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『こころとからだと人と自然と。』

人生5回も死ぬ目に遭えば、否が応でも強く、しなやかになる。
人生を楽しみながら歩く錦ちゃんのブログ。

こんにちは♪錦ちゃんです(‘-^*)/

 

水平線が限りなく広がっていると、

 

微妙に湾曲しているのがわかるそうです。

 

そこまではないですが、すごくいい眺めです。

 

もう春霞?な感じで霞んではいますが。

 

ここは、佐賀の男女神社。

 

縁結びで有名な神社です。

 

おはようございます♪錦ちゃんです(‘-^*)/

 

『おせちを作る意味』の続きです。

 

それではどうして日本では、

 

八百万の神信仰が根付いているのでしょう?

 

それは気候や風土が落ち着いていて、

 

国土が豊かだからだと思います。

 

豊かだけれど、時として自然は、

 

猛威を振るう時があります。

 

そういった気まぐれな部分が、

 

神を擬人化させるのかもしれません。

 

この八百万の神信仰に近いのは、

 

ギリシア神話でしょう。

 

ギリシアも気候や風土が安定しています。

 

そして様々な神がいます。

 

日本に負けず劣らず、とても人間くさい神々が。

 

 

 

逆に豊かではなく、気候が厳しい場所での信仰は

 

どうなるかと言うと、一神教になります。

 

川やオアシスの近くにある町から一歩外れると、

 

砂漠が広がっているようなところです。

 

人は砂漠では生きていけません。

 

つまり、死と隣り合わせの世界です。

 

そういった環境では、たくさん神様がいると、

 

人は混乱してしまうわけです。

 

「船頭多くして船山に登る」というやつですね。

 

だから絶対神という唯一の神

 

しか存在しないのです。

 

それがキリスト教やユダヤ教、イスラム教です。

 

これらの信者からすると、

 

日本のような八百万の神信仰は、

 

ちょっと考えられないことでしょう。

 

たくさんの神々が、年に一度出雲に集まるなんて、

 

そんな人間くさい神こそ胡散臭い

 

と思うかもしれません。

 

彼らの神は、全知全能の神、唯一人だからです。

 

 

 

日本は豊かだからこそ、たくさんの神々がいる。

 

その神々を絶対的なものではなく、

 

人に近しい存在として捉えています。

 

だから「かまどの神様にも、お休みして頂く」

 

という考えが生まれるのでしょう。

 

神様に思いやりや、やさしさを持てる

 

国民性なのです。

 

神様に思いやりを持つ話は、他にもあります。

 

かさ地蔵もその一つです。

 

このように、神様にも思いやりを持てる国民性

 

のある国は、そうそうないと思います。

 

ましてや実体のある人に対しては、

 

さらに思いやりが持てることでしょう。

 

こういう国民性のある日本人として、

 

誇りを持って生きていきたいものです。

 

終わり

こんにちは♪錦ちゃんです(‘-^*)/

 

『おせちを作る意味』の続きです。

 

日本の宗教観は、

 

基本的に八百万(やおよろず)の神信仰です。

 

巨大な岩も神様。

 

何千年も生きている大木も神様。

 

古い町には、各所に恵比寿様や

 

お地蔵様もいらっしゃいます。

 

水の近くには弁天様もいらっしゃる。

 

お寺も神社もあります。

 

いろんなところに神が宿っていたり、

 

神様がいらっしゃる。

 

もちろん人にも。

 

その八百万の神信仰が、

 

自分では気がつかないところまで浸透しています。

 

 

 

自分は無神論者だと言う人もいると思います。

 

そんな人でも鳥居にしょんべんをひっかけるのは、

 

なかなかできないんじゃないかと思います。

 

(しょんべんをひっかける行為というのは、

 

 あくまで不謹慎な行為の例えですが)

 

バチが当たると思った時点で、

 

人を超えた大いなるものに対して、

 

畏れを抱いているということです。

 

つまり、それが信仰心だということができる

 

と思います。

 

 

 

除夜の鐘を撞きにお寺に行った後、

 

平気で神社に初詣をしに行く。

 

なんならクリスマスに教会に行って、賛美歌も聴く。

 

それは、いろんな神様がいるのが当たり前だと

 

無意識に感じているからでしょう。

 

つづく

こんにちは♪錦ちゃんです(‘-^*)/

 

おせちを作る意味って知ってますか?

 

と言うか、おせちって元々正月三が日、

 

3日間かけて食べるものなんだそうです。

 

うちでは2日目までは、余ってるから

 

しょうがなく食べるというような感じでした。

 

 

ではなぜ三日間かけて食べるのか?

 

正月三が日は「縁を切る」ことがないよう、

 

できるだけ包丁を使わない

 

と言った諸説が色々とあるようです。

 

しかし僕はこの説が好きです。

 

正月三が日は、

 

かまどの神様にお休みしていただく日だから。

 

「神様にお休みしていただくって、

 

 労働者かよっ!」

 

って思わずツッコミを入れたくなりますよね。

 

つづく

こんばんは♪がめ煮な錦ちゃんです(‘-^*)/

 

がめ煮は、こちらでは、お正月料理の

 

定番のひとつです。

 

僕も大好き。

 

食べるとほっとします。

 

ただ見てくれがイマイチ。

 

お正月料理の中では、残念ながら

 

あんまり美味しそうな感じはしません。

 

茶色系の色が多いせいなんでしょうね。

 

でも食べると、美味しいんです。

 

年末年始で食べ過ぎて、

 

少し無理をし過ぎた胃腸にも優しい料理。

 

それが、がめ煮です。

 

.

 

僕も見てくれがイマイチ。

 

初対面の人からはだいたい敬遠されるそうです(笑)

 

そしてよく言われます。

 

「しゃべってみると、錦ちゃんが、

 

 こんなにいい人だとは思わなかった。」

 

「こんなに面白い人だとは思わなかった。」と。

 

がめ煮にとっても親近感を覚えた

 

今年のお正月でした( ´艸`)

 

よし!今年はがめ煮になろう!