80点を100点にすることの現実的コストを知らない日本人

先日 Amazon で商品を買ったのですが
その商品を買う前にレビューを読んでみたら「ここの部分が気になる」といったレビューがあり
どんなもんかと思って買って商品が届いてみたら1ミリもそんなことなかったわけです。

これらのレビューは日本人特有の80点を100点にしようとする気持ちから起こります。
ある意味モンスタークレーマー予備軍でもあり80点を100点にすることの満足感の副作用としてコストの増大と言う結果をもたらします。

まあレビューというものは参考ににならないというのが定説ですが
このようなレビューの場ように「何か感想を言ってください」というような環境が与えられると 
人は普段は気にならないようなところまで深く考察して、アラを発見するような性質になるので
今回のこの現象はそれが現れたことの結果だと思われます。

「人に感想を求める」というネット上の双方向のコミュニケーションは
根拠のない不安を常日頃抱いている現代日本人の心を休めるためには
実際の文明飛躍への効果はないとしても、建前として非常に大切かもしれませんが
時には何も言わせない方がいい場合があります。

さて八十点を100点にしたがる日本人ですが
もちろん80点を100点にした方がいい産業

(精密機械や車など、壊れたら甚大な被害をもたらす製品製造業など)というものもあります。

しかしこれらの性質が全くの関係ない一般大衆の思考にも及んでしまっている現状であります。

人それぞれの違う形の100点というものがあるので
その方向性でみんなが百点を求めると
どうにもこうにも行かなくなるのです。
その商品はあえて、みんなの気持ちに応えるために
わざわざ80点しているのかもしれませんので。

 

・大切な「拙速」


その結果、他の国より癌(医療費の増大)になったり自殺(労働力がなくなる)になったりするわけですが、これらは人生の失敗であるので 
そういった理由で日本人は80点を100点にすることの現実的コスト
(それは金銭的なものではなく精神的なものも含む・そしてそれは夢や希望関係なしに冷静に現れやってくる)を
考えられないでいるのではないかと仮説つけます。

お読みいただきありがとうございました。江嶋ゆきひろ

 

 

これはかなりお勧めです。

単に悪として片付けるのではなく
独裁者が現代社会に蘇った時の危険性をシュミレーション!

独裁者ものとしては数年前に見た金正恩を扱った映画「ザ・インタビュー」と比べてみても
こちらの方が個人的に評価が高いものとなっており100点満点中90点以上だと思います。

ドイツといえばハーケンクロイツやナチス関連が違法だということで
こういった映画は普通に大丈夫なのかなと思ったのですが

「ザ・インタビュー」ではハリウッド映画なためにアクションエンターテイメントよりですが
こちらはドイツ映画ということでテレビドラマのようなカット割り部分も見受けられます。

しかし原作がドイツ本国で大ヒットした小説ですのでシナリオが面白く、
単に悪として片付けるヒトラーではなく
現代に蘇ったヒトラーに対して反応する人々の動向にも注目です。

なぜか死んだはずのヒトラーは現代の草むらで目を覚ましました。
そのうちキヨスクの様な新聞屋で宿泊しながら自分が死んでからの経緯を知りました。
そこで自分自身は死んでいたとされていて現代が2011年でインターネットやテレビがあることを知ります。

そこで彼は周りからすると物凄く忠実にヒトラーを再現したものまね芸人として周りから見られるわけですが、
もちろんヒトラー本人なので、その一言一言がリアリティを追求した演技だと思われてしまいます。

もちろん素の部分も普通の人ではなくヒトラーそのものなので
そこの部分を突っ込まれても、なお自分ことがヒトラーだと言い
ヒトラー的発言をするので、そのモノマネ芸人の言っている事が
嘘か本当かの見分けがつかなくなり、さらに大人気を博すようになります。

現代社会に蘇ったヒトラーがモノマネ芸人として扱われながらも
そのカリスマと演説力によって人々を魅了するわけですが、
やがて以前、自分に噛み付いた犬を射殺してしまったことがバレてテレビ番組を降板されられます。

