オーダージーンズ、レザージャケットのLDFS unofficial blog 非公式Blog -8ページ目

革漉き機

今日荻窪のクラフト社に仕入れに行ってきました。

 
うちのカッコいい革ジャンを着て、
バイクで行きました。
絵になってました。
革ジャンとバイクが似合って
困ってます。
 
それはさておき、
職人ちゃんに聞いた情報で
どうもめちゃ小さい革漉き機がリリースされているらしい!
とのことで、これは是非触ってみようと思い、
クラフト社の店員さんにお願いして実演させてもらいました。
 
昔からなんですけど、歴代、クラフト社の男性店員て、
みんな物腰柔らかで優しー雰囲気の人ばかりな気がします。
 
レザー教室で人形とかスタンドとか作ったりしてる
有閑マダムのお客様対策なんですかね。
 
その、優しい店員さんにレクチャーを受けながら
漉いてみました。

 
独自の替え刃と抑え金なのは気になりますが
省スペースで、音も掃除機より少し静かな感じで
趣味にもプロのサブマシンとしてもいいなと思いました。
動画で聞く自分の声がキモくて、吐きそうです。
見た目はジョージクルーニーぽいのに。
声がキモいからモテないんですかね。
 
さて、このニッピ スカイミニNP-7
値段は税込186,840円だそうです。
 
 
欲しい、誰か買って。

今年のLDFS

2019年が始まりましたがご機嫌いかがでしょうか。
ここのところ真面目に仕事しているのですが、
なかなか予定通りいかないです。
追いつかない感じです。
寝る時間を削って生きてます。


まあうちはずっとこんな感じなのですが、
今年、LDFSは20周年を迎えます。
何月からかな、と思ってサイトの最古の
グーグルのキャッシュをサルベージしてみたのですが、

99年の5月で14万アクセスあったみたいなので
もしかしたら98年くらいからサイトはあったかもです。

初年度の売り上げは五千円くらいで
その次が五万くらいだったかな。

そして20年。
高円寺に移転してから10年経ちました。

ありふれた言い方かもしれませんが
本当にお客さまや、俺を支えてくれている職人さん達、そして家族のおかげでLDFSは運営できているんだ、と日々思ってます。

永いようであっという間、でもなかったかな、
20年。
20年前はSRかV-MAXに乗ってた気がします。
歳とってきたなー。

なんか老害っぽくなってないかなー、おれ。
自分じゃわからないからなー。

無能と言われがちなバブル世代だし、
なんか、つまんない自慢話しとかしてたら
注意して下さいね、マジで。

とにかく、20周年記念は何すれば良いですかね?
Tシャツでも作ればいいかな。

そう言えば最近、バイク通勤じゃない時は
キックボードで通ってます。

タイヤに空気が入ってるヤツなので
ガリガリとうるさい音がせず、深夜の帰宅もオーケーです。

なんか自分が高円寺に居がちな
ピーターパンおじさんになってきてる気がしてます。

まあこれらも革ジャン大好きLDFSは頑張っていきます。
宜しくお願い致します。
ほんと、20周年Tシャツ作ろうかなあ。

カワサキZ1000

カワサキZ1000に乗る機会があったので備忘録的なもの。
インプレとしては参考になりませんので悪しからず。

見た目が個性的なので大嫌いな人と大好きな人に
きっぱり別れると思います。

俺は個性的で好きです。

メカメカしくてロボットチックな外装は今にもトランスフォームしそうです。

LEDライトなので熱問題がクリアできてコンパクトなライトにでき、

結果、自由度が増して位置が低くて物凄い小顔なんだそうです。
初見で電人ザボーガーを思い出しますよね。

Z1000に関しては前モデルですが、蛇柄シートだったりとかデザインはかなり冒険していて、
パクリだらけのこんな世の中で、誰もやらない事をあえてやる姿勢が良いですよね。

蛇柄のシートなんて、むかしボーソー族の先輩が
無理矢理後輩に売りつけようとしているホーク2とかに付いてるの以外見た事無いです。
蛇柄シートは別として、今回のこのZ1000はカワサキのデザインの冒険で成功している例ではないでしょうか。

80年代にあった地獄のカラーバリエーションGPZ250R、別名鳩サブレ、

または早すぎた音速伝説、ザンザスなど、

時代が追いつけなかったモデル達、
彼ら先駆者の屍の先にこのZ1000は鎮座しているのだと思います。

70年代のZ1からのZの車名の使用期権が切れそうだから
とりあえずZと名乗っているという話もありますが。

跨るとメーターもライトも無い感じで
バイクだけどオープンカーに乗ってる感じの解放感。
バイクでオープンカーも無いけど乗るとこの感覚がわかると思います。

ボディ部分全体が短く、Z型に曲がっていて
タンクも身体に向かってせり上がった感じで
ハンドルも近いのでフォームは中型バイクみたいです。

 

