お医者さんも人間ですよね | 浸潤性乳がん・・・手術のち無治療

浸潤性乳がん・・・手術のち無治療

2022年秋 右乳房全摘手術
ステージ1 ・ルミナルA
手術後、無治療で過ごしてます

【乳がんにまつわるお金の話】
体験談コラムを書きました

手術する病院、主治医の選び方や
入院準備リスト、入院中の羽織物
100均での入院準備などもご紹介!

 

  次回は、お待たせするかも・・

 

前回の診察時、次の予約時間を決める時に

パソコンの診察予定をじっくりと見て

ごめんねという表情を浮かべながら

『次回は、お待たせするかもしれません。』

そう予告されていました ちょっと不満タラー

 

 

そして診察日。予約時間は3時。

“また、病院を出る時は真っ暗だなぁ”

覚悟の上、病院へ到着。

 

あまりに診察時刻がずれ込んでいる時は

電光掲示板に 現在○時台の診察 と

点灯するのにその文字はなかった。

待合スペースも人が少ない。

“よしよし。大丈夫そう!ひらめき ”

 

受付レディーにも

『 前に4人お待ちです。』

そう告げられた。 4人なら楽勝よ 指差し気づき

 

その全員が術式決定の診察だと

1時間半に1マスペースだけど

意外と待たないんじゃない?なんて

淡い期待を込めつつ椅子へ。

 

 

 

  あれ?どこ行っちゃうの?

 

とりあえず、様子を見てみよう

キョロキョロしていたら

診察室から主治医が出て来た。

 

診察時間中にめずらしいな。

浮かない顔で首を左右に振りながら

どこかへ行ってしまった。

 

“あれ? 先生お疲れモードかなぁ”

そんな事を思いながら待っていると、

先生はフラフラと点滴治療室へ。

 

“あれ? 本当に具合悪いの?”

そこから先生は出て来なく

診察室は開店休業状態に 真顔?

 

 

 

  そういうことか・・・

 

私の順番は5番目のまま 真顔悲しい不安ちょっと不満知らんぷり

 

点滴治療室から

やっと先生が出て来たのは

1時間以上経ってから。

車椅子に乗られた、90代であろう

ご婦人の後ろからでした。

 

一言二言、会話を交わした後、

先生は診察室へと戻られ、

電光掲示板の番号が動きました。

 

私はここでやっと、

状況を把握しました 予防ハッ

 

そのご婦人は先生の患者さんで、

おそらく全身麻酔などは受けられないで

あろうご年配の方。

付き添いは多分、お孫さん。

 

前回の予約時に、先生が待たせる思うと

言ってたのは きっとこの事だったんだ。

 

おそらく、治療に立ち会おうと

決めておられたんだと思います。

 

 

 

  お医者さんだってしんどいよね

 

医師だって人間。

数えきれないほどの患者さんを

診て来たって しんどく感じる瞬間は

沢山ある筈ですよね。

 

私がたまたま見かけた

手を頭の後ろに組み、首を振りながら

歩く姿はその瞬間だったのかもしれません。

 

私が手術前の検査の時に

MRIの検査が苦手だと言ったので後日

お父さん 『大丈夫だった?』

不安 『が、頑張りました・・・』

そんな会話をしました。

 

でも、乳がんがMRIに映っていなかった事が

わかった時、小さな声で

『やっぱり行けば良かった。』

そう呟いた気がしました。

 

“検査に先生が来てくれようとしたって事?”

その時は まさかね 知らんぷりダッシュ

思っていたけど

きっと、言葉の通りだったんでしょう。

 

 

 

  みんな順番。持ちつ持たれつ。

 

病院って、本当に待ち時間が長くて

体力的にも精神的にもしんどいですよね。

 

でも、私も入院前の検査結果説明や

術式を決めた時は、

時間を逆算してみると

後ろの人に申し訳ない程

診察室で時間が経っていました。

 

同じ診察室に入って行く人達は

みんな、乳癌という共通ワードを

持った人達。

 

他の課では、おじいさんが

『おい! いつまで待たせるんだ!!』と

怒鳴り声を上げたりしていますが(笑)

乳腺外来では仲間意識というか

“ 持ちつ持たれつ ” 

そんな空気感を感じますひらめき飛び出すハート

 

みんな、少しでも良い形で

この病院を。

乳腺外来を卒業出来るといいな。

 

そんな事を思いながら、

いつも診察待ちの椅子に座っています。

 

 

【 私の乳癌DATA 】

2022年6月  年に1度の乳癌検診

2022年7月  マンモトーム生検・乳がん告知

2022年10月  乳房切除術(全摘出)

2022年11月  病理検査結果

 

右乳房境界部乳癌(微小浸潤癌)

ステージ1A ルミナルA

 

浸潤癌だったけど 手術後は

主治医の判断により無治療となりました 指差し