八岐大蛇の始まりは | ✧︎*。いよいよ快い佳い✧︎*。

✧︎*。いよいよ快い佳い✧︎*。

主人公から見ても、悪人から見ても、脇役から見ても全方位よい回文世界を目指すお話


今回のお話は、


の後に続くこちらのお話↓


に登場する神々にも関わります乙女のトキメキ

古事記や日本書紀をベースにした
フィクションですが
何かを感じていただけたら嬉しく思います桜



 ドスン! という、大地が揺れるほどの衝撃音が身体を走り抜け、間に合わなかったのだと悟る。
「お待ちください!」と叫んだ私の声は、その音で掻き消えた。

 巨大な蛇の頭が八つ、次々と地に落ちて、ヘドロのようにねばついた紫の血が散り、ひどい悪臭を放っていた。
 
「これで櫛名田比売を嫁に貰い受けられる上に、姉さまにも面目が立つ!」

 誰がみてもおぞましく恐ろしい化け物であるこの大蛇を退治したその人は、十拳剣を右手で持ち天にふりかざすようにして、血色ばんだ頬のまま肩で息をして、ついにやったと誇らしげに笑みを浮かべている。

「あなた様は……この蛇の正体がおわかりではないのですか」
「正体? お前は誰だ」

 倒れた胴体に乗りながら、ようやく私の存在に気づき、不審な者を見るように返してくる。
 それはそうだろう。私が表立って外に出るのはこれが初めてなのだから。


「このオロチは、多くの姫を餌食にして来た化け物よ。助けを乞われ、手を貸したまで。感謝されこそすれ、お前にそのような目で見られるいわれは無いはずだがな」


 すたっと胴体から降り立ち、息絶えた大蛇を指して、不愉快を露わにする。
 それでも私は、伝えねばならないことがあった。手遅れとなってしまったとしても。


「スサノオさま。あなた方が禊を行う川には、八十禍津日神、大禍津日神がおります。それはご存知でいらっしゃいますか」
「馬鹿にしているのか。もちろん知っている。穢れを浄める役割を担う者たちだろう」


 しかし酷い臭いだと笑いながら、大蛇を倒したその人ーー須佐之男命さまは、自らについた血を拭った。それこそ、今すぐ禊川に浸からねば、と言って。


「はい。ですが、彼らだけではもう、処理しきれぬほどの穢れが川の底に沈殿しているのです。私は、彼らを助けるために生まれましたが、それでも間に合わぬ事態となっておりました。この蛇は元は、このような妖ではありません。金色(こんじき)の、小さな蛇神であったのです」
「何……?」
 
 ここまで話すと、スサノオさまの顔色に翳りが見えた。賢い方なのだ、私が何を言いたいのかおわかりになったのだろう。


「川の水を飲んでしまった蛇神は、身の内を暴れ狂うような毒に侵されていきました。内臓が焼け爛れるような壮絶な痛み、皮膚は腐り、心が闇に呑まれていく。それでも何とか踏みとどまろうとし、限界が来るたびに理性を失った頭が増えていった……私たちは、どうして差し上げることも出来ませんでした」
「ならば、お前たちの不手際ではないのか? 力量さえ足りていれば、こうなる前に、どうにか出来たであろう!」
「その通りでございます」


 何も言い訳など出来ないし、しようとも思わない。ただ、このような最期を迎える必要のなかった無垢な蛇神を前に、なす術なく立ち尽くすしかない自分の無力さを感じて、忸怩たる想いに潰れてしまいそうだった。


「娘さま方を犠牲にしたのも事実。このようなところまで暴走しては、食い止められない。葬る以外ございません。ただ……ただ、一つ申し上げたかったのです。あなた方は、汚れたら洗い禊げばいいと安易に思っておられませんか。何故御身が穢れてしまうのか考え、自らの力でそうなることがないように努力してくださっていますか」
「何だと! 無礼な」


 無礼は承知だ。処罰を受ける覚悟は出来ている。スサノオさまがおっしゃるように、己の力量不足を棚に上げるつもりは毛頭ない。
 ただ、ただーー


「その話は真ですか」


 張りのある確かな声と共に、目が眩むような強い光が天空から降りて来る。


「アマテラスさま……!」
「姉さま、何故こちらに」
 

 澱んだ重たい空気を一瞬にして変えてしまう、陽の力が辺りを包む。
 ゆっくりと光が弱まり、こちらの目が慣れてくると、白銀の絹を纏う女神の圧巻の姿が現れた。
 威圧されてなどいないのに、即座に居住まいを正してしまうような。


