午後3時のフライトでDehliに戻る予定だったが、さてそれまで何をしようか。
ちょっと考えた末に、エローラよりも更に近くの遺跡へ行くことに。昨日と同じ路線のバスに乗って、揺られる事30分強。ついてみると、規模的にはとても大きな遺跡なのだが、やはり世界遺産とかではないせいか、がらんとした雰囲気。
登り始める前に、軽くご飯でもーと思ってその辺のお店に入る。揚げ肉団子的な物を注文して食べたのだが、具と一緒に蚊がこんがり揚がっている。
しかし、なんかもうこういうもんか。と思って、はじいて普通に食べる。日本だったらクレームを言う所なのだろうけど、言葉が通じづらいのを差し引いても言う気が起きなくなるからある意味凄い。
チケットを買って中へ。修学旅行?らしき学生さんがちらほら。ここでも「一緒に写真撮ってもらえる?」とか声をかけられつつ、とりあえず上を目指す。この時は、この後ちょっとトラブルになるとも知らずに。
ずっと登って行くと、だんだんと人がまばらになってくる。全く居ない訳ではないのだが、居たり居なかったり、といった感じ。しかも、順路がよく解らない。正直、足下や階段も特に丁寧になんて整備されていないのだ。途中、遺跡の中の真っ暗な階段を進まなければいけない。と、そこに通りかかった一団(だと初めは思っていた)が、階段を進むのに手を貸してくれる。
おお、ありがとうございますー。(英語)
といった感じでお礼を返しつつ、手を借りながら進んでいたら、なんとその手が体の方に伸びてくる。まぁ、平たく言うと胸とかお尻とか触ってくるのだ。
きもい!!!と思って、とりあえず振り払う。
しつこく追いかけて来るのを振り払い、「お前と一緒には行きたくないんだ!!」っていう旨の事を言い放っても、それでもついてくる。
あーーーーーもーーーめんどくせぇ。
と、思いつつ、それでも流石に、暗い部屋(しかもその中に路地があるような)をその男を引き連れて一人で帰る気にはならない。どうしたもんか。
…と、途中の見晴し台で止まって考えていると、ちょっとこぎれいな格好をした高校生?大学生?らしき年下の男の子の集団が。これだ!と思って、とりあえずなんとなくその一団と一緒に上に登る。ここで、その男が諦めたらそれでよしだったのだが、それでも着いて来る男。
仕方が無いので、男の子の集団に声をかける。
話してる間も、その男の子たちの後ろからじっとこちらを見つめている。
”Excuse me. My name is Marry. I came from Japan.
Well, could you go down to the entrance with me?
Because, the man touched my body. So I don't want to walk with the man.
I want to go back safety to the entrance."
(すみません、私の名前マリーっていうの。日本から来たよ。
ええと、私と一緒に下まで降りて頂けませんか?
(後ろの男を指さして)その男が私の体触ってくるの。だから、私その男と一緒に降りたくないの。
安全に入り口まで戻りたいのよ。)
…といった感じの事を英語で言う。
そのセクハラ男を思いっきり指差しながら。
多分、リアクションからして、言われた当の男は解ってなかった気がする。
が、男の子たちの方には通じたらしい。
"OK, OK! Let's go together!"
