Lauae Alohaのブログ

Lauae Alohaのブログ

旅と食べたものの記録と覚書

2026年2月の記録

 

2026年2月京都・奈良旅

旅の目的は

☆予約をきっちりこなす

☆京都・奈良のおいしいモノを食べる

 

2026年2月の京都・奈良旅2日目

飛鳥地方をレンタサイクルで走り回って

この日の最後に向かったのは「石舞台古墳」

 

 

来た記憶がないのでおそらくはじめましての石舞台

ずっとずっと自分の目で見てみたいと思っていたので

 

 

もう遠くに見えてきただけで大コーフン!

 

 

ぐるぐると歩き回って撮影しまくり

 

 

近づいたり遠ざかったりしながら

 

 

360°あらゆる方向からじっくり眺めてから

 

 

いよいよ内部へ!

 

 

同じような画像の羅列になるけれど

スマホのフォルダ内には同じような画像が

数十枚あって選びきれないからしょうがない(苦笑)

 

 

なかから天井を見上げるとこんな感じなんだ…うっとり…

 

 

この巨石の古墳はこんな風にして造られたと考えられているらしい。

ピラミッドとかモアイ像とか石舞台とか、古のひとの知恵はすばらしい。

 

 

石舞台に埋葬されていたのは当時この地で最大の勢力を誇っていた

蘇我馬子だったという説が有力のようです。

 

 

土に埋まっていたはずの巨石がむき出しになったのは

長い年月風雨にさらされて、というよりも

蘇我入鹿が乙巳の変で討たれたあとの

蘇我氏への懲罰であったとされているようです。

 

 

学生時代には「大化の改新」って習ったはずなのに

いつの間にか「乙巳の変(いっしのへん)」って…

中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我入鹿を討ったこと=「大化の改新」ではなく

このことが「大化の改新」のきっかけとなった出来事ということらしい。

言いたいことはわかるけど、今さら新しい名称なんて覚えられないよ!(苦笑)

 

 

そんなことを思いながら「石舞台古墳」をあとにしました。

2026年2月の記録

 

2026年2月京都・奈良旅

旅の目的は

☆予約をきっちりこなす

☆京都・奈良のおいしいモノを食べる

 

2026年2月の京都・奈良旅2日目

「高松塚古墳」「天武・持統天皇陵古墳」見学のあとは

レンタサイクルに乗って「鬼の雪隠」へ

 

 

7世紀後半に造られた古墳のなかの石室の一部が

どこか上のほうから転がり落ちてきて割れた一部が「鬼の雪隠」

 

 

ほかの一部が「鬼の俎」とされているようです。

 

 

霧ケ峰と呼ばれるこの地方には鬼が住んでいて

霧を降らせて人々を迷わせてから捕らえて俎のうえで調理し

雪隠で用を足していたという伝説があるらしい。

 

 

「鬼の俎・雪隠」と鬼の伝説

どちらが先だろうと思いながら

 

 

聖徳太子生誕の地と言われている「橘寺」へ

 

 

聖徳太子が建立した七つのお寺のうちのひとつなのに創建年代は不明

本堂には室町時代に造られた聖徳太子の坐像が安置されています。

(本堂内は撮影不可)

 

 

境内にはひとの心の持ち方を現したとされる飛鳥時代の石造物で

「右善面、左悪面」と呼ばれる二面石もあったのに

表情がよくわからない角度で撮影してしまった…反省。

 

「橘寺」のあとは「亀石」へ

 

 

明日香村に点在するミステリーストーンのひとつで

亀のように見えることからそう呼ばれているらしい。

言われてみれば亀っぽい…。

 

 

明日香村とその周辺は世界遺産登録として登録されたのは喜ばしいけど

それならこういう古くて読めないような説明書きは更新して

英語なども加えたほうがいいんじゃないかと思いました。

今なら説明書きをQRコードで読み取るほうが簡単でよいのかなぁ。

 

 

そんなことを思いながら「川原寺跡」へ

 

 

天智天皇の時代に建立されたと思われる「川原寺」は

大官大寺(大安寺)、薬師寺(本薬師寺)、飛鳥寺(元興寺)と並んで

飛鳥四大寺のひとつに数えられていました。

ほかの三寺が遷都に従って平城京へと移転したのに対して

川原寺は飛鳥にとどまり、その後は何回もの焼失を経験して

室町時代には廃寺になったとされているようです。

そんな謎多き「川原寺跡」見学のあとは

飛鳥地方で一番見たいと思っていたところへと移動しました。

2026年3月の記録

 

日本橋高島屋に行ったときのこと

「糖朝」でランチをしました。

 

 

香港に本店のあるマンゴープリンが有名なお店で

20年以上前から日本進出をしていてずっと気になっていたけれど

 

 

マンゴーアレルギーとしてはなかなか入る気にならず…

今回が初めての「糖朝」となりました。

 

 

お箸置きがマンゴープリンになっていてカワイイ!