そこで今度は、だんだんドイツ国内政治的問題を扱うカルトな作家として取り扱われることになり、
保守的ミニ政党などと交流を交わしたりして、
これまで自分が目覚めた時からの、彼自身の経験を記述した、
つまりここまでの映画のシナリオそのままの経緯を述べた本を書いてヒットさせます。

・・・さてこのような映画ですが実際にこのような人がいたらやはり
極端にヒトラーの影響を受けてヒトラー自身になりきったカルトな活動家だと思ってしまいますね。

ただ映画に出てくる周りの人達一部は。やはりヒトラーの再来として受け取っているらしく
最終的には彼が数人の怪しい支持者たちと何かをしようとしている時に、
それまで目覚めた時からの彼の友達であった人間が
過去の映像から超常現象が映ってたのを目撃したために、

本当のヒトラーだということが決定づけられてしまい
撃たれそうになるのですが、

その時またしても超常現象的なことが起こり
ヒトラーは撃たれる前に瞬間移動してました。

ヒトラーを打とうとしたその有人は「彼は本当にヒトラーだ」と騒ぎ出してたので
逆に頭のおかしいことを言い出したということで精神病院に入れられてしまいます。

そこでヒトラーは、かつてのテレビ関連の女性ビジネスマンとともに車に乗ってるシーンで終わります。
これなら続編が作れそうな感じですがどうなのでしょうか。

この映画のヒットを受けて日本とともにかつてのドイツ同盟国だったイタリアでは
ムッソリーニを題材にした同作品のリメイクを作ったらしいですが日本ではどうなのでしょうか?

お読み頂きありがとうございました。江嶋ゆきひろ
 

 

 


さて東京の川向こうに住んでいる私としましては
近年、腰を壊して2年ぐらい六本木いってないわけですが
もうそろそろ回復してきたので春ごろ行ってみようと思ってます。

噂によりますと六本木名物であったロアビルが
もう解体されるということでどうなっているのか楽しみです。
もうあるのかないのか。

 

 


川向こう超えて都心になればなるほど
一見しては大人に見える、プライド高く臆病な男たちが多いような感じがしてきます。

男は非常に臆病です。自分自身の価値観崩壊に対して非常に恐れているのです。
ある意味では、そこら辺で集団で騒いでいる中学生のような大人になってきます。

六本木で何をしに来ているのか、わからないような男が結構います。
私もそのうちの一人かもしれませんが
ちょっとそれとは違います。

クラブで踊らずにフロアで、
非常に表情が硬く
じっとを目凝らして女の品定めをしているような「ギョロ目男」。

そして第一声をかけると、いきなり本当に「おごって」の発言で
ドリンク代1000円消失の「おごって女」。

ナンパレベルでもない
ただ声をかけただけなのに何を根拠におごるのか分かりませんが
私の経理感覚では一単位あたり350円~400円(約牛丼一杯分)となっているので
非常にきついものがございます。

六本木に行けば、それらに注意しないとなりません。

一応音楽聴く私としては世間の感じからして「音楽というものは意味がない」。
あるいは自分自身でもそういったことをやりながらも意味がないんじゃないかと思った時ありますが。

こういう時に音楽的な経験が活きてきます。
自分が見ている背景を音楽に溶け込ますことができるので
つまらない時でも音楽をよく聴いて分析してるしています。


それは人それぞれ価値観とか周りの見えてる風景
あるいは自分が感じているものというのがそれぞれ違うので、
私は私にしか分からないようなフィルターを通して六本木の背景を見ています。

これまでさすがに一万円札ではないけれど、
簡単に千円札をバラ撒いてしまったような感じがします、

昔、六本木のロアビルの地下1階にあった昔のクラブ(今のクラブではない)受付では
1000円を払おうと思って手中の1000円の札束を確認していたら
黒人店員さんががいきなり「イエイ」とか言ってきて1000円盗み取る感じだったので
どんどんと1000円がなくなってきます。

