違う、と即答できないくらいまでは整理がついてきているものの、かといって「実はそうなんだ」と朋子に話すのもためらわれる。
仕方なく、徹司は答えた。
「違うことはないんだけど……、だけど、その、……付き合いたいとか、そういうことは考えてなくて」
「どうして?」
「どうしてって……だって、うまくいくはずもないし」
我ながら情けない内容だと思うので、声も小さくなっている。
「モモちゃん、さ」
「うん?」
「もっと、自信持ちなよ。持っていいよ」
力強く、朋子が断言した。
「自信……」
「そうよ。モモちゃん、すごいんだから。演劇だって、そう思うよ?セリフもすぐ覚えちゃったし、演技もしっかりできてるし」
ストレートな朋子の誉め言葉は、まっすぐに徹司の胸に突き刺さった。
そうなのか?
いや、信じていいのか?
お世辞……という可能性は?
一体今日一日で、徹司は何度絶句させられたことだろう。
我ながらおかしくなり、徹司は思わず吹き出してしまった。
その徹司の笑い声を、朋子は自分の言葉を冗談と思われた、と思ったようだ。
「モモちゃん、ホントの話だよ?もっと、自分を信じていいんだってば!」
やや語気を強めて、言う。
ここまで自分のことを全面的に肯定されたのは、徹司にとっても初めてのことだった。
あたたかいものが、胸の中にじわっと広がっていく。
自分を、信じていいんだ。
そんなちっぽけな結論が、ここまで徹司の胸を騒がせる。
「ありがとう、トッコ」
万感の想いを込めて、徹司は感謝の言葉を口にした。
その夜の電話は、長くなった。
おそらくは――いや間違いなく、今までの徹司の人生の中での最長記録を更新した。
徹司自身、随分と気分が高揚していたのだろう。
そして、そのテンションは電話の向こうの朋子にも伝染したのだろうか。
演劇のこと。
クラスのこと。
大学進学のこと。
将来のこと。
はては、朋子の片想いの相手のことにまで、話は展開して行き。
終わりの見えないおしゃべりに終止符を打ったのは、徹司の父・征司だった。
深夜にまで及ぶ長電話に、さすがに堪忍袋の緒が切れたのだろう。
居間のドアをものすごい勢いで開き、つかつかと電話口に歩み寄る。
そして、一応電話の相手に遠慮をしたのだろう、『さっさと寝ろ!』と大きく殴り書きしたメモを、徹司の目の前に叩き付けた。
迫力に負けて、徹司は言葉を失った。
征司は、そのまま背を向けて、居間に帰っていく。
朋子も、なにやら不穏な気配を察したらしい。
明らかな小声で、
「モモちゃん?どうかしたの?」
と、訊いてきた。
徹司も小声で返した。
「ああ、ごめん。ちょっと長くなったせいで、親父がだいぶ頭にきたみたい」
「え、大丈夫?」
「うん、大丈夫。だけど、今夜はもう無理かな」
朋子を安心させようと、徹司は笑って言った。
「ん、わかった。じゃあ、また学校でね」
「了解。……あ、トッコ?」
「なあに?」
「ありがとうね」
うふふ、と、朋子は嬉しそうに笑って、どういたしまして、と答えた。