「あなたの申す通りです。何故穢れてしまうのか、その根本を見直さなかった。全てを丸投げした挙句、そのツケを罪なき者たちに払わせてしまったのなら、これは恥ずべきことです。あってはならない」


 アマテラスさまは、倒れている大蛇に近づいて、膝をついた。


「……浄めとは感謝」

 そして、両手をかざして触れると、掌から黄金の光が漏れ始めた。

「潔めとは誠」

 胴体から離れた頭が次々と吸い寄せられるように身体に戻っていく。

「清めとは愛」

 紫色の血液の色が赤く正常になり、刺された傷跡が消える。


「目に諸々の不浄を見て、心に諸々の不浄を見ず……耳に諸々の不浄を聞きて、心に諸々の不浄を聞かず」


 巨大だった身体が小さくなっていく。金色の、元々の姿に。


「鼻に諸々の不浄を嗅ぎて、心に諸々の不浄を嗅がず……口に諸々の不浄を言いて心に諸々の不浄を言わず」


 目を閉じたままの金色の蛇神が、アマテラスさまの両掌に乗っている。
 触れてあげて欲しいと言われ、私もそっと手を当てると、暖かく、まるで静かに眠っているだけのようだった。
 たまらなくなり、手を自分の胸に戻した。
 涙がこぼれる。


「身に諸々の不浄を触れて、心に諸々の不浄を触れず……意(こころ)に諸々の不浄を思いて、心に諸々の不浄を想わず。私たちの六根が澄んでいれば、どのような物を見ようと、触れようと、穢れることはなかったはずです。そうは思いませんか、スサノオ」


 アマテラスさまは、蛇神の身体をそっと撫でて、ごめんなさい、と謝った。
 

「私の力ではここまで。蘇らせることは出来ません。ですが」
「ではせめて、忘れぬように。証を」
 

 すると、アマテラスさまの手の上からスサノオさまが手を重ねられた。
 覆われて見えなくなったその中心から、きらきらと輝く雪の粉のような光が四方に放射される。


「アマテラスさま、スサノオさま!」


 お二人が手を退けると、小さな蛇神は消え、一本の剣に変わっていた。


「この清廉なる剣が教えてくれる。病も、恐れも、深き欲も、この剣が心根にある限り、断ち切れると。我々だけでなく、神の御魂の全てに宿り、子らの血にも末永く繋がるだろう。そして、二度とこのようなことは起こすまいと誓う」


 大変失礼をしました、とスサノオさまは深々と頭を下げた。私は言葉を返せずに、ただ首を横に振ることしか出来ない。
 
 
「私たちが驕りを省みて、今立ち返ることが出来たのは、神直毘神……万物の理を知り、調和させる力を持つあなたのおかげです。ありがとうございました」
「いいえ……いいえ、アマテラスさま。私がお礼を申し上げねば」

 
 化け物と罵られ、誤解を受けたままの蛇神を助けてくださったのだから。


「私は、神直美……神々の美を直すためにおります。当たり前のことをしているだけでございますから」


 八十禍津日神、大禍津日神の苦しみが軽くなっていて欲しいと強く願う。

 禍は、目に見えぬときもある。形を変えてやって来ることもある。
 
 だが、神物(みたまもの)である剣が私たちにはあるのだ。

 何を見ようと、何を聞こうと、何を口にしようと、何を思おうとも、魂が穢れることはない。
 天地の神と同じ根源は、揺るがない。
 
 浄めとは感謝
 潔めとは誠
 清めとは愛……

 水に、光に、空気に触れるたびに、取り戻すのだ。


 決して歪むことのない、靭き本当の美しさを。

 
 

【八岐大蛇の始まりは】




最後までお読みくださり
本当にありがとうございました!

事実がどうかわからないけれど
見せてもらえたので
勝手に神さま救済して
私が救済されてしまうシリーズです。

神直毘神は、
八十禍津日神、大禍津日神の神の後、
彼らの禍をどうにかするために
誕生した神の一人とされています。

禍を直す神、
こんな時だから、何かお言葉いただけませんかと
カミナオビに訊ねて三週間、
全く何もインスピレーションが湧かず
ダメなのかな…と諦めかけていたら見せていただけました。

突如、やはりお風呂で(笑)

大好きな六根清浄が出てきて、それも天照から…
驚き、胸が詰まりました。

書かせていただけた意味があると信じて……