93年1月18日台湾宣伝『大英雄/東成西就』レスリー・チャン(張國榮)香港空港3
93年1月18日台湾宣伝『大英雄/東成西就』レスリー・チャン(張國榮)香港空港3
1993年1月18日に香港から台湾へ『大英雄/射雕英雄傳之東成西就』のプレミア首映の為に出演者一行が香港啓徳(カイタック)空港から出発した。レスリー・チャン(張國榮)。
1993年1月18日に香港空港から出発したのは、ジョイ・ウォン(王祖賢)、レオン・カーフェイ(梁家輝)、トニー・レオン(梁朝偉)、レスリー・チャン(張國榮)、ウォン・カーウァイ(王家衛)、カリーナ・ラウ(劉嘉玲)、ベロニカ・イップ(葉玉卿)。
前記事参照
93年1月18日台湾宣伝『大英雄/東成西就』レスリー・チャン(張國榮)香港空港
http://ameblo.jp/lcing/entry-11077866650.html
93年1月18日台湾宣伝『大英雄/東成西就』レスリー・チャン(張國榮)香港空港2
http://ameblo.jp/lcing/entry-11480778148.html
93年1月18日台湾宣伝『大英雄/東成西就』レスリー・チャン(張國榮)香港空港2
93年1月18日台湾宣伝『大英雄/東成西就』レスリー・チャン(張國榮)香港空港2
1993年1月18日に香港から台湾へ『大英雄/射雕英雄傳之東成西就』のプレミア首映の為に出演者一行が香港啓徳(カイタック)空港から出発した。レスリー・チャン(張國榮)とジョイ・ウォン(王祖賢)。
たぶん、記者も芸能人も空港集合だったので、空港内で取材撮影してるのでしょう。
1993年1月18日に香港空港から出発したのは、ジョイ・ウォン(王祖賢)、レオン・カーフェイ(梁家輝)、トニー・レオン(梁朝偉)、レスリー・チャン(張國榮)、ウォン・カーウァイ(王家衛)、カリーナ・ラウ(劉嘉玲)、ベロニカ・イップ(葉玉卿)。
1993年1月18日に香港から台湾へ『大英雄/射雕英雄傳之東成西就』のプレミア首映の為に出演者一行が香港啓徳(カイタック)空港から出発した。レスリー・チャン(張國榮)とジョイ・ウォン(王祖賢)。
上の写真で、チラッと見てるジョイ・ウォン(王祖賢)の衣装が台湾のプレミア首映晩会の衣装と同じです。
香港から衣装を来て直接会場入りしてたみたいですね。
1993年1月18日に香港から台湾へ『大英雄/射雕英雄傳之東成西就』のプレミア首映の為に出演者一行が香港啓徳(カイタック)空港から出発した。レスリー・チャン(張國榮)とレオン・カーフェイ(梁家輝)。
前記事参照
93年1月18日台湾宣伝『大英雄/東成西就』レスリー・チャン(張國榮)香港空港
http://ameblo.jp/lcing/entry-11077866650.html
95年6月9日台湾ロックレコード契約 レスリー・チャン(張國榮)SWATCH
95年6月9日台湾ロックレコード契約 レスリー・チャン(張國榮)SWATCH
1995年6月9日台湾ロックレコード(滾石唱片)と正式契約の記者会見をするレスリー・チャン(張國榮)。
映画誕生100周年を記念して作成されたSWATCHの限定品を贈呈されました。
場所:台灣 ザ・シャーウッド・タイペイ(台北西華飯店)の宴会ホール
MVの『A Thousand Dreams of You 』 等に映っています。
●写真を見比べてみると、ビニールがかぶったままだと監督の名前やswatchの文字が見えるので、
文字を印刷してあるビニールのカバーがしてあったみたいです。
レスリー・チャン(張國榮)が持っている丸いカンの時計は、
上にかぶせたカバーのビニールをはずしていたようです。
1995年swatch【Cinema Set in Tin Can】 CINEMA SET
■1995年swatch【Cinema Set in Tin Can】 CINEMA SET
1995年 スウォッチ・シネマ・スペシャル 5,555セット限定。
映画誕生100周年を記念して作成されたSWATCHの限定品。
黒澤明、ロバート・アルトマン(Robert Altman)、ペドロ アルモドバル(Pedro Almodovar)の三人の映画監督がデザインした3本の時計のパッケージ。
各時計は、右から黒澤明「Eiga-Shi by Akira Kurosawa」
ロバート・アルトマン「Time To Reflect by Robert Altman」
ペドロ・アルモドバル「Despiste by Pedro Almodovar」です。
時計の下にある丸いモノは、各監督のデザインイメージを映像化した、
