こないだ、うちのバンドのギターと大討論したんですよ。朝まで生討論。しまいにはつかみあって殴り合い。ギターの前歯が折れてしまった。

まぁ、さすがに歯が折れたっていうのは嘘なんですけど、つかみあって殴り合いってのはマジで嘘。朝まで生討論ってとこまではほんとに嘘。

実際はスタジオからの帰り道に大討論。
始めに言っとくと、僕もギターも、新しいモノ、まだ誰も聴いたことのない音楽を作りたいっていう熱くたぎる気持ちは同じだったんですよ。
まぁ、僕の方がちょっと熱かったんですけど。勝ってましたけど。

でもね、「新しいモノ」の前提が全然違うの。ビックリですよ。

僕は、今までに産み出された色んな音楽を受けて影響されまくって、それに自分の音楽性を詰め込んで生まれたモノが、誰も聴いたことのない音楽だった、っていうのが理想なんです。偉大な先人に最大限の敬意を込めたいです。最高です。それが僕の新しいモノです。

でも、ギターのヤロウは文字通り新しいモノ、何にも影響されず、完全に自分の音楽性のみで作った音楽こそがほんとに新しいモノだ、とかドヤ顔で言いやがるんですよ。

率直な気持ちを言うと、「こいつ天才か本物のアホや!」でした。

こやつの意見を突き詰めて言うと、最終的にはII-Ⅴ-Ⅰのなめらかな解決感や、僕の好きなC△7add9のオサレな響き、そもそものドレミファソラシド、全てを捨てなきゃいけなくなります。人間が気持ち良く聴こえるようになっている、それこそ神様がそういうふうに作ったとしか思えない部分から、自分1人で構築することになります。

うちのギターは新世界の神なのか、はたまたバベルの塔を建てたアホなのか。

まぁ今の段階では全く聴いたことのない新しいモノはでてきていないので、暫定的にアホとしておきます。

でもなぁー。そんなアホとケンケンガクガク新曲作るのが楽しくてたまんないんだよなー。最後の最後にツンデレ。

あかん、頭痛いのに考えすぎた。いや、頭痛のせいで悶悶と考えちゃったのか。とりあえず、今日衝動買いでガンプラ買っちゃったのは頭痛と職場の秋山さんのせいだ。

帰り道、ブルーハーツを聴きながら思ったことを。


天才的な音楽家っているじゃないですか。モーツァルト、バッハからビートルズ、ボブマーリー、マイケルジャクソン。


そういう人たちってみんな結構ぶっとんでるところがあるように思います。常識のワクを外れた、みたいな。


素直にあこがれちゃいます。自分もツアーで泊まったホテルのテレビを窓からブン投げたり、「せまいから」って理由で壁に大穴あけたり、同じ車のカラーラインナップをコンプリートしてみたりしたいです。


でもそんなぶっとんだことって、自分の中に確固たる常識があるがゆえにぶっとべる、っていうような気もするんですよね。常識の範囲から大ジャンプ、K点超えたぜ、みたいな。


そんな気がするってことは、ぶっ飛んだことをしてみたいっていう気持ちの裏側に、自分の中の常識をぶっ壊したいっていう気持ちがあるってことなのかな。今年30、そろそろ枕からお父さんの臭いがしてきそうなお年頃ですが、結構まじめにそんなことを思うのです。「まじめにぶっとびたい」って何か変な日本語だなw


「ドラムが上手いですね」「いい曲ですね」って、僕にとっては褒め言葉でもなんでもないんです。必死に腕磨いてんだ、なめんな。「こんなドラム始めて聴いた!」「こんな曲君にしか作れない!」って言われちゃうと、「えへへへ~~~」ってなります。


今、結構必死に社会人としての経験をつんでいます。ビシビシしごかれて、今年の僕の最多発言は「すいません」に当確が出ています。


以前より確実に社会人としての常識、マナーなんかはついてきているんですが、なんかもうそれがどうにも気持ち悪くてしゃーない。自分らしくないというか何と言うか。多分、先に書いたようなことを思っているからなんですよね。


残念ながら僕は天才ではないです。だからいきなりスポポポポーンとはぶっ飛べないんです。自分の中の常識、社会一般の常識が固まってから初めて、ぶっ飛ぶ先、K点が見えてくるんです。


そう考えるとなんか色々とつじつまが合ってきました。音楽を突き詰めたい、けれども社会人としての能力も持ち合わせたいって言う気持ちは、先への不安以上にこれが原因だったんだわ。スッキリ。


僕個人の音楽のスタンスとして、歌詞でメッセージを伝えるっていうのより、歌詞の語感、発音の響きを含めた楽曲の音を楽しんでほしい、っていうのがあります。
メッセージ性の強いものも好きですけど、あくまでも僕個人の音楽性。
それでふと思いましたが、楽曲ごとに使う言語を変えたら面白いかもしんない。

フランス語は女性的。発音したときの吐息が漏れるかんじとか、アコースティックな楽曲によさそう。

中国語は艶やか。ちょっとリッチなアレンジの楽曲に合わせてみたい。

ドイツ語は男性的ではぎれがよい。ラップに使ったらかっこよさそう。

日本語は繊細。歌詞を伝えたり、情景をイメージしてもらうのにはダントツ。

うーむ、もっと外国人のミュージシャンとお近づきになりたい。
無駄に六本木のバーとかに行ってみようかな。


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