に感じていることを、
丁寧に見ていけるといいですね。
カウンセリングで、
お手伝いすることもできますよ。
今日も最後までお読みくださり、
ありがとうございました![]()
不安な時はこちらも読んでみてくださいね♡