単三電池で動くミニフィルムです。
金属製の特製ケースは、映画のフィルム缶をかたどっています。
直径30cmのビッグサイズで、映画の雰囲気たっぷりの一品。
1995年swatch【Cinema Set in Tin Can】 CINEMA SET
前記事参照
95年6月9日台湾ロックレコード契約のレスリー・チャン(張國榮)/辛曉琪
http://ameblo.jp/lcing/entry-11255248222.html
2006年12月4日中時電子報:林鴻翔演藝歴程
http://ameblo.jp/lcing/entry-11260470074.html
台北西華飯店に勤めていた林鴻翔(台湾俳優)の思い出
http://ameblo.jp/lcing/entry-11260521362.html
95年6月9日台湾ロックレコード契約 レスリー・チャン(張國榮)
http://ameblo.jp/lcing/entry-11260538433.html
95年6月9日台湾ロックレコード契約 レスリー・チャン(張國榮)/辛曉琪2
http://ameblo.jp/lcing/entry-11268292902.html
96年7月30日《金枝玉葉2》撮影中レスリー・チャン(張國榮)アニタ・ムイ(梅艶芳)8
96年7月30日《金枝玉葉2》撮影中レスリー・チャン(張國榮)アニタ・ムイ(梅艶芳)8
1996年7月30日にアニタ・ムイ(梅艶芳)の撮影が終了して、そのままプチパーティーの打ち上げへ。
場所は、撮影していた香港の西貢濠涌成豐片廠のようです。
1996年7月30日にアニタ・ムイ(梅艶芳)の撮影が終了して、そのままプチパーティーの打ち上げへ。
レスリー・チャン(張國榮)の洋服と顔の感じが同じな事と、
具がほとんどないヤキソバ?スパゲッティ?が良く見るとデリバリーで来てるようなので、
出前で食事を出しているからホテルじゃないということから、
1996年7月30日の撮影終了の打ち上げというか、
宣伝のために芸能記者も招待してのプチパーティーで、レスリー・チャン(張國榮)が食事していた時で良いのだと思います。
芸能人って大変だよね。
カメラマンには、おもしろく絵になるように撮影はさせるけど、
本人は、写真撮影されるようなところでは、ほとんど食べないんだよね。
香港の場合は、食事は、基本、取材に来てくれる記者達へのサービスで提供してますよね。
1996年7月30日にアニタ・ムイ(梅艶芳)の撮影が終了して、そのままプチパーティーの打ち上げへ。
■『ボクらはいつも恋してる!/金枝玉葉2/Who's the Woman, Who's the Man』
1996年『金枝玉葉2/ Who's the Woman, Who's the Man』
監督:ピーター・チャン(陳可辛 Peter Chan)
前記事参照
96年7月30日《金枝玉葉2》撮影中レスリー・チャン(張國榮)アニタ・ムイ(梅艶芳)1
http://ameblo.jp/lcing/entry-11305977495.html
96年7月30日《金枝玉葉2》撮影中レスリー・チャン(張國榮)アニタ・ムイ(梅艶芳)2
http://ameblo.jp/lcing/entry-11306770479.html
96年7月30日《金枝玉葉2》撮影中レスリー・チャン(張國榮)アニタ・ムイ(梅艶芳)3
http://ameblo.jp/lcing/entry-11306862913.html
96年7月30日《金枝玉葉2》撮影中レスリー・チャン(張國榮)アニタ・ムイ(梅艶芳)4
http://ameblo.jp/lcing/entry-11307712286.html
96年7月30日《金枝玉葉2》撮影中レスリー・チャン(張國榮)アニタ・ムイ(梅艶芳)5
http://ameblo.jp/lcing/entry-11308597608.htm
96年7月30日《金枝玉葉2》撮影中レスリー・チャン(張國榮)アニタ・ムイ(梅艶芳)6
http://ameblo.jp/lcing/entry-11309322945.html
96年7月30日《金枝玉葉2》撮影中レスリー・チャン(張國榮)アニタ・ムイ(梅艶芳)7
http://ameblo.jp/lcing/entry-11311070281.html
2013年2月25日中堅映画会社のプレノン・アッシュが破産
ちょっとびっくりしたのが、
これまでまだ会社が存続してたんですね。。
10年くらい前からアジア系のお仕事とかまったくしてないから、自主閉業したのかな?
