いわゆる「昭和歌謡ポップス」を語る場において、「1970年代半ばあたりからアレンジの技術が上がっていき、音が洗練されていった」という話をよく聞きます。松本隆さんなど「昔のアレンジは冷や汗もの」と、よくおっしゃっています。

 

では、今でも人気の高い1970年代後半以降のヒット曲のアレンジと、それ以前の楽曲のアレンジでは、具体的にどう違っていたのでしょうか。本稿では「すみれ色の涙」(作詞:万里村ゆき子、作曲:小田啓義)を例にあげて考察します。

 

この曲を選んだのは

 

・オリジナル楽曲は1968年、最も有名なカバーは1981年制作

・アレンジのメロディー、ハーモニー、リズムはほとんど同じ

・楽曲としてシンプルな構成

 

という条件を持ち、比較が容易だからです。

 

まず、1968年に発表されたジャッキー吉川とブルーコメッツによるオリジナルバージョンから解説します。ブルーコメッツは

 

・ジャッキー吉川(ドラム)

・三原綱木(エレキギター、ボーカル)

・井上忠夫(フルート、サックス、ボーカル)後の作曲家・井上大輔

・高橋健二(ベースギター、コーラス)

・小田啓義(キーボード、コーラス)

 

の5人編成です。

 

イントロは三原さん演奏と推定されるエレキソロから始まり、井上さんのフルートが続いて、歌に入ります。

ブルーコメッツの楽曲において、歌うパートは三原さんと井上さんのユニゾンをメインとして、小田さんと高橋さんがコーラスをつけるスタイルが一般的です。テレビ番組出演で「ブルー・シャトウ」(作詞:橋本淳、作曲:井上忠夫、1967年)を歌う時もその役割分担が行われています。

 

「すみれ色の涙」においても、歌は2名によるユニゾンで進行していきますが、一部でボーカルとフルートがオーバーラップしています。いくら井上さんが優れたミュージシャンでも歌唱とフルート演奏は同時にできないので、フルートのパートは別録りして、後でダビングしたと考えられます。その技術は既に広く使われていました。

 

Bメロ(♪淋しかったから、あなたを愛して~)からサビにかけてはストリングスが入ります。弦部隊は外注で、コロムビアレコードで作る様々な楽曲で演奏していた人たちと推定されます。サビではバックコーラスの音量をあげて、4人によるコーラスワークを強調させることで、詞に描かれている主人公の心情を聴き手に伝えています。一方、作曲した小田さんのキーボードの音はほとんど聞こえません。この時代はハモンドオルガンが人気で、小田さんもよく弾いていたようですが、「すみれ色の涙」についてはエレキギター、ベース以外の電力楽器は使わず、昔ながらの味わいを大切にしたいという意図が感じ取れます。

歌が終わると、三原さんのエレキソロと井上さんのフルートの演奏で余韻を残しつつしめくくられます。

 

 

次に、1981年に発表された岩崎宏美さんによるカバーバージョンについて見ていきます。萩田光雄さんが編曲を担当しました。

 

イントロは電子キーボードとみられる演奏で立ち上がり、アコーディオンが続きます。このアコーディオンは萩田さんご自身で弾いています。歌が始まる直前で、早くもストリングスの演奏が入っています。当時のレコード盤では「ビクター・オーケストラ」とひとくくりにされていたプロ集団でしょう。

 

Aメロ(♪すみれって~)ではボーカルの背後で、時折「ポワポワポワッ」と、あぶくが立ち昇るような音が響いています。これはシンセサイザーで作られた音と推定されます。ブルーコメッツの時代にはまだシンセサイザーはできていなかったので、当時における「現代の技法」です。ブルーコメッツ版では2名のユニゾンで歌うパートを、岩崎さんはひとりで歌っていて、ボーカルの美しさを最大限に引き出すべく作られています。シンセサイザーは使うけれども、あくまで補助としての利用に留めて、人力が醸し出す味わいを大切にしたいという意図は、ブルーコメッツ版と共通しています。

 

Bメロに移る橋渡し的なパートでストリングスが短く入り、Bメロではアコーディオンとボーカルの掛け合いをストリングスが後ろから支えるような形になっています。このパートのアコーディオン演奏は外部のプロミュージシャンによるものとみられます。

 

ブルーコメッツ版では4人のコーラスワークで聴かせるサビ部分(♪淋しかったから、あなたにさよならを~)も、岩崎さんのソロで押し切っています。岩崎さんの歌唱力に全幅の信頼を置いた作りです。その代わり、結語にあたる♪そして、ひとつぶ~以降はダブルボーカルダビングが行われていて、主人公の感情がすみれ色に染まるひとつぶの涙に託されていると、聴き手に伝えられます。このパートではストリングスもわりと前面に出ていて、感情を盛り上げる働きをしています。ブルーコメッツ版では2コーラスちょうどで終わりますが、岩崎さん版では♪そして、ひとつぶ~のリフレインが加わっています。このリフレインは「ただ足しただけ」に留まらない効果を楽曲にもたらしています。

 

間奏とエンディングパートのアコーディオンも、おそらく萩田さんの演奏でしょう。そうでないと統一感に欠けてしまいます。ブルーコメッツ版では井上忠夫さんのフルートが楽曲オケのイメージを支えて、クラシカルな印象を与えているのに対して、岩崎さん版では萩田光雄さんのアコーディオンが楽曲オケのイメージを支えて、フレンチポップス的な印象を与えています。

 

萩田さんは「あんな何の前置きもないイントロ、ぼくは書かないよ。」とお話されています。イントロは小田啓義さんが書いたメロディーをそのまま生かしたのでしょう。1960年代は「歌を損なわない程度において、イントロに凝る」という発想がまだありませんでした。「すみれ色の涙」はB面曲で、「応援してくれる女学生のファンのために、可愛い曲を作った」(小田さん談)といいますから、表に出す曲ほどイントロを工夫する必要もなかったのでしょう。岩崎さん版を出す際、萩田さんは「これは、余計なものを加えないほうがよい。とにかく岩崎くんの歌に任せよう。」と考えたと見受けられます。萩田さんは「思秋期」のときに「あまりにいい曲で感激してしまい、仕事人になれなかった。」と反省していますゆえ。

 

ブルーコメッツ版は全体的に音がこもりがちで、解像度が低い印象があります。メンバー5人とストリングス十数人が演奏に参加しているわりには、音に広がりが感じられません。対して岩崎さん版は音がクリアです。ラジカセで聞いていた頃から、その差ははっきりとわかりました。13年の間に、録音機材およびマスタリング技術が長足の進歩を遂げた証のひとつでしょう。

 

※本稿は「ヒット曲の料理人 編曲家萩田光雄の時代」(リットーミュージック、2018年)を参考資料としました。