「学校に行きたくない」と子供がいう時、
ほとんどのお母さんは理由が気になるのでは
ないでしょうか。
小4の息子の五月雨登校が不登校へと
変わっていった時、
「学校には行きたいけど、頭が痛くていけない」
と言っていました。
精神的なものなんだろうな、と感じながらも
万が一のことも心配して、
頭痛外来、小児科、耳鼻科、
色んな科に連れて行き、
片頭痛や起立性調節障害などと
病名をつけてもらうこともありました。
頭痛でしんどそうな息子をみて、
学校行くどころじゃないんだろうな、って
思いはするのですが、その病名も
ピンとこないな、とは思っていた私。
処方された、漢方薬を飲んで
「ゲームならできる」と一日中ゲームや
動画で目を使っている息子に提案して
みたのです。
「こんなに頭痛が続いているから、
一回目を使うことやめてみない?」ってね。
(今思うと、私の不安からの行動です)
すると、息子から意外な答えが返って
きたんです。
「実はさ、頭痛くないねん」
ってね。
衝撃を受けながらも、まず感じたのは
「よかった」と、安心する気持ちでした。
原因不明のひどい頭痛というのが
一番心配だったので、ほっとしたのです。
次に気になったのは、
いつからフェイクの頭痛だったのか?です。
これは、本当に痛い時もあったけど
小児科で漢方を出してもらったりして
いた時は、痛くなかったそう。
効かなければ、大きい病院で診てもらった
方がいい、と言われて
「おかしなことになってきた、どうしよう」
と不安にも思っていたと苦笑いで話して
くれました。
そうなると、付箋回収のようで
しばらく質問をしては、納得、という
時間をすごしました。
息子は怒られると思って言い出しにく
かったのですが、私が「よかった」を
連発するものだから、
「だから、ゲームはさせてください」って
おどけて言えるくらい、お互いほっとする
時間となりました。
息子は、「全然学校に行く気になれない」
と感じていたけど、そのまま伝えても
母である私に受け取ってもらえないと
思ってたのです。
「頭痛」は息子を守る盾になってくれて
いたのかもしれません。
自分の不甲斐なさも感じました。
でも、それ以上に
このストーリーだったからこそ、
素直に息子の健康を喜べたし、
今は学校に行きたくないという、息子の
気持ちをそのまま受け取れたと思うのです。
息子にとっても、
葛藤しながら私に伝えるという挑戦からの
「伝わった」経験となりました。
一見回り道のような、この体験が
私たち親子にとってはとても大切なもの
だったんですね。
この件を経て、私は息子の頭痛でなく、
息子そのものを見れるようになったと
感じています。
それまでだって、
見れているつもりでしたが、頭痛がよく
なればいい方向に進むんじゃないかな
ってどこかで期待していたんですよね。
でも、そうではなかった。
「今は学校に行きたくない」には明確な
理由は必要ないし、逆に言うと
息子がそう思っていること、それだけで
十分な理由なんだと受け取れるように
なりました。
これが、昨年の夏の終わりのこと。
今は引き続き、おうちで充電中ですが
うずくまってゲームをしていた、
その頃とは違って
冗談も言うし、ふざけるし、
大人びた鋭い洞察力と物言い、
独特の感性を持った息子らしさが戻って
きました。
あの頭痛は、今はもう必要ないのです。
「学校に行けない」という子供を見て
理由を知りたい、と感じるのは親として
は自然なことです。
でも、実はそれを知るのは子供のため
ではなく、親の安心のためなのかも
しれません。
子供が求めているのは、
「行きたくない」という自分の気持ちを
そのまんま受け止めてくれること、
ただそれだけなのですからね。
今日も最後までお読みくださり
ありがとうございました![]()
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