ゴダイゴ「僕のサラダ・ガール」&「モンキー・マジック」。。ミッキー吉野の才能が昇華した素晴らしく | マジカル・ミステリー・ミュージック・ツアー

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1960年代から1980年代の洋楽・邦楽の雑記帳です。

ゴダイゴ。。。

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1976年、アルバム「GODIEGO (組曲:新創世紀)」でデビュー。

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もともと、ゴールデン・カップスの若き天才キーボード・プレーヤー、ミッキー吉野がゴールデン・カップス脱退後の1971年6月に渡米しボストンのバークリー音楽大学に留学。
帰国後、「ミッキー吉野グループ」を結成し、TVドラマのサントラや伝説の「ワンステップ・フェスティバル」等に参加するなど活躍、タケカワユキヒデのレコーディングに参加したのをきっかけに1976年”ゴダイゴ”を結成しました。

ゴダイゴはCMソングを数多く手掛け、当時としては珍しくCMソングを集めたアルバム「CMソング・グラフィティ・ゴダイゴ・スーパー・ヒッツ」を1978年1月に発表するなど、お茶の間にも徐々に、その名前を浸透させていました。

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ちなみに、当時はCMソングアルバムの発売は理解されていませんでしたが、大滝詠一のCMソングアルバム「NIAGARA CM SPECIAL Vol.1」がヒットしたため、ゴダイゴのアルバムもレコード会社から認められたそうです。

私が初めて”ゴダイゴ”の名前を知ったのは、1976年カネボウ化粧品のCMで使用された「僕のサラダガール」でした。

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「僕のサラダガール」は、当時としては珍しい全編英語の歌詞ながら、ポップでキャッチーな楽曲にすぐに惹かれました。

【僕のサラダ・ガール / ゴダイゴ】

そして初めて購入したのは、一部プログレッシヴ・ファンからも好評を得た1977年11月発売の名盤セカンドアルバム「DEAD END」でした。

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この「DEAD END」から黄金期を支えたメンバー、ミッキー吉野、タケカワユキヒデ、浅野孝已、スティーヴ・フォックス、トミー・スナイダーのメンバー体制となり活動を開始。

そしてゴダイゴの人気が爆発したのが、1978年TVドラマ「西遊記」の主題歌として使用されたゴダイゴ史上初めての日本語歌詞の曲「ガンダーラ」でした。

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この「ガンダーラ」をきっかけに、「Monkey Magic」、1979年ユニセフ国際児童年協賛曲「ビューティフル・ネーム」、 映画『銀河鉄道999』主題歌、『西遊記II』エンディングテーマ「ホーリー・アンド・ブライト」とヒット曲を連発。

特に「ガンダーラ」と「Monkey Magic」は7週間にわたり同時にベスト10にランクイン。
また、「ビューティフル・ネーム」、「ハピネス」(タケカワのソロ)、「はるかな旅へ」、「銀河鉄道999」の4曲が同時にベスト20にランクインするなど大ヒットを連発、小学生から大人まで、まさに日本を代表するロック・グループとしてワールド・ワイドに活躍の場を広げてゆきました。

「ガンダーラ」とともに西遊記で使用された「Monkey Magic」
ミッキー吉野の絶妙なアレンジと浅野孝已(G)による素晴らしきギター・カッティング。。。
まさに60年代のGSから活躍してきたメンバーたちの底力が証明された素晴らしい楽曲でした。

【モンキー・マジック / ゴダイゴ】

この後、ゴダイゴは、メンバーチェンジなどを経て1985年に解散。

しかしその名前通り、"GO - DIE - GO"と不定期ながら一時的な再結成を繰り返し、ゴダイゴ結成30周年にあたる2006年、奈良・東大寺でのコンサートを機に、一時的ではない再結成を果たし現在もコンスタントにライヴを行うなど精力的な活動を行っています。

先日、エイジアのライヴを渋谷公会堂に観に行った際も、11月のコンサートチラシを発見しました!

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今年で結成36年を迎えるゴダイゴ。。。
まだまだ活躍を期待したいです!