警戒心が緩く良い人は、どんどんと数千円なくなってしまうでしょう、

誰も彼もがアルコール血中濃度が高く、
見て感じているものがハイテンションになっている六本木では
千円札が10円~100円のような価値です。

かと思えば平日はマッサージのアジア女性と呼び込みの黒人店員さん
ヒスパニック店員さん以外等は全く誰もいません。 非常に日本の方が少ないのです。

 

 


まだまだ全国の雇用体制に必要ならばに改革のメスを入れ
平日の満員電車や平日と休日の盛り上がりの差異を改善したいものでもあります

お読み頂きありがとうございました。江嶋ゆきひろ

【世界初発見】人の不幸を喜ぶ才能に長けた日本人。その理由。

これはもう解決できるものではなく
そもそもそれは日本人の才能だということが判明いたしましたので
ここに報告したいと思います、


もし外国人に好き勝手、日本で街を作らせたとします。
一番初めは繁栄しますが時たま訪れる地震によって
すべてが崩れるでしょう。

彼らの作る建物は地震に備えてないからです。

そこで傍観していた日本人は「それ見たことか」と思うわけです。

おわかりいただけますでしょうか?

日本人は古来より日本列島が一番初めから持っている災害というものを吸収し
モンゴル帝国の侵略から国を守ることができたりしていました。(神風)

しかし勘違いしてしまった日本人は
太平洋戦争の時に自分が都合のよい時に災害が起きると期待してしまった為に負けてしまったのです。
自分が都合のよい時に災害が起こせればアメリカの侵略にも耐えられたかもしれないのです。

このように日本が神の国と言われる所以は
いつなんどきでも日本に危機が訪れた時に面倒な災害というものが
逆に日本人を守ってくれたからなのです。

日本人をゲームのキャラクターに例えると
攻撃は全くすることはないけれども
ランダムのターンで発生する自動発動の大魔法で
敵を倒していくような戦闘キャラクターだと思います。

つまり、いつ訪れるかわからない災害を頼りに、バックにしているというものが
日本人の持つ強さであるのです。

先の大震災によって
震災時における日本人の耐性その凄さを世界に知らしめました。

日本人以外の民族であれば暴動略奪は当然の大パニックでありましたが、
特に私が住む東京では何にもありませんでした。

(いや、そんな事は無いと言う局地的な話は今回なしです。

日本人と外国人の動揺の差の事を述べています。)

ヨーロッパのメル友からは東京に住んでるのに「大丈夫と?」連絡が来たりするぐらいであり
外国人から見ると、その時の日本は国内全体がまるでハリウッド映画ばりの
パニック状態になっていたと思われていたと思います。

ある意味では我々日本人の精神的な強さは外国人に勝ったのです。

 

そして感情論一切抜きにして視点を変えてみれば

日本列島で対決する場合、
普段は全く積極的な攻撃力がないけれども
何かが起こるのを待ち構えて、敵がずっこけるのを期待する民族なのです。

大きな風が吹き荒れて、すべての人々が吹き飛ばされた後に
何食わぬ顔をして何の動揺もせずに「大丈夫?」というのが日本人です。

いたずらに意識してやっている訳でもなく、これには外国人は驚きです。
 

その時の日本人、日本人によってまちまちですが

そこには同情の気持ちと優越感の気持ちが入り混じっているのです。

まさに日本列島という災害性に守られて
こんなことを続けていたから敵がずっこけるのを期待する民族になっているのです。

それは時代を過て他人の足を引っ張る性格へと発展していきました。
何か人を見ると「この人は悪いことをしているからいつか失敗するだろう」と一番思うのも日本人です。

それは非常に簡単であり
日本列島の性質から考えてみれば、その民族性は古代も現代も何一つ変わっていないのです。

答えはこれだけなので
このことをもっと細かく述べるとしたら
同じようなことを、違った言葉で述べ繰り返すだけになるので以上となります。

何のことはない。これは非常に簡単です。
それは、われわれ日本列島に生きる日本人が古代人から受け継いだ才能なのです。
 

しかしこれは非常に恥ずかしいことでもあるので日本人同士の内緒にしてきたいものです。
ユダヤ人のヘブライ語の様に、今この日本語も外国人に解読されなければ、この真実は私たちの秘密になります。

