王さまは裸 | ✧︎*。いよいよ快い佳い✧︎*。

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主人公から見ても、悪人から見ても、脇役から見ても全方位よい回文世界を目指すお話

こちらは、
先日書きました裸の王様から派生して
またしても書けてしまったお話ですまじかるクラウン



 昔むかし、ある王国に、おしゃれをすることが大好きな王さまがいました。
 王さまはいつも取っ替え引っ替え、煌びやかな服や靴に履き替え、衣装部屋に入り浸って出てこない日もあったほど。
 そんなある日、どこからかフラリとやって来た自称仕立て屋の詐欺師二人。彼らは多額のお金を王さまから引き出すために、こんな嘘をつきました。
 こちらの衣装は、高貴なるお方、賢きお方にしか見えない特殊な布地を使っています、と。
 あたかも服を手にしているように説明され、まさか見えないとは言えません。見えないと言うのは、彼ら曰く高貴でもなく賢くもない、という証明になってしまうからです。

 王さまは詐欺師の思惑通り、見えてもいない透明な衣装を裸のまま纏い、城下道を練り歩きました。
 堂々と歩く王さまに民は笑いを堪えるのが精一杯。指摘などしたくとももちろん出来ません。
 ところが、何も忖度などない子どもは、王さまを指さして言いました。

 なんで裸なの! と。

 ざわつきが広まり、とうとう皆が怪訝な顔や馬鹿にした目で見て来ましたが、それでも王さまは後には引けず、行進を続けたのでした。

 そんな、後世まで語り継がれる、恥ずかしい王さまのお話。


 ーーというのは、実はちょっと違います。


 裸の王さまとして隣国にまで名を馳せてしまったのでは、と皆さまおっしゃるのですが、そうではないのです。
 王さまは、あれからずっと裸。それは確かにそうでした。ファッションが好きで、何も考えていないような王さまであったことも本当です。
 
「王さま、その格好ではお風邪を召してしまわれます。お願いでございますから、せめてこちらのローブをお使いください」
「いや。寒くはない。ワシはこれで良いのだ!」

 引くに引けぬ行進をどこまでも続けていると、いつの間にか村の外れまで来ていました。すっかりと陽も暮れ、雪が降っています。
 頑なに他の衣服を受け入れようとしない王さまは、家来たちのほとんどをお城に帰してしまったので、今は執事一人。
 やせ我慢もほどほどにしなければ命に関わるのですから、執事は慌てています。

「あれはなんだ……?」

 ふと王さまが足を止めて見やる先には、崩れかけの噴水の広場がありました。その一角に、少女が立っているのです。

「お、王さま!」

 執事が引き留めるのも聞かず、王さまはズンズン進んで行きました。

「君はここで何をしているんだね」
「え、ええと……」

 王さまに突然話しかけられた少女は、俯いていた顔を上げ、雪が積もった白いまつ毛を瞬かせました。王さまが誰だかわからないようです。
 それはそうでしょう。
 靴も履かず、穴が空いたスカートと、継ぎ接ぎをして縫った薄汚れたスカーフを帽子代わりにしただけのみすぼらしい少女は、恵まれた家庭の子ではないと一目でわかります。
 もしかすると孤児であるかもしれません。

「私、マッチを売っていたのです。でも、誰にも買ってもらえなくて……」

 少女の足元には、いくつかの使用済みのマッチが落ちています。寒さのあまり、暖を取ろうとしたのか、と執事は気の毒な気持ちになりました。

「だけどさっきわかったんです。これは、普通のマッチじゃないの。魔法のマッチなんですよ」
「魔法のマッチ?」
「そうです! 欲しいものを思い浮かべて擦ると、本当に現れるのよ。だから私、嬉しくて何度も擦ってしまったの」