と思っていました。
倒産とかで金銭的な負債を負わない程度に業務整理してたのだとばっかり思ってた。
ちょっと前に「ブエノスアイレス」のブルーレイとか出していたので、
以前からアジア映画を見てた人なら、
これが最後の儲け仕事だろうなあ~と思っていた人がほとんどではないかな。。
今は、大陸のお金でいくらでも映画が作れるし、大陸用の映画を作らないと儲けがないし。
めんどくさい日本と共同制作なんてやっても無駄だしね~。
日本よりも無駄金が有るのが中国大陸だし、
俳優もその後のCMだの雑誌だのいろんなことで儲かるから、
下手に日本と親日だなんてやれないよな・・。
香港映画も大陸化してきて、さようなら~って感じで・・、寂しいねえ。。
ブレノンアッシュにいたようなお客さん達は、韓国芸能へ移動しちゃったみたいだし、
中華系ファンのお客さんがもう全体的にいないよね。。
この先も共産党政府を維持するためには、
少しくらい息抜き用に暴動さえても叩ける日本が必要だし、
中国関係は悪化というか平行線で行くだろうし、
改善は無理なのも時代の流れなので、しょうがないですよね。
■中堅映画会社のプレノン・アッシュが破産 尖閣問題の影響でトニー・レオンが出演見送り
2013.2.25 12:45 [倒産・破産]
今秋公開に向けて映画「一九〇五」の製作を進めていた中堅映画製作・配給会社の「プレノン・アッシュ」(東京都港区)が20日に東京地裁から破産手続きの開始決定を受けたことが25日わかった。尖閣諸島をめぐる日本と中国の対立により、同作品の撮影が進まなくなり、製作資金が続かなくなった。
信用調査会社の帝国データバンクによると、負債は約6億4300万円。
同作品は国際化が進む約百年前の横浜を舞台にしたアクション映画で、香港出身の国際映画スター、トニー・レオンと松田翔太、前田敦子を主役に、黒沢清監督で製作が進められたが、尖閣問題の影響で中国で出演を非難されたトニー・レオンが事実上出演を見送るなどの影響が出て、製作日程のスケジュールが延びるなか、資金ショートを起こしたという。
製作は同社、配給はプレノン社と松竹が担当予定だったが、現時点ではこの映画の今後の予定については不明。
プレノン社は1991年に法人化した。中国、香港、台湾の作品配給などを手掛けてきた。このほか最近では2010年に日本映画「スープオペラ」を配給した。
中堅映画会社のプレノン・アッシュが破産 尖閣問題の影響でトニー・レオンが出演見送り
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/130225/ent13022512470019-n1.htm
86年6月8日台湾/レスリー・チャン(張國榮)と韓良憶の2S写真2
86年6月8日台湾/レスリー・チャン(張國榮)と韓良憶の2S写真2
1986年6月8日深夜に台湾台北のディスコで記者の取材でレスリー・チャン(張國榮)と韓良憶のツーショット写真。台北ヒルトンホテル(台北希爾頓大飯店)内のディスコ。
■《影藝小學堂》-只要不忘就好
2013-02-24 中國時報 作者:韓良憶 より
▲本文作者(左)與張國榮一九八○年代中期於台北希爾頓大飯店合影。(圖片提供/本文作者)
●すみません、新聞記事の《影藝小學堂》-只要不忘就好 は、
まともな文章なので、まともに翻訳すると凄く長くて~とっても大変なのでギブです。
一番下に原文がありますので、原文でどうぞ~
韓良憶さんのブログに書いてあったことを補足した内容で(前記事参照)、
当時の台北ヒルトン大飯店にあったディスコで会ったレスリー・チャン(張國榮)との思い出です。
ものすごい大意ですが、こんな感じで記事はまとめられてます。↓
世の中ですがすべて、夢まぼろしのようです、物事の出来事は、全て過去となります。しかし、つまるところ、人、事、忘れないのでさえすれば、良いのです。
●台湾の8時からの連続ドラマ「福禄壽喜」の仕事の為に台湾へ