攻撃せずに、人がずっこけるのを待ち構える戦法が日本人でありますから
その方面の目つきや顔つきが、そして言動が、精神が、その様な物に対応して進化し変わってくるのは、進化論から考えても当然のことだと思われます。

やってることは日本列島の古代人と一緒なわけですが
現代社会になぞらって、それはあからさまに人にバレないような
クールなスタイルになっていってます。

敵が自分よりも、たくさんポイントを取ってると
自分も同じくポイントを取って同点に持ち込むのではなく
それよりも敵がずっこけて失点しポイントがゼロになることに関して
どうすればいいのか?ということを考える戦略性を持ち合わせます。

これらは私は、一種の才能であると決定づけましたが
そうなりますと、この災害による攻撃をいつ自分の都合によって敵に対し放ち倒せるのか?と
いうのが非常に重要になっています。


そうなると、もう地震兵器的なものを開発すると言う滑稽な事しかないのです。

これはもちろん「信じるか信じないかはあなた次第」というものでは決してなく、
信じるか信じないか以前の問題であり、これは100%嘘偽りなく、
私自身、何の後ろめたさも感じなく大正解なのです。

この真実を認識しなければ、
この決して解決することのないネット問題というものに
これからも延々と時間を無駄にして付き合わなければならないことになります。

これは日本人の素晴らしき才能であるのです。

お読みいただきありがとうございました。江嶋ゆきひろ

日本の経済成長率が、かなり低いということに関しましては
実はもうそれよりも昔の段階から、かなり早い段階で
時代の流れを読むことが出来ずに踏み違えてしまっていたのです。

 

 

 


エスカレーターで転んでしまって
そのまま立てなくなっている状態が何十年も続いている状態だと
考えていただければよいです。 

戦後の高度経済成長時代のルールをそのまま改変せずに
そこから派生してくる価値観や考え方や生活の仕方など
それらをそのまま若い世代に受け継がせてしまおうとしたために
他の国よりも遅れを取ってしまったのです。

戦後アメリカに仕組みを作ってもらって踏み出したのは良いのですが
それから先、日本人が日本人自体何をやっていいのかわからなくなり
高度成長時代のルールをそのまま変えずにいました。

簡単に言うと
ルールを変えてしまうと古い人たちや偉い人たちは
仕事が終わった後に銀座に飲みに行けなくなるから
いつまでも銀座でお姉ちゃんと一緒にお酒を飲みたかったんだと思います。

いかにもステレオタイプの日本人のイメージである
「礼儀正しくて大人しい」「和」
(しかしながら昔から戦争がやっていましたし刀を振り回していました)と言うものを
自分の都合で勝手に定着させてしまって
自分では何も考えられないような国民性になってしまったのです。

自分で何かを考えられるような国民になるためには
ものすごい時間がかかります。

例えば数年前からクラブの深夜営業が認められるようになりましたが
これは古い風営法から考えると、
時代に合わずにバカバカしく、おかしかったために改変され許可が下りたのです。

クラブの世界から新しい産業が発展するかどうかというのは 
それは分かりませんけれども(たぶん無理です)
こういった難しい芸術産業というものは育てるのが非常に時間がかかります。

こういった分野で欧米なんかは日本人からお金をもらっていくわけなんですが
この様に、ただ単に働くだけではない価値提供の仕事というものを
ブランド化するというものは非常に時間がかかるのです。

例えばヨーロッパにまともに対抗できるファッションブランドなんか
日本で現れるわけではないのです。
前述した分野とかファッションというのは歴史が必要だからです。

しかしこれまでの日本は例えば白物家電が売れるということで
体を動かしてるだけで白物家電が作れてしまうような
工場作業員に向いているような性格の人間しか生み出してきませんでした。