 先ほどまで虚だった眼差しに、少しだけ光が差したように見えました。でも、そんな哀れな想像をしてしまうほど追い詰められていたのかと、やはり執事はいたたまれません。

「それはすごい。どれ、ワシにも見せてくれるかな?」
「ええ、良いですよ。何が欲しいですか?」

 王さまは執事にマッチの代金を払うように言いつけると、腕を組んで考え始めました。

「ワシの今着ている衣装は特別でね。賢く、高貴な心を持つ者にしか見えない。だから、みんな見えないと言うんだよ。この美しく素晴らしい衣装が本当にあると見せて欲しい」
 
 ず、と鼻をそっとすすりながら王さまは言いました。もういい加減にしなければ大変なことになってしまうというのに。

「わかりました。じゃあ、やってみますね」

 少女は疑問を抱いたであろうに、マッチを震える手で擦りました。きっと、お金が手に入ったからなのでしょう。

「わあ……! なんて素敵なの。まるで王さまみたい!」

 ぼんやりと灯るマッチの火を見て、少女は感嘆しました。執事はびっくりして少女の手元を凝視します。

「だろう? 君にはどう見えるかね?」
「真っ白な羽根が敷き詰められたようなローブに」
「ふむふむ、それで?」
「金の宝石みたいなボタンがキラキラしてしているブラウスに……」
「うん、その通りだ」
「赤いビロードのズボンと、ガラスのようにピカピカ光る靴だわ」
 
 少女は流れるように説明します。嘘をついているようには思えません。頬が薔薇色になってきたようですらあります。

「ああ……消えてしまった」

 マッチの先の火が弱まり煙だけが残ると、少女は少しがっかりしているようでした。
 王さまは満足な様子で笑い、頷いています。

「もう一度……」 
「いや、もう十分だ。君にはワシのこの特別な衣装が見えていたからね。君はこれまで、この魔法のマッチで他にどんな物を見たんだね?」

 少女の手を止め、王さまは問いかけました。
 すると少女は、暖かい暖炉やごちそう、クリスマスツリーなどが出てきたのだ、と教えたのです。

「ワシにこの魔法のマッチを分けてくれないか。いやなに、ワシの周りにはたくさんの人間がいるのだが、みんな君のようには魔法は見えないだろう。驚かせてやりたいのだが、ワシが使うより君が使うことで効果があるのじゃないかと思うのだよ」
「でも、それじゃ……お父さんに怒られるわ」

 王さまの提案に一瞬瞳を輝かせましたが、すぐに首を振りました。何か事情があるのでしょう。

「大丈夫だ。ここにいるワシの友人に、君の家に行って話をしてもらうからね。お金もちゃんと払う。心配はいらないよ」
「しかし、それでは!」

 執事に向かって頼むよと言うと、王さまは少女の冷たい手を取って歩き出します。
 執事は、気まぐれに一時の情けをかけるほうが少女にとっては辛いはずですと王さまを止めようとしましたが、王さまと目が合うと、何も言えなくなってしまいました。
 少女はまだ不安そうな面持ちでしたが、うん、と静かに頷きます。

「あ、ちょっと待ってください」

 まだ何かあるのかと思えば、少女は自分が首に巻いていた、なけなしの薄い毛糸のマフラーを徐に解くと、王さまの首に巻きました。

「マッチがないと、私には裸に見えてしまうの。寒そうだから」

 よほど自分のほうが凍えそうだろうに、と返そうとしましたが、王さまはそのまま厚意を受け取ることにして言いました。

「……ありがとう。とっても暖かいよ」

 澄んだ夜空を、ひとすじの流れ星が過ぎて行きましたが、背を向けていたことで、誰も気がつきませんでした。



「わあ……っ! すごい!」

 お城では怯えてしまうだろうと、王さまは離れにある白い邸宅に招くことにしました。食堂の扉を開けると、少女は声を上げました。
 テーブルの上には、おいしそうな匂いがするチキンや色鮮やかなサラダ、湯気の見えそうなコーンスープに、苺がたっぷり飾られた大きなケーキまで載せられています。薪がくべられた暖炉は赤々と燃えて、中央には巨大なクリスマスツリーがあるのですから。

「どうかな、君が魔法のマッチで見たものと同じかい?」
「いいえ、いいえ! もっとすごいわ、なんだかお姫さまになったみたい……」
「それならば、マッチを擦ってごらん? どんなお姫さまなのか、ワシに教えておくれ」

