Snow Queen #4 (rework) | Individualism 22

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youno senichi artisan blog
誰にも見てもらえない絵を描いています。

千葉真一「Jr」以外のキャストが全くもって気に入らない。

作品愛など微塵も感じられないし、そもそも作品読んだことあるのかと訊きたい。映画制作は大変だろうな。様々な問題に対処するうち、様々な横槍横車の入るうちに歪に変態するんだろう。

しかしなあ。

コスチュームも気に入らないし。コミコンで見かけるコスプレイヤーレベル。初期のころの実写スーパーマンやバットマンと同じ。原作は確かにほぼ全身タイツたけどそういうことじゃないでしょ。二作とも最新版は全身タイツじゃないでしょ。

原案を踏襲しつつ、それを超えないと実写化の意味ない、と、僕は思うのだけれど。魔、どうせ観ないから別にいいんだけど。REDで気持ちが冷め、実写化問題で心が離れた印象。もうワンピの新キャラを描くことはないのかも。でも、古い画は直さないとな。

実写ワンピへの苦情はこのくらいにして、昨今感じるアート問題を整理しとこう。

このモネも元は古い画で、ポーズはほぼそのままに背景は全面改訂でリタッチ。過去絵撲滅運動の一環だから比較的短時間で適当仕上げ。ところが、ピクでは一番の高評価。どれほど時間や手間暇かけようが、観てくれる人には無関係ということ。これは留意すべき問題のその壱。

その弐はやっぱりAIイラスト。はっきりいえば邪道そのもの。とは思うけど、観る側にとっては何が描こうがそれは問題ではなく、作品として観て情感が刺激されるかどうか。そこが重要なんだろうな。閲覧数も多く、相応に評価されてる。背景とコスが融合していようが歪んていようが関係なし。指が6本でも手足がデフォルメされてても関係なし。性的刺激を得られればそれで良し。

その参は、アトステで人気のアーティスト。僕も思わずフォロー。ところが後日、それは画じゃなくて写真を絵画風に加工しただけのもの。背景はブラシで擦って暈し、人物は筆跡を加えただけ。トレパクどころじゃない。つまり加工写真。アンディー・ウォーホールの例もあり、そういう作品といえばそうなんだけど。元にした写真の権利をこの作家がもっているならたしかに問題は無し。僕が調べた限りではそうでもなさそうな。そんな作品。でも評価は高い。そういうことなんだ。

ここで自問自答。

画を描く目的は? 最終目的達成のために必要な手段と行程は? 限られた時間の中、最短到達のために何を得る何を捨てる?