レスリー・チャン(張國榮)は、「福禄壽喜」の主題歌「千山萬水」を歌っている。
1986年6月7日:香港から台湾到着 「福禄壽喜」の仕事。
1986年6月8日:朝早くから高雄に行ってテレビ局の端午の節句特番番組録画の仕事。
1986年6月8日午後:午後に飛行機で高雄から台湾へ戻る。
飛行機を下りてすぐに西門町へ行って歌迷会。
場所:台北西門町百貨公司の広場で台湾FANとの歌迷会
1986年6月8日夜:夜は、ディスコで記者の為の取材会見。
場所:台北ヒルトンホテル(台北希爾頓大飯店)内のディスコ。
1986年6月9日:台湾から香港に帰国。
前記事参照
86年6月台湾/レスリー・チャン(張國榮)と黄麗玲の2S写真
http://ameblo.jp/lcing/entry-11214900587.html
86年6月台湾 台北のレスリー・チャン(張國榮)黄麗玲(lailing2010)
http://ameblo.jp/lcing/entry-11358307107.html
前記事参照
レスリー・チャン(張國榮)とlailing2010(黄麗玲)の写真まとめ
http://ameblo.jp/lcing/entry-11217758262.html
前記事参照
1986年《新姉妹綜藝》86年6月7日-9日台湾 レスリー・チャン(張國榮)
http://ameblo.jp/lcing/entry-11380559026.html
1986年台湾雑誌 86年6月7日-9日台湾 レスリー・チャン(張國榮)
http://ameblo.jp/lcing/entry-11380590382.html
1986年《新姿少女雜誌》86年6月7日-9日台湾 レスリー・チャン(張國榮)
http://ameblo.jp/lcing/entry-11380654176.html
1986年《姉妹画刊》86年6月7日-9日台湾 レスリー・チャン(張國榮)
http://ameblo.jp/lcing/entry-11380676642.html
1986年《港星特専》86年6月7日-9日台湾 レスリー・チャン(張國榮)
http://ameblo.jp/lcing/entry-11380707566.html
1986年《電視周刊》86年6月7日-9日台湾 レスリー・チャン(張國榮)1
http://ameblo.jp/lcing/entry-11380718800.html
1986年《電視周刊》86年6月7日-9日台湾 レスリー・チャン(張國榮)2
http://ameblo.jp/lcing/entry-11380722480.html
1986年《電視周刊》86年6月7日-9日台湾 レスリー・チャン(張國榮)3
http://ameblo.jp/lcing/entry-11380725533.html
86年6月7日台湾台北「福禄壽喜」レスリー・チャン(張國榮)
http://ameblo.jp/lcing/entry-11380731318.html
86年6月7日~9日台湾「福禄壽喜」レスリー・チャン(張國榮)について
http://ameblo.jp/lcing/entry-11456751348.html
前記事参照
86年6月8日台湾/レスリー・チャン(張國榮)と韓良憶の2S写真
http://ameblo.jp/lcing/entry-11456768127.html
■《影藝小學堂》-只要不忘就好
2013-02-24 中國時報 作者:韓良憶
▲本文作者(左)與張國榮一九八○年代中期於台北希爾頓大飯店合影。(圖片提供/本文作者)
■《影藝小學堂》-只要不忘就好
2013-02-24 中國時報 韓良憶
▲本文作者(左)與張國榮一九八○年代中期於台北希爾頓大飯店合影。(圖片提供/本文作者)
我坐在大明星對面,兩人先是嘻嘻哈哈,互相恭維對方當天的穿著。張國榮點了啤酒,一邊喝一邊輕聲說起往事,語氣淡淡的,似雲淡風清,卻隱約有點苦澀。我聽著聽著,竟開始覺得,可以和這樣一個敏感聰慧又細心的人成為「手帕交」……。