 戸惑っているのか、入り口から中へ入ることが出来ないでいる少女の背中をそっと押して促すと、少女は一本マッチを擦りました。

「お花の刺繍があるブルーのドレスを着て、素敵なティアラをつけているわ」
「なるほど……きっと君にさぞ似合うだろう。ほら、お座り」

 少女を背の大きな椅子に座らせて、王さまはゴブレットにぶどうジュースを注ぎました。
 好きなものを好きなだけお食べ、と告げて。

「いただきます……」

 ところが、スープをひと口飲んだきり、少女は手をつけようとしません。テーブルマナーがわからないからでしょうか。

「どうしたね? スプーンとフォークだけで食べればいいんだよ。手でかぶりついても、誰も笑わないから」
「そうじゃないの……違うんです」

 少女の右目から、ぽた、と涙が落ちました。
 王さまは、口に合わなかったのかな? と立ち上がって少女の隣に腰を下ろしました。

「私だけこんなごちそうを食べたら……だってみんな、お腹を空かせているの。赤ちゃんも、小さい子も、お年寄りも、私のお父さんもお母さんも、おばあちゃんも……だから」

 そこまで言って言葉に詰まる少女の境遇はいかばかりでしょうか。空腹で今すぐに食べたいだろうに、まだ10歳にも満たない子どもが躊躇うなんて。

「そうか。ならば、マッチを擦りなさい。みんなが幸せになるには何が必要か見てみるんだ。魔法のマッチは、君が見たものを本物にするよ。ここにあるツリーやごちそうのようにね」
「本当?!」
「ああ、本当だ」

 そうして王さまは、扉の外に食事係、詐欺師の仕立て屋、大工、世話係などの人たちをそっと待機させて、少女を暖炉の側に座らせました。

「焼きたてのパンと、ミルクと……」
「ここにあるより大きなケーキもいるね。チョコレートやキャンディ、クッキーはどうかな?」
「素敵! それから、暖かい毛布と柔らかいベッド、隙間風の入らない屋根や窓……」
「人形やおもちゃ、本も喜ぶかな」
「きっとみんな信じられないって言うわ!」

 シュッシュッとマッチを擦って、少女と王さまは次々と思い浮かべて笑い合いました。
 少女は、食べ物は食べ物でも、見るのはおやつではないし、生活の改善は求めても遊びの道具やおしゃれが出来る服などを欲しがりません。
 王さまは少女に許しを与えるように、生きることに必要不可欠ではないそれらを付け足していきました。

「よし。きっとこれで魔法は形になっているから、待つ間に食べよう。心配いらないよ、みんなも受け取っているから」
「はい!」

 たくさんのマッチを擦り終えた少女を再び椅子に座らせて、王さまは言いました。
 少女は今度こそ安堵して、甘いぶどうジュースを飲み、顔を綻ばせました。

 クリスマスケーキにだけは、手を伸ばさないまま。

 そうして、少女がお腹いっぱい食事をとった頃には、緊張が解けて疲れが出たのか、そのままウトウトと眠ってしまいました。

「ワシは、本当に裸の王であったよ。だから、この服も見えなんだ。お前たちのおかげで、それがわかった。感謝する」

 先ほど、少女の見たフカフカで温かなベッドに寝かしつけると、王さまは自称仕立て屋の詐欺師二人を呼び、言いました。
 
「王さま……あの」
「謝らなくていい。ただもし、これからもワシの元で働いてくれるならば、こうしてくれないか」
 
 居処がないような顔で俯き、今にも逃げ出そうとしていた様子の二人は目を見開きます。

「この子が望んだドレスを用意して欲しい。皆も、協力してくれないか。ワシが自分のことばかりで困窮させてしまった民の元へ……この子が望んだ夢を叶えてやりたい。それから、ワシは今まで欲しいと望めばなんだってすぐに手に入った。魔法でもなんでもなく、そなたらのおかげだ。本当にありがとう」

   いつのまにか、執事や家臣たちが部屋の中に集まっていました。
 みんな、これまで言われたことのないお礼を聞いて涙ぐんでいます。

「当然でございます。私たちはそのためにいるのですから……!」
「はい、王さま!」
「今すぐに準備いたします!」

 口々に快諾し、それぞれが持ち場にバタバタと戻って行きます。
 これが真夜中になる前の、内緒の出来事でした。



「すごく良い夢をみたな……」

 明くる日、少女が目を覚ますと、枕元に大きな長方形の箱が置いてありました。
 朝陽が入る窓際には、クリスマスツリー。

「私……あれは、夢じゃないの? ここはどこ?」

 昨夜まで着ていたはずの服ではなく、ピンク色のナイトワンピースを纏い、髪の毛は梳かされ、煤や汚れで黒くなっていた手も綺麗になっています。

「おはよう、よく眠れたかな?」

 王さまがノックをして少女の元を訪れると、少女は箱を抱えてツリーの下にいました。
 開けて良いものかとまた迷っているようだったので、開けてみるように勧めると、少女は静かにリボンを外します。

