古代日本の勢力図 (1〜2世紀ころの様子)
①九州〜朝鮮半島南部
倭の連邦国家群。
魏志倭人では、百余国の集まりであり、それぞれが国王を名乗る。
さらに、そのうち30ヶ国が、中国と交易があった。
日本書紀では、景行天皇や神功皇后の頃、九州地区が併合され、
魏志倭人伝印受の記述もある。
(九州地方の邪馬台国は、日本に併合された。)
②中国地方
出雲王朝。大陸との交易はなく、中国側の記録にはない。
③近畿地方
日本。
皇紀では、現在より2660年前(現代歴で、紀元前59年±60年??)に建国。
のちに、出雲や倭の国家群を順次併合し、日本列島を統一していく。
魏志倭人伝に、「日本人は春耕秋収で年期となすため、百歳、或いは八九十歳」の記述有り。
554年ころ、元嘉歴が伝わるまで、半年で一年と数えていた。
60年に1度めぐる「辛酉年」が初代天皇即位のため、おそら西暦と皇紀は、下記の対応。
西暦541年 皇紀 540年
西暦491年 皇紀 440年
西暦441年 皇紀 340年
西暦391年 皇紀 240年
西暦341年 皇紀 140年
西暦291年 皇紀 40年
西暦191年 皇紀 -160年
西暦141年 皇紀 -260年
西暦 91年 皇紀 -360年
西暦 41年 皇紀 -460年
西暦 -9年 皇紀 -560年
西暦 -59年 皇紀 -660年
日本書紀で百済の肖古王 貴須王(390年ころ)と、邪馬台国(240年ころ)が並列記述されているのも、750年頃の日本人が数百年前の資料や伝聞をまとめるのに、西暦と皇紀の記録が、区別できなかったため。
次回「倭とは?」へ続く〜。
















