「なぜ寄付をすると第三者に喜ばれるのか?」

よくネットで富豪を見かけると寄付をしろと言う事を言われるそうです。
寄付はした方と貰った方の二者の関係で行われる事ですが、なぜか全く関係の無い第三者が喜ぶのです。

なぜ喜ぶのかと言うと嫌いな富豪Aさんにお金を使って貰いたくなく、それが寄付された人にいったから喜ぶのです。その第三者はAさんを信用してなくお金を使ってもらいたくない訳ですが、寄付された側がどの様にそのお金を使うのかには関心がありません。

なぜなら第三者は寄付された人の事を知らないからです。知らない人だからこそ個人的な感情が沸かなくその先のお金の使われ方は想像もできなく感情が高ぶる事はないからです。

しかし寄付されたBさんの事を知れば感情が高ぶり「間違ったお金を使い方をするんじゃない」と全く関係のない第三者の立場なのに言い出すのです。

基本的にお金を使うと言う行為は、他者から見ると何らかの感情を起こす事があるので、そのメリットとリスクを考える事が必要かもしれません。

以上、なぜ寄付をすると第三者に喜ばれるのか?の答えでした。お読み頂きありがとうございました。グラサン

 

「日本の有名実業家の方の宇宙旅行費用」

日本の有名実業家の方が個人レベルでは莫大な費用をかけて宇宙旅行に行かれました。その事について批判の声もありますが、その人達が思うには、もっと他の分野に使えば良いのでは?と言う事でしょう。世の中にはお金に困って食う事ができない人間もいるのに宇宙旅行とは何事だ?!と言う訳です。

しかし良く考えて見れば歴史上、食うに困る人たちは沢山いてその状態は常にありました。原人だった頃はこれらに加え災害や獣に襲われるなどあり、弱かった原人たちはお互いに協力し何とかし人間社会を形成し多くの命が救われたのです。

そして人間になってから現代まで、これ程の技術を持った動物「人間」が未だに貧困や飢餓を繰り返しているのは根本的に間違いがあります。それは思想的に間違いがあるからです。

思想的に間違いがある現代社会の一部分に、その宇宙旅行分の数十億円を寄付した所で「乞食に魚の釣り方を教えずに魚だけ与えている」状態であり、人間全体からしてみれば将来に向けても救われる命も僅かです。

人間そのもの自身が思想的に根本的に変わらなければ、未来も同じく貧困や飢餓が繰り返されます。

そこで世界全体の富からしてみれば僅か数十億円を宇宙旅行に充てて、多くの人々に宇宙への関心を持って頂き、また宇宙に生きている存在としての自分を考えてもらう切欠を作る為に、そうしているのだと思います。

そして日本人が宇宙産業に参入しなければの弊害も国益的に起こります。今や宇宙はちょっとした高い空であり、人工衛星レベルの天上から他の国に日本が制圧されたらこれもまた絶体絶命レベルの物だからです。

従って宇宙への関心は超長期的な利益に繋がるのであり、日常ニュース的に「家計が苦しい」などの事は我慢したり頭を使って解決すべきの些細な事でしかないのです。ニュースで世の中全体の死亡者数が挙がりますが、もともと寿命のある人間は誰もがいつか終わりますので、自分にとってもまず無関係であり、世界人口70億人の命が温存されている背景には何らかの意味ある犠牲は必ずあるのです。

ちなみに動物の多くは絶滅危惧種であり、人間は絶命危惧種から最も遠い動物ですので自分の命だけを考えれば良いのであり、世界や国内全体の事は何もできないのです。

とにかくお金を使う事が重要で、お金を受け取った宇宙産業人が他の産業で消費するのですから、個人で宇宙旅行をしようが間違った使い方をしてしまう機関に寄付してしまおうが世の中全体からすると同じであり、お金を使って経済を回す事が重要なのです。お読みいただきありがとうございました。ニコニコ

 

意識の発生について 「なぜ意識は存在するのか」

(続き)

さて高次元知性がエネルギー体と言うのは他でも良く書かれている事ですが、
人間の正体は「神としての記憶を消された人間ゲームをしている存在」と言うのは
他にもあるかもしれませんが私オリジナルの発見です。

今回は意識の発生についてです。実は宇宙発生の謎と比べれば意識の出現理由は簡単です。

これも他にあるかもしれませんが私オリジナルの発見です。

宇宙が空間無くして点だけの世界であれば意識は生まれませんでした。
点だけであれば場所AもBもなく全て同じです。
しかし空間がある事により場所AとBは離れています。
このAからBに到達したいが為に、やがて意識は発生しました。

