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足跡地図

日々の足跡。

一夜明けた次の日。

同じ轍を踏むまいと、結構早くに起きて朝ご飯を食べに出る。ホテルの1Fのカフェに入り朝食を食べていると、日本人のおじさんが入って来る。おじさんと言いつつ、話を聞いたらおじいさんと言った方が良い歳の方だったのだけど。御歳74歳なのだそうだ。元気すぎる。

ご飯を食べながら何となく話し始めてみると、定年で日本で国語教師を退職した後、インドで日本語を教えていらっしゃったんだそうだ。「どうして"インドで”日本語を教えようと思ったんですか?」という素朴な質問を皮切りに、その後一時間自分の人生とインドについて語り始めるおじいちゃん。

しかし、その人生と考え方はなかなかアグレッシブで、面白かった。見習うべき所が色々あるなぁ、と思えるような。昨日のへまも含めて、時間が気になって来たので1時間程度でお礼を言ってお別れ。チェックアウトして空港へ向かう。

前日より2時間近く早く空港に向かい始める。2時間フライトの時間より早く空港に到着。その日フライトを待ちながら知ったのだが、インドのフライト、ゲートcloseの時間が大分適当。2時間近く早く着いたにも関わらず(国内線のフライトなのに)あたしのフライトよりも後の発着便のゲートがcloseしてたりする。昨日は40分前でcloseしていたのに、結局その日gate closeしたのはフライトの20分前位だった気がする。

気分で時間変えんな。と、思いつつ、空港のサービスとは言えどもう腹立てるのは無駄なので悟りを開くしかない。どんなに空港の設備が近代的だろうと、サービスの安定とか、ホスピタリティ的な所は先進国と比べるのは無理がある。

そういえば同居人さんにエアメールでも送っておくれーと言われていたのを思い出し、ポストカードを買う。フライトの中で書いていたのだけど、その時になって、ポストカードがまっすぐ裁断されていない事に気づいた。裁断機で切ってるだろうに、何故曲がるんだ…ていうかそもそも切り損じたのを売るな。

途中、40分程度ムンバイに停まった後、アウランガンバードへに到着。一日10便も就航しない空港だからか、流石に何も無い。出口に向かうと、なんだかやけに沢山の人がいる。うぇー、客引きあんなにいるのかー…とと思っていると、同じ便に乗っていた人の一人が、出口で突如奇声(かけ声?)を上げる。と、待ち構えている人たちの半分が呼応してかけ声を上げる。なんの繋がりだったのか解らないけれど、ちょっと怖かった。

気を取り直してリキシャーを捕まえるかと思っていたが、結局最初に声をかけてきた車のタクシーに乗る事に。

街中まで移動して、まずはMTDC(観光局的な所)へ。当初、アジャンターで一泊を考えていたが、日帰りで行かなければいけないので其処だけ日帰りツアーをbooking。

観光局前の客引きに案内されて、近くのホテルへ。初め、地球の歩き方に載っていたホテルに行ったのだが、生憎両方満室。あたしが英語で話す前に、ドライバーと宿のオーナーが何か話していたので、本当にそうだったのかは解らないが。地球の歩き方に載っている宿には腐るほど日本人がくる筈なので、英語対応出来ないとか嘘くさいにも程がある。しかし、もうツッコミを入れるのに疲れた。

結局、3件目のホテルも其処まで酷くはなかったのでそこに決定。しかし、夜にGが出たので、一泊で移動する事に決定。しかも、ダブルベットの骨組みを一本壊した(多分一度壊れて修理してあった所がまた壊れた)のだけど、気づかないふりをしつつ就寝。
この日は本当に派手なミスをした。



インドの国内線のフライトを乗り逃したのだ。




当初、Auranganbad(アウランガンバード)という都市へ、ムンバイ経由のフライトで移動する予定だったのだ。しかし、ホテルから空港までの移動時間を読み違えて、空港に着いたのはフライトの40分前。既にゲートがcloseしていた。