整理舊物,翻出一張照片,是我和張國榮的合影,不知何時塞進這一堆不相干的文件中。年輕時在台灣跑過影劇新聞,前後兩家媒體、兩段記者生涯,加起來五年吧,像小粉絲一樣的與明星合照,卻只有三、四次,這是其中一次。
照片上的我大學剛畢業,在一家類八卦周刊的雜誌工作不久;坐在身旁的張國榮,尚未演出《胭脂扣》中的十二少,還不是名叫旭仔的「阿飛」,更非後來《春光乍洩》中那放浪任性到令人心疼的何寶榮,但在香港已是影歌雙棲的大明星,那一回來台灣,是為了宣傳他第一或第二張國語唱片。
一期一會 短暫卻也難忘
記得是在希爾頓大飯店做的專訪,我跟著大家叫張國榮Leslie,他更為人所知的暱稱「哥哥」,是後來的事。那一年我才二十一歳,很嫩,不是好記者,不會訪談,更不擅於挖掘就算不聳動但在上司心目中還算有「可讀性」的題材。
我唯一擁有的,是初生之犢的莽撞和膽量,坐在大明星對面,並不怯場。兩人先是嘻嘻哈哈,互相恭維對方當天的穿著,而後不知怎的,談起彼此都看過的小說、電影與聽過的音樂,發覺他在某種程度上有「文青」氣質,和我截至那時為止採訪過的其他藝人多少有些不同,然而這個發現以及訪談的內容,對寫「娛樂新聞」,卻一點幫助也沒有。
也許是聊得很愉快,更可能是張國榮做人面面俱到,訪問完拍完照,該收工走人時,他說:「你別走,等一下一起去吃宵夜。」原來唱片公司已替他約好幾位日報記者,待報社截稿後要在中山醫院附近一家台菜餐廳聚會,吃清粥小菜。
我把摘記訪談內容的筆記本收進包包裡,兩人倚在沙發座上,又聊了起來。這一回他講了兒時和幫傭「六姊」相處的點滴和兩人的感情,也談到他少年時期在英國讀書的往事。原來Leslie雖是家中么子,從小卻並未和父母住在一起,而由貼身傭人帶大,十幾歲更離開香港,被送去英國。孤單是他並不喜愛但不得不習慣的滋味。
他點了啤酒,一邊喝一邊輕聲說起往事,語氣淡淡的,似雲淡風清,卻隱約有點苦澀。我聽著聽著,竟開始覺得,可以和這樣一個敏感聰慧又細心的人成為「手帕交」。就是在這時,唱片公司的宣傳帶著傻瓜相機走過來,拍下我和大明星這張神態放鬆的合影。
如露如電 拾筆爬梳往事
眼下,當時留影的地方還有Leslie都不在了,畫面上那大膽而輕狂的女孩也早已步入哀樂中年,還在自己都不敢相信的情況下,成了所謂的飲食旅遊作家。一切俱往矣,只留下這張照片,在多年後喚醒塵封的回憶。
好在還有這張照片。
我一直相信,人的意識深處埋著太多往事,有些藏得太深了,似已湮滅,需要有「密碼」才能啟動。這個密碼可能是一首歌、一個畫面或一張照片、一種氣味,或是一種味道。我也始終慶幸自己擁有不同的記憶密碼,不論是哪種密碼,統統具有召喚往事的力量,一旦輸進腦海中的記憶庫,過去種種便會一件件回到眼前。
我想起來的一些人一些事,通常不是英雄美人,也無關於豐功偉蹟,往往只是日常生活中零星的片段、幽渺的時刻,然而當我回首前塵,卻發覺這些人這些事,都在我生命中畫下了或斑剝或清晰的痕跡,留下了一點溫度,於是忍不住拾起筆來,爬梳為文。
雖說世間一切,如夢幻泡影,如露如電,都會過去。但說到底,人也好,事也罷,只要不忘就好。
■《影藝小學堂》-只要不忘就好
2013-02-24 中國時報 作者:韓良憶 より
http://news.chinatimes.com/LifeContent/1405/20130224000636.html
http://news.chinatimes.com/LifeContent/1405/20130224000636.html
http://camera.chinatimes.com/newsphoto/2013-02-24/450/BDRA00_P_01_02.JPG
99年7月14日映画『KUJAKU 孔雀』パーティー出席レスリー・チャン(張國榮)2
99年7月14日映画『KUJAKU 孔雀』パーティー出席レスリー・チャン(張國榮)2
