指導者にとって、きわめて望ましいことは、人をひきつける魅力を持つということだと思う。指導者に「この人のためには……」と感じさせるような魅力があれば、期せずして人が集まり、またその下で懸命に働くということにもなろう。


もっともそうは言っても、そうした魅力的な人柄というものはある程度先天的な面もあって、だれもが身につける ことはむずかしいかもしれない。しかし、人情の機微に通じるとか、人を大事にするとかいったことも、努力次第で一つの魅力ともなろう。いずれにしても指導 者は“ひきつける魅力”の大切さを知り、そういうものを養い高めていくことが望ましいと思う。

販売に当たる人が、一つの商品について技術、製造の人の開発の苦心を思い、逆に技術、製造にたずさわる人は、 販売する人の努力に感謝し、心をこめて製品をつくりあげる。また経理の人は1円のお金にも、それが利益となって生まれてくるまでの技術、購買、製造、販 売、その他すべての部門の人の汗の結晶というものを考え、それを最大限に生かしてゆく。

というように、お互いの一つ一つの懸命な努力を、いわば目頭を熱くするような思いで理解し、それを生かしあってゆく。そして、そこに生まれた成果をお互いに喜びあっていく。そういうものがあってはじめて全体の発展も生まれてくるのではないだろうか

「人 事を尽して天命を待つ」


ということわざがある。

これは全く至言で、私はいまも自分に時どきその言葉を言い聞かせている。

日常いろいろめんどうな問題が起き る。だから迷いも起きるし、悲観もする。仕事にも力が入らないことがある。これは人間である以上避けられない。しかしそのとき私は、自分は是と信じてやっ ているのだから、あとは天命を待とう、成果は人に決めてもらおう……こういう考え方でやっている。


小さな人間の知恵でいくら考えてみても、どうにもならぬ問題がたくさんありすぎる。だから迷うのは当たり前である。そこに私は一つの諦観が必要だと思うのである。