「もうどうにもならないよ」と言われ、一瞬頭が真っ白になる。しかし、空港のチェックインカウンターの案内の人にどうにかならないかすがってみる。と、「今日ムンバイ行きの便はまだあるから、とりあえずムンバイまでなら行けるわよ」との事。それでもムンバイから6時間位電車乗れば今日中には着くだろうから…と10秒位で考え直して、空港の片隅にあるAir Indieのカウンターへ。

と、ここでもモラルの無さ大爆発なインド人。前の人の話が終わるのを後ろで待つ横から、がんがん割り込んで来る。しかも、受付の人も人で、日本語訛りの英語が聞き取りづらいからか、先に割り込んだインド人の対応をする。しかも、割り込んだインド人も何かの理由でぶち切れてて、話が長い。

あたしの方も大分苛っとしつつも、今焦っても仕方が無いから…と、必死に自分をなだめつつ待つこと(多分)数十分。結果、あまりに対応が進まない私のカウンターを見かねて、隣のカウンターのお姉さんが対応してくれる。

「この便に乗り遅れてしまったんですが、今日のムンバイ行きのフライトってまだ空席ありますか?」
「えーと…ムンバイ行きもあるわよ。後、明日の同じ時刻にアウランガンバード行きの便もあるわよ。」
「え、本当ですか?明日の便にすると、幾ら位かかりますか?」
「それなら変更手続きになるから1470rsよ。」

…思ってたより全然安い!
「フライトの変更お願いします!!」


元々、スケジュール的には色々な遅延とかトラブルを予想して、順当に行った場合+1日のバッファが見てあった。宿もツアーもブッキングもしていない。一日ならそのバッファで吸収出来る範囲内。ということで、追加料金を払って次の日の便を取り直してもらう事に。



フライトが何とかなったなら、後はいかにDehliでの一日を有意義に過ごすか。ということで、急遽最終日に出来れば行く予定だったクトゥブ・ミナールへ行く事に。

一度Dehli市街に戻り、Dehilでも一度は違う宿に泊まってみるかと思い、まず宿を探す。一軒目は満室だったものの、すぐ隣の宿でA/C無しの安宿にチェックイン。450rsくらいだったかな?荷物を降ろして、メトロでクトゥブ・ミナール駅へ。

クトゥブ・ミナール駅前から、インド人の夫婦らしき人とオートリキシャを相乗り。なんでも、日本語を勉強していた事があったそうで、結構流暢に日本語を話していた。(あまり聞き取れては居なかった様だが…)

実は、クトゥブ・ミナールは友人から「凄いんだけど、なんていうかちょっと雑。」とのコメントを聞いていて、正直あまり期待していなかった。が、雑…というか、建設途中で止まっているのと、劣化が結構激しい(これは、インドの何処の建築でもそうなのだが)からそういう印象になっているのだと思う。多分、その辺は保護の為の技術的・金銭的な問題もあれば、どれ位その文化遺産に価値を見いだしているかもあるんじゃないかなー…とか。

だが、所々に残る装飾はかなり凝っていたし、サクラダファミリアと同じく、出来れば死ぬまでに完成形を一度見てみたかったなぁと思う。こちらはもう多分建設が進む訳ではないのだろうけど。


その後、地球の歩き方の隅に小さく載っていた「city walk」というショッピングモールへ行ってみる事に。初め、クトゥブ・ミナール前からオートリキシャに乗ろうとしてみるが、多分もの凄い吹っかけられている。しかも、2台目のドライバーが「今日、city walkは早い時間にしまるよ!だから、もっと別のモールへ連れて行くよ!」とか、また胡散臭い事を言う。「ああ、解ったわ。そしたら、ちょっと他の人に営業時間を聞いてみてくるわ。」と言ってとりあえずかわす。

詐欺の手口なんだろうなーと思いつつも、一応その辺の護衛の人に聞いてみる。案の定、特に休みでもなければ早くに閉まるなんてことも無い。お礼を言ってまたリキシャ探しに戻るが、少しして警備の人から声をかけられた。

守衛さん:「さっき言ってた場所なら、あそこの角を左に曲がった所にあるバス停から、(指さしながら)向こう側に進む534のバスに乗れば10分か15分位でつくよ。」

優しい! Thanks a lot!!


