こんにちは
よしだあきこです。
今日は、次女の12歳の誕生日です。
7月11日午後3時44分
東京の北区にある病院で生まれました。
2人目ということもあり
出産は思った以上に早くすすみましたが
(12時ごろ入院して4時前に生まれているし)
産後、私の血圧が下がらず
退院が少し延びて長女が寂しい思いをしたと
今でも長女が言います(苦笑)
私と離れることが長女は初めてだったので
それも大きかったかなぁ。
長女を出産したときは
夫の実家へお世話になっていて
食事面ではとても助かったのですが
メンタル面ではかなりやられてしまい・・・やばかった
(今だから言えることだし、今は感謝しかないけど)
それもあって、次女の出産後は自宅で頑張ろう!と
決めていました。
長女もすでに園児だったのもあり
そうそう実家へ行くこともきつかったのもあります。
まぁ、ただ出産が7月ということで
退院したら、あっという間に長女の夏休み
3人で部屋にこもって、
やっていけるのか?と思ったのもつかの間
産前から友人知人のサポートが色々あって
とにかく、2人の子育てに忙しくはなったけど
充実した産後を送ることができ、
今も、心より、周りに、感謝でいっぱい
私がベビーマッサージに出会ったのも
次女の産後の出来事でした。
子供は2つの才能を
両手に握って生まれてくる
なんて言いますが、
1つは、自分のこれから花開く才能
もう1つは、親の気づいていない才能
だそうですよ
私は長女から
子供をコントロールするのではなく
コントロールするのは、自分
だと教わり
次女からは
今の仕事に通じる極意を
教わっています(現在進行形ですよ)
次女はとても控えめな性格です。
目立つのは大嫌い、でも見てほしい
負けず嫌い
テストは満点だと何度もみせにくる
姉はいつもライバル
姉とは同等に扱ってほしい
新しいものが大好き
車が大好き
その先に楽しそうなことがあると飛びつく
ちょっと神経質
不安がり
強風の音がきらい
ピーマンが苦手
口数は長女より少ないが観察力あり
道を覚えるのが得意
数字に強い
計算がはやい
反抗期真っただ中
お父さんがたまにうざい
お母さん鋭すぎてこわい
お姉ちゃんが一番こわい存在
などなど。
お姉ちゃんの通っていた
幼稚園バスにあこがれていたのに
運よく近隣の保育園に入園できたおかげで
4年間徒歩通園。
おかげで私も
幼稚園、保育園のママを体験することができて
ラッキーでした
保育園での
音楽会や学芸会の行事。
「こんなことやるんだよ」と
ちらみせはしてくれるけど
本番ではいつも先生に抱っこされて
登場。しかも大泣き。
舞台で注目を浴びるのが好きな長女とは
正反対の性格だったので
保育園の先生にはいつも
「当日出たがらなくても
どうか急かさないでもらえると
助かります」
と伝え、次女の性格をわかってくださる
園の先生や園長先生のおかげで
年を重ねるごとに、人前にあがることが
できるようになりました
小学校へあがり
ココロ強い長女が一緒に登校。
元気に学校に通う日々でしたが
2年生になった頃
月曜日になると
お腹がいたくなったり
微熱がでたり
学校を休みことがちょっぴりありました。
3年生になり、長女はすでに卒業。
一人で学校へ通うことがふえると同時に
月曜日と水曜日に休むこともふえました。
原因は正直、今でもわかりません。
当時、長女が分析していたのは
「苦手な授業や発表するものがあると休みたがる」
といったのもの
それも正しい分析かは別として
次女の気持ちの中に
何か踏み出せないものがあるということだけは
確かでした。
子育ては正解がありませんね
4年生、5年生と学年があがっても
学期の中で
月曜日と水曜日の休む率は多く
一時期、こんな?私も悩んでいたことがあります。
夫とも相談して
とにかく休むことをどうこういうよりは
そのまま見守ることをきめて
今に至ります。
担任の先生には
個人面談のとき、必ず、その話をして
どの先生も学校でトラブルがあった様子はない
とか
みんなとなかよくすごしている
など
ちょっと気にかけてもらいながら
過ごしていました。
そして、5年生の後半からは
体調不良をのぞいて、休むことは
まったくなくなりました
学校は毎日行くこと
給食は絶対残さず食べること
~したいよりも
~すること
が増える学童期。
また休むことが増えることがあっても
私はいつも一番に次女の味方で
いたいと思っています。
親でありながらも
悩んだり、立ち止まったり、戸惑ったり
しながら、子供とともに
歩んでいけたらいいなと
12歳を迎えた次女の
誕生日に、改めて思う次第です
もうすぐやってくる
小学校最後の夏休みも
満喫できるように
プランニングしなくちゃ
さて、今夜は次女のすきな
夕飯メニューをつくって
お祝いしまっす
うまれてきてくれて、ありがとう