一瞬ひやっとしたが、良かった今考えると思い切って助けを求めて良かったと思う。一人で帰っていたら、絶対ヤバかった気がする。
降りる途中、少年たちと話をしてみたら、どうやら20歳くらいで、collage(大学と高校の間位の年に行く学校)の学生さんらしい。専攻は医学?薬学?なのだとか。まぁ、専攻の真偽の程は良くわからないけれど、それなりに聞き取れる英語。あたしの拙い日本語訛りの英語も、多少は解ってくれているらしい。
インドに来て知った事の一つに、その人の階級というかグレードというかが、結構顕著に見た目に出ている、というのがある。えげつない話だけど、割合で言ったら絶対本当だと思う。学生の様な子達は、清潔な格好をしているか、(清潔かどうかに加えて)お洒落まで気にしているか、と言ったことがそのままその子の家の裕福さにつながっている。
そしてさらにそれが何を意味しているかというと、どれ位の教育を受けているかにつながっているのだと思う。インドは、一応英語が公用語に近い扱いって事になってはいるけれど、多分それは表向きって部分が大きい感じがした。喋れない人はまったく喋れないし、聞き取れもしない。
だけど、いきなりあたしの様に特に綺麗でない英語を話す人間ともなんとか話せるちびっ子も居たりして、そういう所が「格差」なのかなぁと思ったりする。服やバックがブランドものかなんてことはどうでも良くて、だけど、言ってしまえば「教養」にその違いが出てしまう。そんな事を今更実感するのは、多分なんだかんだ言っても、日本の学校が一定水準以上の教育レベルをしているからだと思うのだけど。
無事下の方まで降りて来て、最後にちゃんとお礼と、飴をあげてお別れ。
"外国人の人と喋ったり出来て楽しかったよ!"
とか、最後SNSとかのアカウントを聞かれて、とっさにかわしてしまったのだけど、twitterかFacebook位教えて来たら良かったなぁとちょっと後悔。
あ、肝心の遺跡について何も書いてなかったですが、結構良かったです。遺跡が、というか、眺めが。周囲の山々や遠くの街が一望できて、だけど日本とは違う砂が微かに混ざった風が吹いていて、心に残る眺め(とトラブル)だったと思う。
昨日と同様に市バスに揺られてホテルに戻る。
チェックアウトすると、リキシャでガイドブックに載ってる織物屋へ。ここまで殆どお土産とか買い物らしき事を何もしてこなかった。が、ここの工芸品?の織物はやっぱり流石のクォリティで、リキシャを待たせているので焦りつつも一枚だけ購入。
更にリキシャで空港に移動して、無事フライトにチェックイン。
Dehliに戻って、初日に泊まったホテルへ戻る。着いてみると、トリプルの超豪華な部屋。
え、まじで?と思いつつ、他の空きが無かったからいいんだそうな。
(チェックアウト時の受付の人のやりとりからして、 絶対900rsの部屋では無かったんだと思う。が、値段はそれまでと同じ900rsだった。好意で泊めてくれたらしい…!)
シゲタトラベル、日本人からするとサイトとか怪しいかもしれないけれど、初インド旅行の人とかにはおすすめです。かなり。
■シゲタトラベル
http://www.yokosoindia.com/
一つ年をとった。
過去は出来れば振り返りすぎずに進みたいけれど、
やっぱり今みたいにふわふわしてると、
振り返る時間も長くなってしまうよなー。とか。
でもまぁ、ようやく「頑張るかー!」って鳴って来た所で、
ちゃんとテンション上げて行こうかなと。
仕事決まったら、またバンドもやるぞ!
過去は出来れば振り返りすぎずに進みたいけれど、
やっぱり今みたいにふわふわしてると、
振り返る時間も長くなってしまうよなー。とか。
でもまぁ、ようやく「頑張るかー!」って鳴って来た所で、
ちゃんとテンション上げて行こうかなと。
仕事決まったら、またバンドもやるぞ!
