田村秀『暴走する地方自治』 | (元)無気力東大院生の不労生活

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勤労意欲がなく、東京大学の大学院に逃げ込んだ無気力な人間の記録。
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でした。

 田村秀『暴走する地方自治』を読了。


 評価出来る点もあるが、地方自治の研究者が書いた本としてはバランスを欠いた不良品と言わざるを得ない。


 評価出来るのは、第一章で検討される大阪都・中京都・新潟州の各構想の問題点をきちんと提示した点である。確かに、それらの構想には問題点が多い。その問題点を丁寧に論じたのは評価されるべきだろう。


 ただし、だからと言って、それらを唱える首長が暴走しているのかと言えば、「否」と答えるのが私は研究者として取るべきスタンスだと思う。


 そもそも、各首長が全て正しい行いをする訳が無い。総務省が統一見解を示した以前なら露知らず、今まさに地方分権の時代である。一定の枠内で、全国で多様な取組みを認めることこそ、地方自治の真髄であるのだ。少なくとも、上に掲げた構想を声高に叫ぶ首長たちは、それ以外のところで、それなりの成果を上げ、中には全国に普及するような取組みもないわけではない。


 最初は、確かに突飛な取組みかもしれない。総務省を代表とした中央政府の見解と相違する取組みかもしれない。それでも、そういう取組みの中から、新たな可能性が切り開かれていくのだ。

 

 第二章では、上記以外の耳目を集めた首長を紹介し、彼らが進めた改革も、結局は大きな成果を上げなかったとまとめられている。これも、一面しか見ない偏った議論だ。例えば、私が住む横浜市の中田前市長が紹介され、氏については市長辞職前後の騒動やその後の参議院議員選挙惨敗などをあげている。確かに、中田市政の二期目は酷かった。辞めた後の言動も首をかしげることが多い。しかし、氏の一期目は、厳しく見ても、改革の成果があったはずだ。市長退任後の中田氏は暴走しているかもしれないが、彼の残した成果はきちんと評価すべきだろう。


 第二章で他に取り上げられる首長もマスコミを賑わせた方々ばかりで、そういう人達を取り上げるのは本としては面白いが、やはり偏っている。例えば、我孫子市の福嶋浩彦元市長など、地方自治関係者であれば誰もが知る改革派の首長だったが、何故か紹介されていない。福嶋氏は時に国にも立てついて様々な成果を上げたが、そういう事例は、流石に総務省出身の著者には鼻持ちならなかったのだろうか。

 ここで、これみよがしに阿久根市の事例を紹介したりするのは、悪意さえ感じる。


 第三章や第四章では、「地方主権」や諸外国の地方自治制度について論じている。ここでも、少々厳しく言えば、「結局、日本の現状の地方自治制度でOK」と言いたいとしか思えない記述が目に付く。確かに、著者が言うところの暴走する首長たちが盛んにやるように制度いじりをすれば、地域が良くなるなんてことは断じてない。それは、その通り。それでも、だからと言って、現状では困っているというのも、おそらく現場レベルの首長たちが日々感じている感覚だろう。現行制度と現場感覚の微妙なズレ。これを各地で調整する過程が創発し、ベストプラクティスが生まれれば、それが波及する。そういうダイナミズムが見られる(見られるかもしれない)というのが、現代の日本が採用する地方自治制度だろう。それを認めないのであれば、旧自治省を復活させ、全国画一の制度を使い回せば良い。著者は、結局、自治省の復活を望んでいるのだろうか。


 諸外国の事例は勉強にはなるが、それはそれ。日本は日本で独自の制度を作れば良く、「諸外国と比較して日本は悪くない」なんてことを言っていても、それは何の意味もなさない。


 第五章以降は、若干時事批評めいた文章で、新書でなければ不採用とされた部分だろう。現職官僚として省庁や政権を批判した古賀氏への批判は興味深いが、それと地方自治の議論がつながっていると思わせるような記述はいただけない。


 著者から見れば、首長を中心として、各地の自治体で暴走が起きているのかもしれないが、その認識は明らかにズレている。


 これまたどういう訳かきちんと言及されないが、例えば全国各地で地方議会が自らの役割などについて定める議会基本条例を制定し、議会改革を進めている。そのような議会にあっては、著者は思い描くような首長や自治体の暴走は抑制されていると言って良く、首長と議会が二元代表制という枠組みの中で、お互いが緊張関係の中で自治にあたっている。

 

 著名なところでも、最初に議会基本条例を制定した北海道栗山町、議会の熱心な活動が光る北海道福島町、議会改革を進める福島県会津若松市、首長と議会が切磋琢磨して数々の興味深い施策を展開する千葉県流山市、本書の著者と同じく総務省出身市長のもとでキラリと光るアイデアで地域を活性化する佐賀県武雄市、いくらでも、改革の成功事例はあげられる。著者から見れば、それらも国の言うことを聞かない暴走かもしれないが、それぞれの地域では首長が再選を重ねるなど、地域住民にも評価されている。


 もちろん、暴走と呼べなくもない首長や自治体もあるが、そういう例だけ取り出して、さも地方自治は問題ばかりと思わせるような本は、どうしても、承服出来ない。


 申し訳ないが、暴走しているのは著者の方ではないか。


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