「堕落の動機と経路」
愛の減少感は、どういう立場の人でも感じます。
たとえば会社の上司と部下の関係を見ても、係長は課長に、課長は部長に、社長は他の社長に…どんなに上に行っても同じ事です。
人間は相対的な存在ですから、消えないのです。結局は絶対的な存在である、神の愛を感じない限り克服はできないのです。
そこに信仰の重要さが出てくるのです。信仰とは何か特別な修行をしたり、祈ることではありません。いかに神から絶対的に愛されているという事を感じられるかどうかなのです。
神はどんな人も絶対的に愛されています。しかしそれを感じられる人と感じられない人、感じられない時と感じられる時があるのです。
どうすれば感じられるか?一言では表せませんが、一つだけ挙げるとすれば…
神から人から愛されていないと感じた時、より神と人を愛そうと努力し、愛の限界がきます。それをもう一歩越えて愛そうとした瞬間、初めて愛されていることを感じるのです。
情的な限界線を越えていく事。これが一つの道です。
たまにはポチポチしてね~ 
↓↓