の日は、バスで一時間ちょっと程度の距離にある遺跡、Eloraへ。
初めはこちらもツアーにするべきか…とも思ったけれど、やっぱりツアーは性に合わない。折角たどり着いても、ガイドに合わせてぞろぞろ動かなきゃいけないなんて面白くない。
ということで、こちらは普通の市バスで移動。初め、バス停が何処なのか解らずホテルの周りをうろうろ。多分3,4人位に聞いて、嘘つかれたりしつつもなんとか到着。こちらはAgraのバス停よりも大きく、結構な台数のバスが止まっていた。
それらしきバスにたどりついたけれど、かなりぎゅうぎゅう。というか、立ってる人が奥に詰めないので前だけぎゅうぎゅう。
なんだか変な体制になりつつも、なんとか乗車。片道20ユーロちょっとだったかな?相変わらずの荒い運転。だけど、この頃にはもう大分慣れてきていた。
途中のバス停で何度か停まり、少しずつ下車して平和な体制になった頃に到着。朝早く出たおかげでか、この日はあまり客引きも居なかった様な。
さてメインの観光に行くかーと思い、順等に1番の遺跡から周り始める。と、4番位まで来た所で、小中学生?の遠足的な団体がやって来る。
何故か知らないが、インドで日本人は超人気者になる。
元々人見知りしないインドのちびっ子に、入れ替わり「名前は?」「何処の国から来たの?」とか色々質問される。
「日本からきたよ。名前は(あだ名だけど)マリーだよ。」
と、答えたのが運の尽きだったかもしれない。
何故か、窟を一つ見終わる間に、あたしが日本人でマリーと名乗った事が数十人のちびっ子に知れ渡っている。そして「一緒に写真とってー」とか、お尻触っていったりとか、まー際限なくちょっかいを出してくる。というか、セクハラが凄い。かるくお尻をかすめて行く程度ならまだしも、思いっきり胸を揉んで来るのまでいる。
見るからにちびっ子な訳で、思い切り腹を立てるのも大人げない。しかし、こっちはじっくり観光するためにわざわざ朝早くから一人でここまで来たのだ。寄って来るちびっ子たちをなんとかあしらいつつ困っていると、先生登場。心配だったのはあたしなのか生徒なのか解らないが、とりあえずちびっ子の波から助けてくれる。ありがとう先生…。
なんとかちびっ子達と回るペースをずらしつつ、16窟(一番美しい)を飛ばして、~17番までを回る。がらんとした単なる部屋もあれば、かなり細かい細工が残っている部屋も。何もない部屋は、主に僧侶達の宿舎として使われていたらしい。仏像や装飾のある間は、当然日中の修行の為に。
ここは、3つの宗教の寺院が並んで建っている不思議な遺跡だ。そのため、ちょっとずつ雰囲気も違っていたりする。
17窟まで行くと、その先に行く為の道が封鎖されている。ガイドブックには抜け道があると書かれているが、結局何処なのか解らず。
しばらくうろうろしていると、昨日Agantaでも会った日本人の少年(と、一緒に来たであろう日本人一行)と再会。話の流れで、5人で1台のリキシャで18窟まで行く事に。
明らかに積載虜オーバーなのだが、これはこれで面白かった…というか、普段現地のインド人はこんな感じで乗っている事の方がおおい。
18,19窟は、ガイドブックでもおすすめだっただけあって、かなり凝った作り。日中の光の差し込み具合と、日本の仏堂ともキリスト教とも違った空気で、まるでゲームの中にでも出てきそうな洞窟だった。
最後の窟まで見た後に、遺跡の入り口近くにある第16窟へ。ここがElora一番の見所で、規模といい装飾の細かさといい、群を抜いている。
ここの細かいいわれまでは把握できないのだけど、ヒンドゥー教のデザインとかでイメージするものが全部詰まった感じだった。
帰り道、普通の市バスが止まったり止まらなかったりで結局乗れず、普通の車の乗り合いタクシーで街まで帰る。人数が集まるまで出発しない仕組みだった様で、出るのが遅い。