1999年7月14日香港でクリストファー・ドイル(杜可風)監督映画『KUJAKU 孔雀』プレミアの後に開催された披露パーティーに参加したレスリー・チャン(張國榮)。
場所:香港 セントラル(中環)のフリンジクラブ(中環 藝穗會)
立ち飲みでそれもラッパ飲みだから珍しいかな~。
●1999年7月14日香港で夜9時からは、レスリー・チャン(張國榮)は、イー・トンシン(爾冬升/Derek Tung-Sing Yee)監督の映画《真心話》プレミアに出席。
場所:香港 湾仔 會議展覧中心(ワンチャイ・コンベンションセンター)
●その後、1999年7月14日の夜中になって自分で車を運転して、
セントラル(中環)のフリンジクラブ(中環 藝穗會)で行われていたクリストファー・ドイル(杜可風)の新作映画《三條人》日本題名:映画『KUJAKU 孔雀』の試写会後に開催されたパーティーに出席しました。
映画の出演者が女装してクリストファー・ドイル(杜可風)と盛り上がってたそうだ。
■映画『KUJAKU 孔雀』
1999年電影《三條人》(英文:Away with Words, 日文:孔雀)
1999年8月7日日本一般公開
監督、脚本、撮影、編劇:クリストファー・ドイル(杜可風)
出演:淺野忠信(Tadanobu ASANO)
ケビン・シャーロック (凱文薛拉克/Kevin SHERLOCK )
許美靜(メイビス・シュー/Mavis XU.)
前記事参照
99年7月14日香港 張國榮出席爾冬陞的電影《真心話》首映禮1
http://ameblo.jp/lcing/entry-11296684394.html
99年7月14日香港 張國榮出席爾冬陞的電影《真心話》首映禮2
http://ameblo.jp/lcing/entry-11296690713.html
99年7月14日映画《真心話》プレミアのレスリー・チャン(張國榮)1
http://ameblo.jp/lcing/entry-11296758680.html
99年7月14日映画《真心話》プレミアのレスリー・チャン(張國榮)2
http://ameblo.jp/lcing/entry-11296779914.html
99年7月14日映画『KUJAKU 孔雀』パーティー出席レスリー・チャン(張國榮)
http://ameblo.jp/lcing/entry-11297599804.html
前記事参照
尓冬強夫人の李琳(リー・リン)とレスリー・チャン(張國榮)の2S写真
http://ameblo.jp/lcing/entry-11066999284.html
96年7月28日《ブエノスアイレス》クランクインのレスリー・チャン(張國榮)2
96年7月28日《ブエノスアイレス》クランクインのレスリー・チャン(張國榮)2
1996年7月28日《ブエノスアイレス/春光乍洩》開鏡禮 クランクイン記者会見。トニー・レオン(梁朝偉)、レスリー・チャン(張國榮)。
1996年7月28日香港中環
《ブエノスアイレス/春光乍洩》クランクイン 記者会見
場所:香港 セントラルのランカイフォン(蘭桂坊) Club 1997
■蘭桂坊 Club 1997
地址:香港 中環 蘭桂坊9号-11号昌隆商業大厦地下
9 Lan Kwai Fong Central, Hong Kong
電話:(852) 2186 1837
營業時間:毎日午後18時~深夜4時
前記事参照
96年7月28日《ブエノスアイレス》クランクインのレスリー・チャン(張國榮)
http://ameblo.jp/lcing/entry-11242852974.html
2013年3月発売 夏永康WingShya レスリー・チャン(張國榮)珍藏攝影集
2013年3月発売 夏永康WingShya レスリー・チャン(張國榮)珍藏攝影集
ウイン・シャ(夏永康WingShya)もレスリー・チャン(張國榮)の写真集を出すのだそうだ。
●既に以前に発売した写真で、
見たことある写真ばかりを集めてあるので、
