12月5日、最愛の母が永眠しました。

モーツァルトと同じ日だそうです。

抗がん剤の副作用による体へのダメージが大きく、2週間意識が戻らなかったのですが、

最期まで本当に頑張って闘った母。

 

感染してはいけないからと、お見舞いの際には保護用ガウン、手袋、マスクを着用しなくては入れない病室に隔離されていましたが、亡くなる前夜は同室に泊まることを許可されました(と言っても、亡くなると決まったわけではありませんでしたが)。

その前日はソファに少し横たわり仮眠。でも不思議と疲れなかった。

パートナーもロンドンから急遽駆けつけてくれ、一緒に葬儀に参会し、私の不安定な気持ちを支えてくれました。

 

やっぱり母は偉大すぎるし、あの時こうすればとか、あそこにも連れて行きたかったとか思ってしまって

母の死というのは想像を絶する出来事でした。

今まで不満に思っていたことなんてひっくるめて、全部許せるくらい。

どんな重度の障害だろうと認知症だろうと生きていてくれればいいって思ったし。

きっと1ヶ月でお手上げになるだろうけど、介護させて欲しいって祈っていたし。 
失って初めて気づくとは、まさにこのことで、こんなに大切な人はきっとどこにも居ないんだと感じました。


こうして母が教えてくれたことはとても大きく、母が辛い思いをして最期に残してくれたんだと思います。

もしかしたら、私たちが看病疲れで倒れてはいけないと、長患いをしなかったのかもしれない。

いつも「ちゃんと食べてるの?」「お金大丈夫なの?」と私たちを気遣ってくれる人だったので...

 

意識がなくなってからや亡くなってすぐには、どうしても良い思い出が思い出せず、

特にここ最近はいつも辛そうな表情ばかりだったのですが、

やっとここ数日、一緒にお花畑見ながら歩いた広島の熊野や、病食を美味しい〜って言って残さず食べている姿や(しかも、作ってくれた方へ感謝の手紙も書いていました)、マッサージをした後に楽になったって言ってくれたことや、自分でもストレッチ頑張っているっていう笑顔等を思い出してきました。

 

母が安心して誇りに思う娘でいるために、止まらず進み続けること。

そして、得た教訓や知識を自分の関わる人たちに伝えていくこと。

 

なかなか現実的に自分ごととして捉えるのは難しいけど、

自分の大切な人には大切だと伝えていくことが何よりです。

家族でも友人でも同僚やお客様でも...

その一瞬一瞬、後悔のないように接していくことは相手のためでもあり自分のためでもあると思います。

 

私は今回、姉や兄、兄の奥様、自分のパートナーの存在に心から感謝しています。

皆がいなければ気丈にはなれなかったかもしれない。

そして、励ましをくれる友人知人、お客様にも感謝の気持ちでいっぱいです。

 

人生に長い・短いはなく、その人が精一杯生きた時間は誰も計ることは出来ません。

そして、母は間違いなく私たちに愛されていたし、私たちのために女手一つで一生懸命働き、

生きてきたことをここに記したいと思います。

そしていつまでも心の中で生き続け、一緒にいます。

 

とっても個人的なブログになりましたが、これからも私なりのセラピーに心を尽くしていきます。

みなさんが健康で幸せに過ごせるお手伝いができますように・・・