けど、歩き疲れてくたくただったので、うつらうつらしながら気長に待って、気がついたらホテル近くに到着。
部屋に戻って泥に沈む様に就寝。
初めはこちらもツアーにするべきか…とも思ったけれど、やっぱりツアーは性に合わない。折角たどり着いても、ガイドに合わせてぞろぞろ動かなきゃいけないなんて面白くない。
ということで、こちらは普通の市バスで移動。初め、バス停が何処なのか解らずホテルの周りをうろうろ。多分3,4人位に聞いて、嘘つかれたりしつつもなんとか到着。こちらはAgraのバス停よりも大きく、結構な台数のバスが止まっていた。
それらしきバスにたどりついたけれど、かなりぎゅうぎゅう。というか、立ってる人が奥に詰めないので前だけぎゅうぎゅう。
なんだか変な体制になりつつも、なんとか乗車。片道20ユーロちょっとだったかな?相変わらずの荒い運転。だけど、この頃にはもう大分慣れてきていた。
途中のバス停で何度か停まり、少しずつ下車して平和な体制になった頃に到着。朝早く出たおかげでか、この日はあまり客引きも居なかった様な。
さてメインの観光に行くかーと思い、順等に1番の遺跡から周り始める。と、4番位まで来た所で、小中学生?の遠足的な団体がやって来る。
何故か知らないが、インドで日本人は超人気者になる。
元々人見知りしないインドのちびっ子に、入れ替わり「名前は?」「何処の国から来たの?」とか色々質問される。
「日本からきたよ。名前は(あだ名だけど)マリーだよ。」
と、答えたのが運の尽きだったかもしれない。
何故か、窟を一つ見終わる間に、あたしが日本人でマリーと名乗った事が数十人のちびっ子に知れ渡っている。そして「一緒に写真とってー」とか、お尻触っていったりとか、まー際限なくちょっかいを出してくる。というか、セクハラが凄い。かるくお尻をかすめて行く程度ならまだしも、思いっきり胸を揉んで来るのまでいる。
見るからにちびっ子な訳で、思い切り腹を立てるのも大人げない。しかし、こっちはじっくり観光するためにわざわざ朝早くから一人でここまで来たのだ。寄って来るちびっ子たちをなんとかあしらいつつ困っていると、先生登場。心配だったのはあたしなのか生徒なのか解らないが、とりあえずちびっ子の波から助けてくれる。ありがとう先生…。
なんとかちびっ子達と回るペースをずらしつつ、16窟(一番美しい)を飛ばして、~17番までを回る。がらんとした単なる部屋もあれば、かなり細かい細工が残っている部屋も。何もない部屋は、主に僧侶達の宿舎として使われていたらしい。仏像や装飾のある間は、当然日中の修行の為に。
ここは、3つの宗教の寺院が並んで建っている不思議な遺跡だ。そのため、ちょっとずつ雰囲気も違っていたりする。
17窟まで行くと、その先に行く為の道が封鎖されている。ガイドブックには抜け道があると書かれているが、結局何処なのか解らず。
しばらくうろうろしていると、昨日Agantaでも会った日本人の少年(と、一緒に来たであろう日本人一行)と再会。話の流れで、5人で1台のリキシャで18窟まで行く事に。
明らかに積載虜オーバーなのだが、これはこれで面白かった…というか、普段現地のインド人はこんな感じで乗っている事の方がおおい。
18,19窟は、ガイドブックでもおすすめだっただけあって、かなり凝った作り。日中の光の差し込み具合と、日本の仏堂ともキリスト教とも違った空気で、まるでゲームの中にでも出てきそうな洞窟だった。
最後の窟まで見た後に、遺跡の入り口近くにある第16窟へ。ここがElora一番の見所で、規模といい装飾の細かさといい、群を抜いている。
ここの細かいいわれまでは把握できないのだけど、ヒンドゥー教のデザインとかでイメージするものが全部詰まった感じだった。
帰り道、普通の市バスが止まったり止まらなかったりで結局乗れず、普通の車の乗り合いタクシーで街まで帰る。人数が集まるまで出発しない仕組みだった様で、出るのが遅い。