「これ……!」
「君がマッチで見たドレスが本物になったね。実はあれから、腕の良い仕立て屋が持って来てね。サンタクロースからの依頼だそうだよ。君の魔法のマッチは、彼の持ち物だったのじゃないか」
「サンタさんが? まさか……クリスマスにサンタさんが来てくれたことなんて一度もないのに」
「信じられないならば一緒に行こう。君が見たものが届いているはずだから」

 そうして、王さまは、ばあやに少女のドレスを任せると、朝食代わりの菓子パンやお菓子を山ほど詰めたバスケットを取りに行きました。
 昨夜手をつけられなかった、あのクリスマスケーキも一緒に。
 
「私、まだ夢を見ているみたい」

 裸のままで王さまは少女と城下に降り、貧しい家々が立ち並ぶ村まで行くと、少女は我が家を目がけて駆けて行きました。
 なぜなら少女の家だけじゃなく、みんなの家が修繕され、あちこちに落ちていたゴミも片付けられて、外にいる村人もみんな厚いコートを着ていたからです。

 早朝、村人たちは何故いきなりこのような事態が起きたのか目を白黒させていましたが、少女が眠っている間に一人訪れた王さまはこう説明をしました。

 この衣装を見えると言ってくれた少女がくれたプレゼントのお返しだと。
 自分の不行き届きを知ることが出来たからだと。

「こんなケーキ見たことないね、お姉ちゃん!」

 クリスマスケーキを目の前にはしゃぐ小さな弟に、おじさんが持たせてくださったのよ、と笑う少女が、キャンドルに火を灯しました。
 そう、もちろんあの魔法のマッチで。
 厳しかったお父さんと病弱で動けなかったお母さんも、この奇跡のような一夜に、そして大切な娘の年相応な表情に、目に涙を浮かべています。

「さあ、これからまだまだあるぞ」

 王さまの宣言通り、それから、少女は魔法のマッチを使って色々な物を本物に変えました。
 安全なブランコやすべり台がある公園、清潔な井戸、勉強出来る学校、鮮やかな花畑ーークリスマスが終わってもなお、それは続きました。
 王さま曰く、クリスマス一日じゃ足りないくらい、多くのプレゼントが滞っていたから仕方ないと。
 そして、自分にはこの特別な衣装があるから必要ないと、衣装部屋に山ほどあった自慢のコレクションを手放したり、民に譲ったのです。


「昔から家族が欲しいと思っていたんだ。多ければ多いほど良い。ああ、誰かワシの子どもになってくれないだろうか」


 最後に、少女にマッチを擦ってもらい叶えた夢は、家や家族を失った孤児たちを引き取ることでした。子どもたちはやがて大人になり、それぞれが目標や志に向かって立派に羽ばたいています。


「王さまはいつまでこの格好で居続けられるのですか」

 気に病む仕立て屋が訊ねると、王さまは言いました。

「あの子のマッチの魔法は、無垢で優しい心がなければ見えない。この、ワシの纏う衣装が誰にも、ワシにも見えないのと同じように。だからワシにもマッチの魔法が見えるまで、この国の民の寒さが消えるまで、裸でいることにするよ」

 微笑む王さまは、みんなが嗤う恥ずかしい王さまではありません。
 国民に愛され誇りに思われている、豊かな愛を纏った方なのです。


 この話を語り継ぐあなたは誰ですかって?

 私は、この、かつて王さまに助けていただいた少女の祖母でございます。
 
 

めでたし、めでたしーー。



【王さまは裸】



『裸の王様』
『マッチ売りの少女』
ハンス・クリスチャン・アンデルセン作
より引用させていただきました。
イラストはこちら
イラストレーターさんからお借りしました。


裸の王様を書いていたはずが、
マッチ売りの少女が登場して
びっくりしました…!
気がかりだったマッチ売りの少女を
こんな形で解決できる日が来るなんて。
原作者をすっかり忘れて調べたら、
両方ともアンデルセン……またしても。

私のなかでは、そうなんだね….って
ほっとした気持ちです。

最後までお読みくださり
本当にありがとうございました乙女のトキメキ