リアシートは小ぶりで、大き目のピザくらいしかないので、
タンデムはお尻痛いんじゃないでしょうか。

ポジションは少し低めで幅広のコンチハン。
ハンドルの幅があと2センチくらい狭い方が自分は好きです。

エンジンを吊るす感じのツインスパーフレームとスイングアームの
真ん中からリンクされた感じのリアサスを囲んでいるので
またぐらがそこまで細くなく、シートは低めですが
前方をもう少し絞った方が誰にでも脚付きがいいと思います。

車重はそこまで軽くなく、SSより20キロくらい重くて
ゼファー等より20キロくらい軽い感じの、まさに中くらい。
でもハンドリングとか重量バランスの配分とかのおかげか、
取り回しは軽く感じます。
ハンドル切れ角は多くないですがSSになれてる人は平気、
ネイキッドに慣れてる人はフルロック時
切れなくてちょっとヒヤッとすると思います。

エンジンのパワーはそこまで無いですけど、
ファイナルギヤ比を加速側にしてあるので伸びないけど
トルク感、加速感はあります。
半面、常にアクセルONかOFFかに車体が反応し続けてる印象でした。

エンジンの音が良いです。
サイレンサーが短い分、耳に近いのも関係しているのか。

今時珍しく電子デバイス無しなので価格も安く
実質乗り出しで100万ちょっと。

もしハイグリップタイヤを穿いてサーキットを走ったら
ホイルベースが短いうえに電子デバイス無しなので
一旦グリップが破綻したりしたら転びそうなので、
そうならないよう結構体力を使いそうだと思います。


もしカワサキの1000cc縛りでバイクを選ぶなら、
サーキットも走るならZX10-R、

ツーリングならニンジャ1000、
ショートレンジツーリングと街乗りならZ1000なんだと思います。

あと気付いたんですけど、街中を走ってると、
変な原付二種とか中型とかのスクーターのおっさんに絡まれがち。

何故かおっさん達が命掛けで纏わりついてきたりされるので
そんな挑発に乗らないようにすべきです。
Z1000のスタイルがおっさんにとって挑発的なんですかね。
もしかしてこれが”ストリートファイター”
と呼ばれる所以なのかなと思いました。

でも総評としてZ1000、好きです。
以上。

旧友からの連絡

以前、お客さんに勧められてフェイスブックやってます。
最近はログインもしないでほったらかしです。

今日、そんなフェイスブック経由でこんなメッセージが届きました。

”中野○○中、○○高校卒の平川浩史さんですか、
Kです、よろしければTEL下さい。090-○○○○~○○○○”

20歳くらいからずっと探してたK君。

私、こう見えても?見てのとおり?友達少ないんです。
性格が悪いのか何なのか、自分ではわからないんですけど
まあ、人間性に問題を抱えているんだとは思うんですけど。

懐かしいK君、記憶が一気にフラッシュバックしました。

そう、K君との出会いは中二の時。

当時、中野は新宿との抗争が勃発していました。
あ、中学生のね。子供のけんかみたいなもんです。
たぶん。

私の中学は目の前の神田川を渡るとそこはもう新宿区。
戦国時代で言うと立地的に関ケ原みたいな最前線的な場所なのです。

そんな中、新宿のゲーセンでうちの3年が揉めて
誰かぶん殴ってきたか何かみたいな事があったのです。

歴史で言うところの生麦事件みたいなもんですかね、
そうなってくると薩英戦争が起きたように我が中野区にも
新宿勢による”中野狩り”の嵐が吹き荒れたのです。

新宿にもいくつか中学があるのですが
彼らが厄介なのは、日本人が嫌いで上から下まで結束の固いKの国の人たち、
それと父上が本職の人たち、そんなエリート達で構成されていたのです。
そんな新宿区のいくつかの中学が”淀橋連合”っていうのを作ってて、
とにかくこわいんです。
ハンドルがなっがーい何台もの自転車に二ケツして
鉄パイプ的な得物を持って集団で移動してくるんです。

うちの中学の同級生もその、ヨドレンに待ち伏せや拉致、襲撃されたりして
ひとりずつじわじわ血祭りに上げられました。
さながら東中野はノルマンディー上陸作戦で言うところの
オマハビーチでした。ググって下さいね。