けど、歩き疲れてくたくただったので、うつらうつらしながら気長に待って、気がついたらホテル近くに到着。
部屋に戻って泥に沈む様に就寝。
直接の知人な訳でもないのに、
誰かの訃報でこれだけ悲しくなるのは初めてだ。
中学の頃、MS-DOSのPC-9821と、
当時まだ漢字talkだったMacを同時期に弄り出して、
その違いに滅茶苦茶感動した記憶がある。
あの経験が、あたしの中の人生のスイッチを入れた。
あの時に触ったのがMS-DOSだけだったら、
今こういう方向に人生の舵も切ってない気がする。
プログラミングを始めなかっただろうし、
デザインもやってなかったと思う。
ご冥福をお祈りします。
誰かの訃報でこれだけ悲しくなるのは初めてだ。
中学の頃、MS-DOSのPC-9821と、
当時まだ漢字talkだったMacを同時期に弄り出して、
その違いに滅茶苦茶感動した記憶がある。
あの経験が、あたしの中の人生のスイッチを入れた。
あの時に触ったのがMS-DOSだけだったら、
今こういう方向に人生の舵も切ってない気がする。
プログラミングを始めなかっただろうし、
デザインもやってなかったと思う。
ご冥福をお祈りします。
一夜明けて、朝からAgantaに行く為、再度観光局へ。
集合場所まで行くと、一人の男の子が座っていた。話を聞くと、その子は他の日本人と乗り合いのタクシーでAgantaへ行くのだそうだ。正直、出来ればそっちの方が時間の融通が効く気がして羨ましかったのだけど、生憎既に満席。
その後、更に一人の日本人がツアーのキャンセルと返金が出来ないかともめていた。なにやら、ツアーのブッキングをした後に、イギリス人女性と乗り合いタクシーで行かないか、という話になったらしい。
もしキャンセル出来るようならー…と思いつつ、暫く一緒に回ってみたが、結局無理。受付のおにーちゃんが日本人男性に詰め寄られて困っていた。予約の紙の後ろを見ると、しっかり"キャンセルは48時間前まで"の文字。
そうだよなぁ。そりゃおにーちゃんも困るよ。
結局、日本人男性はリファウンドを諦め、単純にツアーをぶっちぎってタクシーで行ったらしい。
それらしきバスの横で待つと、なんだかとてもテンションの高いお母さんと娘さんの親子がきた。話を聞くと、ムンバイから来たらしい。割と聞き取りやすい英語で、多分割と裕福な人たちなんだろうなぁと思ったり。
他にも何人かが集まって、いよいよ出発。
こちら、観光バスといってもちょっと大きめなバン位の大きさ。つまり、普通の市バスよりも小さくてスピードが出易いのだけど、その分運転がこわああああああああああああ
正直、これだけで1アトラクションになりそうな位の運転でした。これで普段事故が無かったなら奇跡過ぎる。
途中、トイレ休憩のレストランで、30分近く先に出た筈の車やタクシー(朝見た日本人の両方と会った)に追いついたり。どれだけ飛ばしてるの。
ほどなくして、Aganta遺跡に到着。
規模は流石。平たく言うと、山の岩を削りながら、部屋や仏像や柱の装飾を作った…という場所なのだけど、そう考えると気が遠くなる規模。実際、今の姿になるまでに数百年の年月が年月がかけられている。加えて、特に人里近くにある訳でもない。きっと、かなりの人数の彫刻家?が、その一生をこの山の中で過ごしたのだろう。
今まで世界の国を見たなかで、やっぱり宗教的な理由や力で作られたものは桁違いの規模な事が多くて、それは日本との文化の違いを強く感じさせる。日本人は、本当に細かいものを作ることができる。けれど、規模的には「自分が見たものの中では大きい」になると思うのだ。当たり前だけど、そういう枠線をどこかで自分で引いている気がする。
帰りも弾丸バスで街まで戻る。
観光センターからの帰り道、路上でカレーをかってみた。昨日、横を通った時にとても繁盛していて気になっていたのだ。お母さんと、何人かのちびっ子が手伝いをして切り盛りしてるらしい感じだったのだが、お母さん英語が全く解らない。
