秋
日本のツバメたちは、
塒入りを経て、旅立っていきました。
音楽の教科書にも掲載されていた歌 『ドナドナ』
2番の歌詞にツバメは登場します。
日本で知られている歌詞(ザ・ピーナッツが歌唱したバージョンと、NHKみんなのうたを経て広く知られたバージョン)では共に
爽やかに飛び回るのみですが
原曲(Joan Baez歌唱YouTubeで視聴できます。心にしみる歌声です)
…の、
さらに原曲(ミュージカルEsterkeの劇中歌『Dana Dana』)では
夜半まで笑って笑って笑い続け、飛び回るツバメ
が登場します。
作詞ショロム・セクンダ(ウクライナ生まれのユダヤ系米国人)、
作曲アーロン・ザイトリン(ベラルーシ生まれ、ポーランド侵攻直前にワルシャワからニューヨークへ移住)
Esterkeというミュージカルはイディッシュ語(東欧のユダヤ人の言語)で創られた作品です。
ロシア帝国や東欧諸国によるポグロム(主にユダヤ人を対象とした集団的迫害行為。『屋根の上のヴァイオリン弾き』とその原作にも描かれています)から逃れたユダヤ人の一部は米国へ渡りました。
彼らによる文化の一つに、イディッシュ語でその身の上を語り伝える音楽劇があり、その一つがEsterkeだったそうです。
ちなみに 1939年上演の『オズの魔法使い』はこの前年の作品。劇中歌『虹の彼方に』も作詞作曲はユダヤ人。
そう思ってこの映画や歌詞を思い起こすと、また違った見え方があります。
そして、『Esterke』は杉原千畝氏が分割占領下のポーランドを脱出してきたユダヤ難民にビザを発給した1940年と同じ年の上演だそうです(この時、出国に成功した人々の一部は、日本の福井県小浜へ逃れています)。
話は戻って
ドナドナ すなわち Dana Dana とは、一説によると『アドナイ』、つまり(ユダヤ教の)『主よ』と呼びかける言葉の変化したもののようです。
繋がれ 閉じ込められ 売られていく子牛に自分たちの境遇を重ね
自由に飛び回りつつ子牛を執拗に嘲笑し続けるツバメを対照的に唄った。
そういう歌のようです。
不満はやめるんだ!農場主は言った 誰が子牛に生まれろと言ったんだ?
あの誇らしげで自由なツバメのように なぜおまえは空を飛ぶ翼がないんだ?
子牛たちはたやすく運ばれ 屠殺される 理由も知らず
自由を大事にするものは誰でも ツバメのように飛び方を学ぶ
といった歌詞です。
日本語の歌詞は無難に変更されているとはいえ
子供の頃 何も知らずに歌っていました。
一方で
芸術表現やスポーツ祭典などは プロパガンダの手段でもあります。
上述の『屋根の上のヴァイオリン弾き』や『サウンドオブミュージック』はアカデミー賞受賞作品ですが…
娯楽として鑑賞する以外の見方も…
たとえば、
映画や舞台を作るには多額の費用が掛かったと思います。
米国にはユダヤ系富豪がたくさん住んでいるなあ。
広告費が集まる作品はどんなのかな。
賞レースの審査員はどんな人かな。
『サウンドオブミュージック』の舞台であったオーストリアのザルツブルグは、実際にはドイツへの帰属を切望していた
なので
併合されて多くの住民は喜んでいた。
史実とあまりにも異なる描写が反発を呼び
同国では一度も上映されていないそうです。
ところで
昭和60年ころまで小学校の教科書に掲載されていたフランス小説『最後の授業』は
アルザス=ロレーヌ地方があたかも元々フランス領であるかのように言語統制について描かれています。
これは民族同化を目的とした創作小説(新聞連載)であるし
また、
馬頭琴の歴史を描いたモンゴル民話として日本では知られる
『スーホの白い馬』は
中国の共産主義アピール用プロパガンダとして改変・政治利用されたものが日本で絵本や小学校の教科書に掲載される作品となったという経緯があり、
実はモンゴルでは知られていないのだそうです。
しかし、時代が現代へと移ると
映画『シンドラーのリスト』のように、史実はほぼそのままを描写した作品もあります。監督はユダヤ系米国人のスピルバーグ氏。十年の構想期間を経て、監督料は受け取らずに携わったとされています。
善性とは?正義とは?オスカー・シンドラーについて、レオン少年の日記などを元に、ポッドキャスト番組COTENラジオでも解説されていて、私も改めて考えました。
たまたま『思いがけず利他』
という書籍を読んで、自分なりに色々考えていたところでした。この書籍、親鸞聖人の説く『他力本願』から落語の『文七元結』、ヒンディー語の文法から自己責任論、と様々な視点が挙げられていて、とても深くてかつ読みやすいです。
さて…
子供の頃なんとなく刷り込まれ 信じていたあれこれ
大人になり んと違和感を感じた時に 自分で自分のアタマを変えられる柔らかさを
揺さぶられても折れずに自分のアタマで考え調べる余裕や教養をもてるか
真偽入り混じった情報が飛び交う昨今 そう考える日々です。