こうなってくるとこちらからも出張っていかないといけない感じになってきて
3年生はぶん殴った張本人のせんぱいひとりしか居なくて、

1年生は活きが良いのは女子だけ。

そうなると私ら2年がソルジャーを集めなくてはいけないのです。
しかし我が中学は中野ではまあまあの優良校で。帰国子女で英語ペラペラの子は居ても
兵士がぜんぜん集まらないのです。無理やり絞りだして7人くらい。
私自身は喧嘩は弱いほうだし人数に入れてほしく無かったのですが、
私の幼馴染み二人がリーサルウェポン並みの戦闘力を持っていたので
こういう時弱い私も巻き込まれて駆り出されがちな立場でした。

あと一番いやなのは、

”コージは自転車がカッコイイから先頭で行け”
などと私にしてみれば理不尽な理由で
ひとりで一番最初に相手チームの前に行かされたりしてました。
中学生とは言え木刀とか鉄パイプを装備した方々の前へ単身行くんですから

ソマリア紛争で言うところのブラックホークに乗った海兵隊の新兵みたいなもんです。

ガクブルですよ。

 

とにかく、今回は人数を集めないといかん、そうなってくると
抗争時いつもソルジャーを貸してくれる隣の中学、C中に頼みに行くわけです。

この中学、何故か武道を身につけた者達が多くて
すごく心強いプロフェッショナル集団、
今で言うブラックウォーターUSAみないなものですね。

その出張る日についての打合せ、
ノルマンディー上陸作戦で言うところの"D-DAY"の作戦会議の時、
初めてK君と会いました。
彼も武道をやっていて要員のひとりだったと思います。
ひとりでずっとふざけてて面白いやつだなーと思ってました。

そして、話は飛んで、私は品川区にある私立高校に進みました。
もう高校は抗争からも解放され、平和なものでした。
しかし、あのC中のK君も同じ高校に来てる事がわかりました。
そして、二年生で同じクラスになり、
当時東中野に住んでいた私はK君といつも一緒に下校してました。

K君は不良ってわけでも無いんだけど、
武道つおい!って噂のせいで時々絡まれてましたけど、
いつも瞬殺で勝ってました。笑顔で。

基本的に陽気なやつで、全然似てない物真似やったりして
自分で大笑いしたりしてる変なやつでした。
笑い上戸で私がやるつまらない事にいつも大爆笑してました。

彼はどう思ってたか知らないけど、
もし私は”あなたの親友は?”と聞かれれば
彼の名前を言っていたと思います。

時は経ち、それぞれ別の大学に進学し、
なかなか遊ぶ機会も減り、就職して
気付いたら彼の実家も引っ越して連絡が取れなくなりました。
その頃携帯も普及してなかったしね。

共通の知人なんかにも聞いたりFBで検索してもみましたが
全然手掛かり無し。

 

正直もう彼とは会う事は無いだろうと思いつつ、
私の場合LDFSをやっている事もあって

名前で検索すればたやすく見つけられると思うので、

K君は俺を覚えてないのか。などと少し寂しく思ってました。

 

今度飲みに行く約束しました。
フェイスブックやっててよかったな。

うちのスカル、ボスのスカル。

今日も都内は暑かったですね。

7月も縫って、パターンひいて、に追われつつ
店の更新やら何やらであっという間に終わりました。
 
さていきなりですがうちのスカル。
もともとはTシャツの柄としてデザインして頂きました。

このスカルの表情がなかなか秀逸だと思い、
熟練工のシルバー屋さんに依頼して
そのままメキシカンリングにしてもらいました。
3DCADで?ワックスを作って、
 

瞳に石を入れたりもして、
時々売れます。
いや、当初思っていたより全然売れます。
 
やってくれているシルバーの職人さんは
お歳は召していますが超腕の良い職人さんで、
見た目はノッポさん風で喋りはヘイポー風。
 
大ベテランなので数多くのスカルを見てこられた、
との事ですが、LDのスカルは良い顔してる、
生きてるよ、これは売れる。
と、ヘイポーの声で言って下さいました。
なのでちょっと嬉しかったです。
 
私も仕事柄色々なスカルを背中に縫い付けてます。
色々なカッコいい柄はありますが、その中でも
カッコいいなーと思っているスカルの最右翼は
これ。
 

 
ボスのとこのやつです。
スペードマークのLDFSだし、
趣味的にどんぴしゃですね。
 
去年は海ほたる行ってたけど、
この1年で色々変わって今年は行けなかったです。
バイクも全然乗ってないなあ。
でも8月からも頑張ります。