ということで、バスへ。当然の様に、其処がバス停である事を知らせる目印は何も無い。ただ、人が一応横一列に並んでいたので、多分ここがバス停なんだろうなと。途中、違うラインのバスに乗りそうになりながらも、なんとか534のバスへ。乗車した後、何処でおりたらいいのかきょろきょろしてたら、2列目の席に座ってたおじさんが、ジェスチャーで「知らせるから大丈夫だよ。」と。

無事city walk前で下車。後で思ったのだが、そのおじさんは(多分)喋れない人だったらしい。私以外の人にも、全部ジェスチャーで応えていた。

着いてみると、city walkは超巨大ショッピングモールだった。しかも、Dehliの中心部とは比べ物にならない様な近代的さ。お店の集まりなだけなのに、持ち物チェックとかまで細かい。とりあえず入ってすぐにあった服屋に入ると、東京で売ってる服に所々インドっぽい雰囲気が混ざった服がずらり。

やはり、日本では無い様なデザインなものも多くて、一瞬物欲スイッチが入りそうになる。が、一旦ぐっと我慢。安い。のだが、正直縫い方とか布地とかも値段相応なのだ。全体的に生地が薄いのは、単純に暑い国だからかもしれないけれど。

服屋を後にして、ちょっとずつ寄り道しながらスーパーを探す。実は、インドに来てからまだ一度もスーパーに入っていない。というか、あまり見かけないのだ。city walkには三つのスーパーが入っていて、一つは輸入食材がメイン。もう一つはアメリカ系列っぽい雰囲気で、最後の一つは少し高級っぽい雰囲気。三つ目のスーパーで、お土産を買う。海外では、所謂インスタント食品ぽい物がお土産にも良いと思う。当たり前だけど、やっぱり似た様なものでも、日本のと味が違うのだ。

結局、服屋にもう一度戻るも、思い直して物欲スイッチを切る。スーパーの買い物でお土産はとりあえず満足したので、逆方向の同じ番号のバスに乗り、途中通過したメトロ駅前で下車。やはり、何処の国もで首都のメトロはかなり使い勝手が良い。

チェックインしてあったホテルに戻り、就寝。
バスでファティープル・スィークリーへ。アーグラから、バスで片道1時間位の所にある世界遺産です。近くもないので、本当はツアーとかで行くもんなのかなぁと思いつつ、地球の歩き方に乗ってるからなんとかなるだろと思って、普通の市バスにレッツトライ。

バスターミナルには、当然の様に時刻表もバス停の番号も何も無い。でも、その辺の人に聞くと大体教えてくれる。優しい。

しかし、バスは色んな意味で凄い。まず汚い。そしてボロい。スピード出るまでが超遅い。そして、一度スピードに乗ったのを止めたくないからであろう、障害物をかわしながら加速し続ける運転手の運転技術凄い。

市街中心部近くでは、車も人も、寧ろ乗ってたバス自体も全ての人が交通法規ガン無視。かろうじて信号では止まってたけど、それ以外は基本的に「ぶつからなければOK」以外のルールがある様には思えなかった…。

だけど、なんだかんだで乗車時間自体は大体書いてあった通りな気がする。30分間隔で運行していて、1時間近く乗車する距離で片道27rs。安い。バスの乗車スタイルは、長距離と短距離で2種類ある様で、この時は発車後に料金徴収する人が回って来て、行き先を告げてその時に料金を払うスタイルだった。


ファティープル・スィークリー近くのバス停をおりると、その瞬間から客引きっぽい人に次々と声をかけられる。あーもー、うざい。と思いつつ、誰の言葉を信じて大丈夫そうか見ながら、地図を片手に向かう。

途中、もの凄くしつこいのが一人いて。アジア人な上に、その日オレンジ色のシャツなんて着てたから余計悪目立ちしていたのだろうけど。着いて行って後からガイド料とか言われるのも癪なので案内自体を断り続けるが、どんなに"No thanks."って言ってもついて来る。

