ウクライナ姉妹の証 | 統一原理の生活化

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先日、戦争中に出産した姉妹の証がありましたが、他にも出産した姉妹がいます。戦争が始まって、最初に二世を出産した姉妹の証がありました。お母様が意識して下さり、ビクターという名前を付けてもらったそうです。

ウクライナの二世で、御父母様に名前を付けてもらったのは、これが最初だとのことです。

ある姉妹の証は、戦争が始まる前からウクライナ西部へ避難する人が相次ぎました。戦争なんか起こらないと思っていましたが、ご主人が避難すると言うので、すぐまた帰ってくるつもりで西部に行きました。

何も起こらず、10日目に自宅に戻ろうと思った時、戦争が始まりました。ご主人はウクライナに残り、姉妹は子供たちを連れてまずポーランドに、そして別の国へと避難しました。ウクライナでは次の天寶家庭になるべく伝道していました。言葉が全く通じない国に来て、それでも片言で今子供たちと一緒に、公園で伝道を続けています。

チコウさんの日記に、不平不満や恨みつらみを言わないという個所があり、私がコメントしましたが、ウクライナの食口の証を聞いていつも思うことです。彼らが今経験していることは、何の不自由も無く暮らしている私には想像もできません。

まさに不平不満や、ロシアに対する恨みをもっても当然ですが、誰もが感謝の証をします。信仰を持っているからかも知れませんが。

毎日何時間も停電して大変だ、と言うのではなく、ヨーロッパの他の国から支援してもらった発電機があるので助かっていると言います。自宅が破壊されてしまったと文句を言うのではなく、無事避難することができて、多くの援助を受けて感謝していると言います。

早くウクライナに平和が訪れますように。