最近、幼い頃の自分のことを振り返る機会が

続いているのですが


 ↓こちらにも書いています


そこに関連して、今日は

自分の結婚式のことを思い出しました

結婚式の少し前から楽しみと一緒に漠然と

淋しさを感じている私がいました



披露宴のラスト、両親への手紙を

読んでいたら今までありがとう、って

感謝の気持ちと一緒に



両親と離れる淋しさがどっと押し寄せて

きて涙が出てきました



なんとか読み終えて、花束を贈呈


私の涙は止まるどころか益々出てきて

両親の顔がまともに見れないくらい

でした



そんな泣きじゃくってる私を見て

母は笑いながら抱きしめてくれました




私は泣きながらも

こんなことしてくれたことないのに

こういう時だけお母さんらしいこと

して白々しい

って妙にドライに感じていたんです




この後もこれは

抱きしめてもらっても嬉しくなかった

マイナスイメージの場面として

私の中に残っていました




それが、今日は違った風に見えたんです



こう気づいたからです



この時の私はいつもと違った

普段はあまり出さない

感情が溢れて母から見ても淋しいんだな

というのが分かる状態だったんだ、って



だから母は抱きしめてくれた、って




そう捉えてみるとこの出来事の見方が

ぐるん、と変わります




母は、かわいい娘が泣いている


こんなに大きくなったのに小さい子のよう

にわんわん泣いている


いつまでたってもこの子は私の娘だな

って愛おしく感じてくれていたんじゃ

ないかな、って



これって私が娘のことかわいいな、って

感じる感覚と同じです



そこには愛があります



この時の母も私の感情が見てとれたから


私の淋しい気持ち、両親への大好きの気持ち

まで分かってくれた


そして、抱きしめてくれたんだな



そこにも愛があったんです

寧ろ愛しかないくらい




そうなると母に対してかかっていた

分かってもらえない

大事にしてもらえないっていうフィルター

が外れます



愛があっても言わなければわからない 



言わなかったから叶わなかった

大事にしてもらえていなかった

わけではない




言葉にすると当たり前のこと

そして、頭では分かっている



だけどどこか受け入れたくない抵抗の気持ち

があったんです



これを認めてしまうと誰のせいにもできなく

なる、全て自分のしてきたことだと


受け入れざるを得ない



でももうさすがに降参だなって思いました




色んなことがうまく行かないと思っていた

これまでの人生だけど


私のこれまでの人生は 

何も問題のない人生だった



問題だと思っていたのは私が言わなかった

から起こっただけ、ただそれだけ



母の愛はもらおうと思えば

いつでももらえたんだ



ということを私の中のより深いところで

受け取れた、そんな感じがしました  



過去の出来事のイメージが変わると

見える世界が変わってきます



UMIの書き換えの素晴らしいところです


心と身体に優しい贅沢なランチでした♪

それぞれの箸袋に響く言葉が書いてあった飛び出すハート


その後の酵素浴と神社参拝、会いたかった

友達といっぱい話せて楽しく充実の平日

休みでした



今日も最後までお読みくださり

ありがとうございましたにっこり