しかし、看板にメニュー(元々4,5種類しかない)から「あれで!!」といっても、なかなか通じず、だけどちびっ子が片言の英語で頑張ろうとしてくれる。結果、なんとかカレーを買うのに成功。ちびっ子にあめ玉をあげつつ、ホテルで食べる。値段以上の味だったと思う。日本のカレーとは別物だけど。
リキシャで市バスのターミナル近くに移動してチェックイン。
エアコン無しで700rsだったけど、雨が降った後とかは涼しいので問題なかったなーと。
Gの影におびえる事も無く、就寝。
集合場所まで行くと、一人の男の子が座っていた。話を聞くと、その子は他の日本人と乗り合いのタクシーでAgantaへ行くのだそうだ。正直、出来ればそっちの方が時間の融通が効く気がして羨ましかったのだけど、生憎既に満席。
その後、更に一人の日本人がツアーのキャンセルと返金が出来ないかともめていた。なにやら、ツアーのブッキングをした後に、イギリス人女性と乗り合いタクシーで行かないか、という話になったらしい。
もしキャンセル出来るようならー…と思いつつ、暫く一緒に回ってみたが、結局無理。受付のおにーちゃんが日本人男性に詰め寄られて困っていた。予約の紙の後ろを見ると、しっかり"キャンセルは48時間前まで"の文字。
そうだよなぁ。そりゃおにーちゃんも困るよ。
結局、日本人男性はリファウンドを諦め、単純にツアーをぶっちぎってタクシーで行ったらしい。
それらしきバスの横で待つと、なんだかとてもテンションの高いお母さんと娘さんの親子がきた。話を聞くと、ムンバイから来たらしい。割と聞き取りやすい英語で、多分割と裕福な人たちなんだろうなぁと思ったり。
他にも何人かが集まって、いよいよ出発。
こちら、観光バスといってもちょっと大きめなバン位の大きさ。つまり、普通の市バスよりも小さくてスピードが出易いのだけど、その分運転がこわああああああああああああ
正直、これだけで1アトラクションになりそうな位の運転でした。これで普段事故が無かったなら奇跡過ぎる。
途中、トイレ休憩のレストランで、30分近く先に出た筈の車やタクシー(朝見た日本人の両方と会った)に追いついたり。どれだけ飛ばしてるの。
ほどなくして、Aganta遺跡に到着。
規模は流石。平たく言うと、山の岩を削りながら、部屋や仏像や柱の装飾を作った…という場所なのだけど、そう考えると気が遠くなる規模。実際、今の姿になるまでに数百年の年月が年月がかけられている。加えて、特に人里近くにある訳でもない。きっと、かなりの人数の彫刻家?が、その一生をこの山の中で過ごしたのだろう。
今まで世界の国を見たなかで、やっぱり宗教的な理由や力で作られたものは桁違いの規模な事が多くて、それは日本との文化の違いを強く感じさせる。日本人は、本当に細かいものを作ることができる。けれど、規模的には「自分が見たものの中では大きい」になると思うのだ。当たり前だけど、そういう枠線をどこかで自分で引いている気がする。
帰りも弾丸バスで街まで戻る。
観光センターからの帰り道、路上でカレーをかってみた。昨日、横を通った時にとても繁盛していて気になっていたのだ。お母さんと、何人かのちびっ子が手伝いをして切り盛りしてるらしい感じだったのだが、お母さん英語が全く解らない。
しかし、看板にメニュー(元々4,5種類しかない)から「あれで!!」といっても、なかなか通じず、だけどちびっ子が片言の英語で頑張ろうとしてくれる。結果、なんとかカレーを買うのに成功。ちびっ子にあめ玉をあげつつ、ホテルで食べる。値段以上の味だったと思う。日本のカレーとは別物だけど。
リキシャで市バスのターミナル近くに移動してチェックイン。
エアコン無しで700rsだったけど、雨が降った後とかは涼しいので問題なかったなーと。
Gの影におびえる事も無く、就寝。