私達全てが「考えている」と言う状態の原点は全て、
このAからBに行きたいと思う事から発生しており同じです。

「これをああしたい」とか、もっと複雑な思考なども全て、
空間があるゆえのA地点からB地点到達の希望であり欲であり行動なのです。

もともと宇宙発生後は意志を持たないチリや岩石が物理法則に流れるままに動いてただけです。
また地球誕生後も地球の物理に則って動いてただけですが、なぜか流れるままに動くのを止めて、あるいは逆らって、自分の考えどおりに動き出した分子機械的な物が誕生しました。

この分子機械は何らかの構造上、自分の希望した通りに地点移動すると体内で報酬が与えられる仕組みがありました。

先日の「生命Xの誕生」でも述べましたが、なぜこの仕組みを持つ存在が登場したのかと言うと、成りたくて成ったのではなく、無限の多くの基本生命登場パターンの中から偶然一つだけ、そういうのが現れたと考えられます。
つまり移動しなくても報酬があったり、また移動しても報酬がなかったりの基本生命も誕生してました。

この宇宙の物理上では、上記の移動成功で報酬が与えられる基本生命が適合し生き残りました。

つまり私たちが「考える存在」として「考える」のは、考えた末の結果で得られる報酬を期待しての事です。
これは賞金とかではなく考えた末の自分自身・己の満足感です。

人間レベルで考えても、何かを考えて結論が出ると言うのは自分自身だけに与えられる満足感であり、
これは基本生命体として生まれてからの名残なのです。

A地点にいる基本生命がB地点に行くと、たまたま自分を大きくする栄養素的な物があり、そしてもっと大きくなっていきました。

空間が存在し、そこに無限の時間が経過する事によって、さまざまな素粒子のぶつかり合いのパターンから、必然的に、この様に基本生命が、つまり意識が発生したのです。

これを考えると毎日毎日、いろいろな事を考えても、結局は単にA地点からBに行きたいだけなのだと、その単純さが分かります。そして例え多くの人があれこれ考え論じたとしても、その思考原理の全ては体内報酬を得たいが為なのです。人間社会的にいろいろと複雑にオブラードに包んでいても結局は体内報酬を得たいが為なのです。

これが分かると周囲の動向さえも非常に面白くなってきます。目

お読み頂きありがとうございました。

 

「現代のネットには情報が全くあふれていない」

良く「現代社会はネットなどに情報が溢れて・・・」と言う件があるのですが、今のネットには残念ながら全然情報が溢れていなく、むしろそう思って言っている人自身が混乱しているだけなのです。

例えば新宿、渋谷、池袋に行って人の会話が聞こえてくる訳ですが、それと同じです。

しかしほとんどは自分の耳には入ってこなく、ただ他人が他に向けて「すみません」と言ったり、自分と同じ名前を呼ばれたりした時だけ、反応してしまいます。

会話が溢れていても、人間の脳と言うのは不思議な物で、いらない物と必要な物を無意識に選別しているのです。

これと同じ様に主観的に見ると通常、ネットは情報がとても少ないのです。多いと思われるのはノイズの様な物の方であり、これはほとんど前述の作用で聞き取れませんので、それができなくネットは膨大だと思ってしまうのは、その方自身が変な物を見ようとする意識がどこかにあるのではないかと思います。

人間の思う事は大体同じであり、根源のパターンは大体決まっているものです。本当の意味でネットの情報が膨大になるには、人間以外に白鳥座星人やアンドロメダ星雲人などの他の銀河人が私達と同じくネットを使用してないとなりません。

そして誰もが経験したかもしれませんが、いざと言う時に欲しい情報を調べても誰も知ってなく、欲しい記事が無かったりします。誰もがコタツ記事で自分で調べてなかったり、自分の心の想いを延々と述べてるだけなので、根源にあるネット情報パターンを大別すると非常に種類は少ない物だったりするので、前述した無意識選別フィルタを通すと非常に少ないものなのです。グラサン

 

なので混乱する必要は全くないのです。

お読み頂きありがとうございました。

 

「全て」の構造を仮定しました。

近年、日本の有名な方も宇宙に行き、いよいよ誰でも宇宙の事を考える時代になったのかもしれません。

さていろいろ考えた結果、「全て」の構造を仮定しましたので少し記述したいと思います。

この宇宙には、なぜ人間の様に「考える存在」が生まれたのか不思議ではありませんか?