こういった人たちがファッションブランド製品など売れるわけないのです。
例えばファッションブランドであれば
ブランドをアピールするようなセールス能力・ブランド構築能力というのが必要だと思います。

汗水たらして無言で働く姿を阿吽の呼吸で人に見せびらかしておいて
「これだけ努力したから買ってくれるだろう」と思ってしまうのが日本人になりますから。

しかし体を動かして完成した製品。
それ以上の価値をつけて売ることは日本人にはできないのです。

体を動かして時給1000円であれば
その時給1000円から考えられるような製品価格でしか売ることはできないのです。
なぜならば、それ以上の値段で売るということは
もっと高度なレベルのビジネスセンスが求められるからです。

じゃあだからといって日本国が
たまに後押しするアニメやゲームはどうでしょうか。

こういったものはコピーが簡単であり
全く中国大陸から利益を生み出してはいません。

さらにネットサービスでは全く世界に通用する物が生まれたわけではなく
ほとんどはアメリカ製であり中国は自分たちで作ったものを利用しています。

こういった、以上にあげたものを作り出すというのは
ただ単に体を動かして汗水たらして働いてという価値観では
絶対に生み出せないサービスなのです。

体を動かすという動物的な活動よりも
もっと上の人間的な能力が求められるのです。

しかしこれも結局は「アメリカの陰謀大成功」なのかはわかりませんが
あまりにもステレオタイプの「おとなしい日本人」というものを
自分自身で勝手に病的にイメージングしてしまって
何もできない国民性になってしまったのです。

これから、こういったフロンティア精神が求められる産業を豊かにするためには
すごい時間がかかるので、
これから数年後ルールを変えたとしても
ものすごい時間がかかると思われるのです。

それよりも何よりも
今まさに考えなければならないことは
現実的に優先して老年化社会のことでありますから
日本人にとって夢のようなそんなこと考えてる暇はないのです。

最近街中を歩いていて本当に若い人は少なくなったと思いました。
若い人だと思ったら違う言葉喋っていたりします。

まさに国を分析したマクロなグラフと一緒であり
日本人の老人が増えていって
外国人が増えているという感じで
私は最近この教科書じみたこのグラフが
やはり正しいものだと言うことを学んだんです。

だからもっともっと遅れていくのです。
これらにあげたものは第4次産業的なものであるのです。

しかしながら私たちは未だに第三次産業的な考え方を押し付けられ
そのストレスをテレビやインターネットで無駄に発散し、時間を無駄にして
そして囚人の様にルールを押し付けられ生き方を決められているのです。

ものすごいセンスを持った外国人が日本なんかに来てしまったら
たちまちに日本国民一億総奴隷化が始まってしまうことでしょう。

かくしてGHQの日本人総奴隷化とは大成功となったのです。

 

 


この問題については、
もはや何も考えることができなくなった日本人自身には解決できないものなのかもしれません。
もっと根本的に問題を考えれば、このような原因を作ったのは GHQ なのかもしれません。

そうなるとその責任は GHQ にもを呼んできて
そのダメージはアメリカにも及ぶということになってきます。

何も考えられなくなった日本人が第4次産業時代が完全に訪れて破滅した時に、
アメリカは、これまで日本から借りていたお金を返さなければならなくなり、
経済面では働く日本人に頼ることができなくなるのです。

そういった理由でも、この問題に対しては根本的な部分で
1940年代アメリカのせいということになるわけなんですが
当時、銃や刀を振り回す日本人を押さえつけるためには
これくらいの大きな副作用・代償がなければいけなかったのだと思います。

アメリカが今度、日本よりも日本隣国を優先するようになれば
今度は日本の防衛費がどんどん上がっていって
もはやそれ以外にもたくさんな問題が浮上してきて
カオス状態になるのが目に浮かんでくるのです。

良いブログ記事には一番最後に答えを書いておくのが鉄則ではありますが
この件に関しては、もはや答えはないのかもしれません。

お読み頂きありがとうございました。江嶋ゆきひろ

 

(ホワイトカラーの仕事も汗水たらしてるに他ならないので第三次産業と記述してます)