羊水塞栓症という非常に怖い病気があります。
なぜ怖いかというと、
予測不可、予防不可、
分娩中、分娩直後に母体が突然の心停止、呼吸停止、大出血、
死亡率(母児ともに)が非常に高いからです。
羊水塞栓症の原因は?
羊水や胎児の皮膚成分などが母体の血中に入ることが原因と考えられていますが、詳しいことはよくわかっていません。似たような経過で死亡した母体を解剖して調べると、肺動脈に羊水や胎児の成分がつまっていることがよくありました。そのため、「羊水塞栓症」という病名がつけられたのですが、現在では、羊水塞栓の影響だけでなく、「アナフィラキシー」に似た免疫反応も関係しているのではないかと考えられています。(アナフィラキシーとは、例えば、ソバを食べて急に息苦しくなるような種類の免疫反応です)
ゾッとする経過
典型的な例では、分娩中あるいは分娩直後の妊婦さんがあえぐように息苦しさを訴え、突然、ケイレンや心停止、呼吸停止に陥り、大量出血が続き、死亡するという経過をとります。
どんな病気でもそうですが、非常に軽症な場合もあれば超重症の場合もあり、羊水塞栓症の症状もいろいろです。心臓や肺の症状がほとんどなく大出血が主症状である場合もあります。
ちゃんとした診断基準がない
世界的に認められた診断基準がありません。診断基準がないので発生頻度も報告によって違います。4,500分娩に1人~80,000分娩に1人と差があります。
診断は除外診断
診断の目安としては、次の4つの症状のうち1つ以上があって、何らかのはっきりした原因が他にない時に羊水塞栓症を疑います。
・ 急な血圧低下
・ 心停止
・ 急な低酸素症や呼吸不全
・ 大量出血(DIC)
もし、羊水塞栓症が起きてしまったら
ちょっと前までは母体死亡率は60%くらいでした。現在では20~40%くらいにまで低下したという報告もありますが、それでも十分高い死亡率です。
産婦人科医がまずやることは、ショック(血圧が非常に低下した状態)に対する治療、心肺蘇生、輸液、輸血、DICの治療です。DICというのは、体中の血管内で血液の凝固反応が過剰に起きる結果、凝固因子が使い果たされて全く出血が止まらなくなった状態のことです。夜中に一人で当直に当たっているときに羊水塞栓症に直面したら、これらのことを一人でこなしながら、他の医師の応援を要請したり(総合病院の場合)、救急搬送(診療所の場合)の手配もしなければなりません。
産科ショックに対応できる医師が数名以上いて、素早く適切な処置を行うことができれば救命できるかも知れません。しかし、重症で経過が早ければ、どんな処置を行っても不幸な結果になってしまうのが羊水塞栓症という病気です。
羊水塞栓症は、非常にマレです
日本では2003年から羊水塞栓症の登録プログラムが開始されました。2014年で、臨床的に羊水塞栓症と診断された例が400例以上集まったとのことです(つまり年間30数例の登録があったということ)。実際はもう少し多いかも知れませんが、総分娩数が100万くらいですから、かなりマレです。
先進国では、羊水塞栓症は母体死亡の原因の10~26%くらいを占めます。これはかなり高い数字で、羊水塞栓症の治療がいかに難しいかということを示しています。
2012年の日本の母体死亡率は10万人あたり4.0人、年間42人の女性が亡くなっています(100年で100分の1に減少しましたが、残念ながら、今のところこの数字が限界です)。