時間・空間と言う要素が「何かしらを考える存在」を生み出す器だと言うのは、私達の存在がある限り列記とした事実な訳ですが、無限大の宇宙では私達と同じく「考える存在」が他にも出現しており(宇宙人)、空間と時間が無限ならば、これらの知的生命体で究極の姿にまで進化した者達がいるのではないかと思ったのです。

肉体は不便なので、気体の様な物から目に見えないエネルギー体にまで進化し、勿論彼らは器官は持っていないが、外界を観察しています。移動は自由で、いつでも好きに宇宙を瞬時に移動できる。

つまりこれは我々からすると神と同じ訳ですが、そう言った彼らの間でも人間社会に娯楽分野が好きな人間がいる様に、娯楽好きがいて、人間がテレビゲームでキャラを操作する様に、彼らも肉体を所持して肉体(人間)を操作しています。

始めは人間とゲームの関係の様に、人間とゲームキャラの知覚・記憶は別々と言う認識でありますが、その内に「本気でゲームがしたい」と言う事で、人間の頃の記憶を一切消して、ゲームキャラとして生まれ変わります。ゲームキャラを演じている時は人間の時の記憶が消されている訳で、自分が人間だと思わない訳です。ゲームで受ける感覚、痛覚などは全て本当になります。

これと同じ様に、神は神の世界で生きていた頃の記憶を消されて今、人間を演じている。つまりこれは聖書で言う所の「人間は神を形取って生み出された」と一致する訳です。

世界のあらゆる宗教などで同じ様な事を述べていると言うのは、やはり人間が神の時の記憶を残していて、それが述べられたのではないかと思ったのです。

これを考えるとゲーム(人生)が終了した時に、神だった記憶が元に戻って、またエネルギー体に戻る訳ですが、それを考えると死後の世界の存在も否定できません。

「それはないでしょう」と思うかもしれませんが、それではこの宇宙は、そもそも一体何なのか?・・・それを答えられる人は誰もいないのです。人間社会の仕組みの様に、これだからこうだ。と証明できるものでもないのです。

2000年前の人が飛行機をみたら訳がわからない様に、21世紀の我々が知ったら訳がわからない事は沢山あるのです。今の自身の頭にある事の組み合わせでしか真実を想像できないのですから。

さて、ここで言うエネルギー体は物質的な物ではなく宇宙のどこでも瞬時に移動でき、観察し「考えている存在」です。もちろん神はあらゆる場所に宿ると言う様に、今この目の前の空間上にもいるかもしれないのです。

この様に、知的生命が進化すると進化しすぎて逆に人間と言う下等な次元の生命に戻る訳です。

なぜこの様な宇宙の構造になっているのかは不明ですが、神が人間を演じて一体何をやっているのかと言うと、「この世でどれだけ良い事をしたのか」の類ではないと私は思っています。

と言うのは人間の低い世俗的レベルでの「良い事」と言うのは神レベルでは問題ではなく、人間界においても人それぞれ「良い事」と言うのは異なるから点数の付け様がないからです。

では何を持って点数を付けるのかと言うと、例えば「どれだけ自分になり切れたのか」や「どれだけ充実できたのか」や、そう言った自己実現的な物だと思います。根拠はありませんが何となくです。

とにかく私達は「考える存在」です。目に見える身体的な部分は高度の次元から言えばオマケみたいな物です。

デカルトが人生の相当な時間を費やして、ついに結論付けた様に、この世が夢の中の虚像であろうが、肉体が無かろうが、とにかく何かしらを考えている「自分」がいる事こそが自己を証明する唯一の方法なのです。

その何かしらを考える「存在」が、他者批判等の、しょうも無い事を毎日毎日考えてネットに書いていると言うのは宇宙そのものを吹き飛ばすレベルの、とんでもない方向性の物の考えと生活習慣なのです。

「あなたはその為に、この世に来たのですか?」と言う事なのです。

結局の所、自分で思っているそのものが自分の生きる世界を形作っています。精神がそのまま世界を物質化しているのです。

少なからず私自身においては現状、その物質化された世界には変な物は見えていません。

あなたが作り出した世界には変な物はありませんでしょうか。目には見えないはずなのです。

勿論この世界には、素晴らしさを体現するが故に対極的に変な物も用意されていると思いますが、通常の精神であれば、それは気にならず目に見えません。

ぜひとも世俗的な物を飛び越えて、考えを巡らせ良い人生を歩みたいものです。ニコニコ

 

お読みいただきありがとうございました。