妊娠26週1日。
赤ちゃんは957g。
わたしが切迫早産で入院したときの記録です。
横になって点滴を打っている状態で母に携帯で電話。
(わたしもこのとき初めて知ったのですが、ここの病室は全室個室でした)
「今度の水曜に帰ろうと思ってたんだけど、
突然入院することになっちゃった」
母は驚いて、でも現実味のない声で
たくさん心配してくれた後、
「またなにか進捗があったら連絡してね」と電話を切りました。
寝返りを禁止されているので
わたしは携帯電話を枕元に置き、
そのまま壁の一点を見つめていました。
たまにやってくる赤ちゃんの小さなパンチを感じながら。
身体がムズムズして
点滴していない方の手を天井にかざすと
わざと動かしているのかと思うくらい
ガタガタと指が痙攣していました。
これが副作用かー・・・。
先ほどもらった4Dエコー写真を
視線を動かせば見える位置にセッティング。
お腹にこんな子がいるんだと思うと、
身体が震えようが寝返りを禁止されようが
何でも耐えられる気がしました。
この病院はかなり豪華な個室になっており
テレビは見放題、洗面台・トイレは部屋の中にありました。
寝返りは禁止だけれど、
トイレに行きたいときはナースコールをすれば
看護士さんが手伝ってくれました。
実際、既に全身が震えて上手く動くことができなかったのです。
結局その日は浅い眠りを2~3時間ほどが精いっぱいでした。
翌日。
病室に車いすを引いた看護士さんが迎えに来てくれて
再度診察を行うことになりました。
病室のある2階から1階へ降りると
妊婦健診を待つ妊婦さんや
連れられてきた子供たちがたくさん座っていました。
母子手帳を片手に受付をする妊婦さん
上の子供の世話を焼く旦那さん
・・・・わたしは?
わたしは、パジャマで
点滴を引いて車いすに乗って
コンタクトもせず眼鏡をかけて
化粧もしないで
昨日はシャワーにも入っていなくて・・・。
わたしはそこで初めて、
当たり前だった日常から
自分がとても遠くに来てしまったことに
気が付いたのでした。
子宮頸管は昨日より回復して
2cmになっていました。
一晩の点滴ですぐに回復して、少し安堵。
ただ、この病院は個人院で
イザというときに対応ができないということと
個室の料金も高額なので
今日にも転院をすることとなりました。
(いま思えば、このとき個室料金が高いという話が出た時点で、
院長は入院が長くなることをそれとなく伝えていたのかも知れません。)
外は雨が降っていました。
わたしは車いすから救急車に乗せられました。
途中、傘を持った院長が
看護士さんが押すわたしの車いすのゆく道をあたふたと案内している姿が
ぼんやり見えました。
救急車で15分ほど乗った先の総合病院では、
わたしは担架のまま
点滴と一緒にガラガラとどこかへ運ばれました。
その途中も、ずっと身体を動かすことなく寝ていました。
わたしの目には病院の廊下の景色がさーっと通り過ぎていっただけで、
その病院の外観も見えなかったし
自分が何階に運ばれているのかもわかりませんでした。
ただ、エレベーターの中で
担架の目線のあたりにポスターが貼ってあったのだけ覚えています。
「入院患者様へ
病院内ではスリッパは履かず
運動靴などを着用してください」
そのあとは一時的に分娩室に運ばれ、
主治医となる先生の診察を終えたあと
再び担架で病室へ運ばれました。
4人部屋の廊下側。
ベッドと、その脇に簡易トイレがひとつ。
久しぶりに床に足をつけたわたしは、
自分が前の病院の使い捨てスリッパを履いていることに気づきました。
エレベーター内で見たポスターでは、スリッパはNGだったはず。
そのことを看護士さんに伝えたところ、
「しばらくはこのカーテンの中にいてもらうことになるので、
スリッパで大丈夫ですよ」
と言われました。
そのときから、わたしの部屋は4人部屋の病室の
カーテンで仕切られたベッドの上になりました。
2か月間の入院生活の始まりでした。
次回へ続きます。