ただ、どうにも方向的には合っているらしく、目的地に向かうと自然と見つかってしまう。だが、途中で更に別の方向を差しながら声をかけてくる人も居たり。

仕方が無いので、一回他の人の言葉を信じるフリをして、元々案内すると言っていたヤツとは別の人についていく。と、その先は案の定どう見ても行き止まりそうな(そしてそこに代理店とかのショップの様な)道。あーこれは駄目だなと思った所で、勝手に途中で引き返す。
そうしてようやく両方を煙に巻いて、路地裏からファティープル・スィークリーに到着。

ここも、絢爛豪華とかではないけれど、結構好きだったなぁと思う遺跡の一つ。どことなく建造物の端々に、当時の生活とか儀式の様式が残っている。勿論数百年前のもな訳だけど、そういう空気を感じる事自体が、なんとも不思議な経験だ。

しかし帰り道でも、1苛々。バスで隣に座った男に声をかけられる。とりあえず話につきあってみると、
"明日ここで大きなお祭りがあるんだ!”
”ラマダンが昨日終わったんだ!”
”このバスよりもっと早いバスがあるから、僕が案内してあげるよ!”
”祭りなんだから、明日の予定はキャンセルしてこっちにくるべきだよ!”

ふーん。とか、へー。とか適当に相槌をうちつつ、片っ端から断る。と、

"僕、日本のお金をコレクションしてるんだ!インドのお金と変えてくれない?"
ここで、500rs札を手元にちらつかせていたけれど、正直な話その真偽だって怪しいもの。最後には

"宿に帰ってからでいいから、僕に見せてくれない?"



…。
"Why do I have to do such a thing for you?"

呆れつつ、もう大分相手が面倒になっていたけれど、とどめの一言はそんな感じだったと思う。

しかし、そしたら次はターゲットをあたしから他のアジア人に切り替える。また同じ様な事言ってるのかなーぁと思って、「大丈夫ですかー?」と日本語で声を掛けたけど、リアクションが無い。しばらくすると、その人があたしと同じ列に移動してきた。

もう一度「大丈夫でしたか?」と声をかけてみると、きょとんとした顔。
その人、中国人だったのだ。顔立ちとか雰囲気とかから、完全に日本人だと勘違いしていた。

無事帰りも宿にたどり着き、Dehli行きの電車までの待ち時間。ホテルでご飯を食べていると、宿のご主人が「いいJem&mable shopがあるから、帰る前にそこによっていけ」と。

相変わらず強引な誘い方なのだが、それまでの案内をことごとく蹴っている&これまでお土産屋らしき所に一つも寄っていないので、行ってみることに。しかし結局なにも買わず。

特別値段が高い訳はない(むしろ日本と比べるとかなり安い)のだけど、正直デザインがダサくて買う気が起きない。これなら、未加工の石をお守りとして買う、とかでいいなー、とか。

そして、帰りのAgra駅で電車をホームで待っていると、大学生らしき日本人グループが、なんとなく立ち話をすると、もう4時間近く遅れている電車を待っているのだとか。そして、プラットフォームの電光掲示板の表示に笑ってしまった。

一応、ホームでは、そこに到着予定の電車のNoと、その予定時刻が表示されている。しかし、その到着予定時刻がリアルタイムで遅くなっていく。意味がない。結局私の電車も1時間近く遅れたのだけど、一応笑い話で済む範疇でインドの電車遅延を経験した。

帰りはA/C 3rdだったのだけど、こちらも正直特別問題なかったかなぁ。2,3時間程度の乗車なら、割と余裕で耐えられる感じ。

Dehliを立つ前にbookingしてあった、初日と同じ宿に戻り就寝。
http://www.amazon.co.jp/dp/4103054522/ref=cm_cr_pr_product_top

タイムリー。
図書館で別の本を探している時に、ふっと顔を上げたら目に留った。
確か、たまに見る本のレビューサイトで取り上げられていたなー…
と思って借りて来て今一気読みし終わった所。
読んでる最中、呼吸が浅くなる本だったと思う。

一言で内容をいえば、インドの物乞いの様子を綴った話。
完全に事実だけを綴る書き方でなく、
どうしてもにじみ出る様な主観や、
頭の中の声も混ざった文章。

純粋な事実だけの「ノンフィクション・ルポタージュ」、
というには主観の多い文章な気がしたけれど、
だけどぎゅっと掴まれる気な感じがする。

読んでいて、あの生臭い街の空気を微かに思い出した。
腕のない人、足のない人、衛生管理の
えの字もない場所で生きる人を、山と見た。
どんなに日本で格差が激しいと言われていても、
少なくとも死体を使った物乞いをみる事はない。