あまり期待はできそうもない写真集だけど、何も無いよりはマシかな・・。
枚数稼ぎをするのに熱心なだけのウイン・シャ(夏永康)だから、
期待してもダメだとはわかっているので、期待はしないでおきましょう。
唐鶴徳(唐鶴德/トン・ホッダッ/ダフィー・トン/Daffy Tong)から
提供の写真は3枚らしいが、
本当に見たことないレスリー・チャン(張國榮)のオフ写真は、1枚だけみたい。
たったの1枚ねえ・・、どんな写真なんですかねえ~(苦笑
攝影師夏永康在張國榮 (哥哥) 生前拍下不少作品,亦會輯成一本寫真集推出,當中一半未曾曝過光,哥哥「摯愛」唐鶴德親自提供了一張哥哥生活照,又親自撰寫一篇短文悼念哥哥,該段文字亦會放於記事簿内。
(到時唐鶴德會否現身?) 陳太:「再[口甘]問,他要來也不敢來了。」但陳太不肯透露該人是誰,只稱是位男藝人,上次五周年時都演出過。問到是否梁朝偉,陳太叫大家不要再估。説到唐唐提供的相片,陳太表示對方給了三張相,夏永康選了其中一張生活照,別二張會放在記事簿,可讓長情的歌迷一起分享。
詳細は、新聞各紙でどうぞ
http://enjoy.eastday.com/e/20130222/u1a7210170.html
これくらいの写真を出さないと、以前に発表した写真なんてマスコミだってスルーだよなあ~(苦笑。
後ろの壁紙を見るとブエノスアイレスを撮影してた時みたいですね。
女装するシーンでボツになってたシーンの準備で化粧中ですかねえ?
前記事参照
2013年3月28日~2013年5月1日香港時代広場『継続寵愛十年記念展』
http://ameblo.jp/lcing/entry-11476403650.html
2013年3月28日~2013年5月1日香港時代広場『継続寵愛十年記念展』
2013年3月28日~2013年5月1日香港時代広場『継続寵愛十年記念展』
■『継続寵愛十年記念展』
2013年3月28日~2013年5月1日まで
香港 時代広場にて、
レスリー・チャン(張國榮)の音楽、舞台、映画などの物を展示します。
チャリティとして色々詰めた紀念品やHot Toysのフィギアを3000個限定で記念販売。
●うーん、あいかわらずフローレンス・チャン(陳淑芬)って、
ずれてるというか・・こういう感じなのね~(笑
フィギアとかトートバックとかTシャツとか・・??
正直、グッズに興味も無いし、
芸能人の名前入りグッズなんて使わないので欲しくない~(苦笑
いい歳して、お人形なんかいらないよ~。
終末に向けて断舎利をして物の整理をしたいけど、
レスリー・チャン(張國榮)物をなかなか整理が出来ないというのに(笑
たぶん、大陸の若い中国人ファン層のことを考えてなんだろうね~。
そういうアイドルグッズを持っていたい若いファンでも
中国なら絶対数がとんでもなく多いからなあ・・。
大陸の人は昔は香港に来られなかったし、
今の大陸中国人は、金がふんだんにあるし、購買力がついて欲しいものは何でも買うからね。
昔からグッズを集めない私には、
こういうグッズ物の良さがさっぱりわからない。
若い子が買っても、どうせ飽きて将来はゴミで捨てちゃう人がほとんどだろうに・・(苦笑
2013年3月28日至5月1日期間在時代廣場舉行紀念展,以哥哥的音樂、舞台、電影為題設置不同展區,除播放精彩音樂、電影作品,並展出歴年在演藝界奪得獎項和曾於舞台上穿過的私人珍藏服飾。早前各地歌影迷摺紙鶴為哥哥送上祝福,陳太會將過百隻紙鶴展示在廣場並申請「健力士世界紀録大全」規模最大的紙鶴展覽。
陳淑芬推出多款限量發行的紀念品,會有2款套裝,其中有3D版,包括有T-恤、Tote Bag、襟針、珈琲杯及紀念記事簿,記事簿中選了部分哥哥從未曝光照片及珍貴手稿在内,同時已向Hot Toys取得授權推出三千個限量版哥哥首款像真珍藏人偶,以紳士造型配上印有「Leslie」簽名的導演椅,以圓哥哥的「導演夢」。
詳細は、香港の新聞各紙でどうぞ~。






