アレルギーでも作りものなら心置きなく使える(笑)

 

 

海老ワンタン香港麺セット

しっかり噛み応えのある香港麺はひさしぶり!

こういう食感だったなぁと思いながらいただきました。

 

 

鶏焼売と海老蒸し餃子の2種類の点心もいただいて

 

 

デザートは特製杏仁豆腐

プラス250円でマンゴープリンに変えられるみたいなので

マンゴー好きなひとにはよいのかもしれません。

 

デフォルトでマンゴープリンがついていないのがわかったし

ひとりメシで使うのもよさそうな雰囲気だったので

これから日本橋ひとりショッピングのときなどには食べに行こうと思っています。

2026年2月の記録

 

2026年2月京都・奈良旅

旅の目的は

☆予約をきっちりこなす

☆京都・奈良のおいしいモノを食べる

 

2026年2月の京都・奈良旅2日目

「高松塚壁画館」で壁画の模写を見学したあとは

いよいよ「高松塚古墳」に向かいました。

 

 

生まれて初めての「高松塚古墳」

 

 

7世紀末から8世紀の初め頃に造られた古墳で

下段直径23メートル、上段直径18メートル

二段になった円墳でした。

 

 

勉強不足で円墳だとは知らなかった…(汗)

1200年前にこんな完全な円形で造ることができたなんてねぇ…

PCやドローンはおろか重機もない時代に

どうやってこんな完全な円を描くことができたんだろう!?

 

 

どこから眺めてもなだらかで美しい斜面を描いているので

あっちから眺めたりこっちから眺めたり

 

 

360°回りながら眺めて楽しみました。

 

 

高松塚古墳の石室の天井には

北極星を中心とした28の星宿が描かれています。

 

 

この28の星宿は星占いでおなじみの12星座ではなく

古代中国のもののようで、28宿を東西南北の四方に7宿ずつ四官に分け

その四官を守る四神として四獣を配置したもの、と説明されています。

つまり、東西南北それぞれに7つの星座を当てはめて

青龍(東)、白虎(西)、朱雀(南)、玄武(北)が

それぞれに属する7つの星宿を守っている、と解釈しておきます。

 

なんだかよくわからないけど1200年前の8世紀ごろに

天文学に基づいて古墳を配置していたってことに驚いたところで

「高松塚古墳」をあとにして

 

 

「天武・持統天皇陵古墳」へ

 

 

天皇陵は現王朝の一族のお墓で

今でも皇室による祭祀が執り行われているということもあり

研究者を含む部外者の立ち入りは原則禁止。

もし調査をしたい場合は宮内庁の認可が必要らしい。

 

 

「天武・持統天皇陵古墳」は五段になった八角形をしているようなので

八角形を実感できるかとぐるっと一周歩いてみたんだけど

残念ながら八角形を実感することはできませんでした。

 

 

レンタサイクルでの飛鳥めぐりはまだつづきます。

2026年2月の記録

 

2026年2月京都・奈良旅

旅の目的は

☆予約をきっちりこなす

☆京都・奈良のおいしいモノを食べる

 

2026年2月の京都・奈良旅2日目

「道の駅 飛鳥」で奈良のブランドいちご古都華を食べて

糖分と水分補給したあとはレンタサイクルに乗って

 

 

「高松塚壁画館」へ

 

 

入館料は大人300円

内部の撮影に関しては

・フラッシュの使用禁止

・三脚、自撮り棒による撮影禁止/動画撮影禁止

・一部撮影禁止箇所あり

 

 

昭和47年(1972年)に発見された高松塚古墳は

壁画の保護のために非公開となっているため

 

 

昭和52年(1977年)に高松塚壁画館を建設して

発見当時の精密模写した「現状模写」

剥落や汚れを加減した「一部復元模写」

凝灰岩に漆喰を塗って再現した「再現構造模写」が

一般公開されています。

 

 

壁画館で再現されているのは天井の星宿図と

古代中国における四獣のうちの玄武、青龍、白虎と

飛鳥時代の男性・女性の人物像

 

 

四獣の残りのひとつの朱雀に関しては

盗掘されたときに破壊されてしまって残っていないのが残念。

 

 

発見当時の状態を忠実に再現をした現状模写

 

 

よく残っている部分と剥落している部分の差が激しくて

天井の星宿図はほとんど見えない状態↓

 

 

汚れを取り除いて復元させた一部復元模写

 

 

かなりはっきり色鮮やかに見える

 

 

本来の星宿図はこんな風に描かれているはずなんだー!

感動した気持ちのままに高松塚古墳へと向かいました。