たかだかフライトで6時間。
たったそれだけの距離が、一体何を隔てているんだろうと思う。


正直、万人におすすめ出来るかっていったら、微妙。
決して後味のいいものではないし、
綺麗事が鼻で笑われる世界なのは間違いないから。

それでも。
なんでか、少しでも引っかかった人には、読んで欲しいと思うような。
三日目。時差の所為もあってか、滅茶苦茶早い時間に起きる。ホテルの屋上から、ゆっくりと明るくなって姿を現すタージ・マハルを眺める。

日の出が過ぎてから朝の準備をして、タージ・マハルへ歩く。入り口に着くまでのものの5分くらいの間に、2,3人の自称ガイドがくっついて来たけれど、ことごとくスルー。10日終わるまでに、大分スルースキルが上がる気がしてきた。

タージ・マハルに到着。入場チケット750rs。たっか!!!インドでは、インド人と外国人で観光地の入場料が違うのだけど、それにしても大分足下見てると思う…。

でも、門をくぐるとやっぱり美しくて流石だった。もの凄い規模の建造物なのに、遠巻きに見ても、近づいてみても、てっぺんからつま先まで神経が行き届いてる感じ。お約束の様に、先をつまんだ写真を撮ってみたり。

帰り道、地球の歩き方に載ってた食堂的な所へ。ローカルな人も来る様なお店だったみたいで、そういうお値段。超安い。だけどおいしい。やっぱりこういうのが普通なんだろうなぁ。

一度宿に戻ると、Check outの時間を勘違いしていた事を知って焦ってチェックアウト。12時だと思っていたら10時だったらしい。しかし、重たいバックパックを抱えて観光は出来ないので、一旦別のsakura hotelという所にCheck in。

三泊して思ったのが、正直今の時期エアコンってそんなに大事でもないなって事。雨期だったからなのか、夜にそこまで死にそうに暑いなんてことはなく、ファンがあれば十分なのだ。二つ目の宿がちょっとお高めだったので、気持ち出費を抑えたいなー…と思ってNo A/Cの部屋があるか聞いてみる。

…と、なんか結構凄い部屋に通された。まずファンの音がうるさい。っていうか、これ壁に穴空けて外から空気入れてないですか。しかもその穴に水溜まって虫わいてそうなんですけど。後天井も穴空いてませんか。元々ライトがついていたであろう所に穴があいて、配線出てるんですけど。…確かに値段は安いけれど。

今考えると、そもそもあそこでOKしちゃ駄目だったなーと思うけれど、既に3つ位部屋を見せてもらった後だったので、一旦その部屋でCheck in。荷物を置いて、Agra城へ。こちらも結構よかったかも。やっぱり、歴史的建造物は首都よりちょっと離れた所にあるヤツのが良いかも。東京と一緒か。
初めはかなり狭いのかと思いきや、一つ扉をくぐった後が大分広い。相変わらずカラーレスな建造物だけど、細工は結構細かく残っていたように思う。そしてでかい。

宿に帰ると、なんと部屋で雨漏り。フロントに言いに行くと、部屋を変えてくれた。ということで、一応結果オーライ。でも、明らかにこっちの部屋の方が綺麗だ。しかも、テレビが無いからって事で50rs戻ってきた。やっぱり、日本人相手だと高い所から順に案内してるんだろうなぁ。

そして、部屋を変える待ち時間の間、なんか色々勧められる。オーナーのおっちゃんは結構日本語が喋れて、優しいのだけどやっぱり商魂たくましい。でも、特に興味ない事につきあっても時間の無駄なので、大体断る。

正直、3日見た中で、お金を出して買いたいと思うものなんて殆どなかったのだ。日本で見るありとあらゆる商品よりも、完成度が低くて。幾らお土産だからといっても、安かろう悪かろうなものなんて買ってもいい思い出にはならないと思うから。