我々の光業界は、他の製造業とちょっと違っていて、


一般的な「景気の影響」とは無縁のものだと思っていました。


(実際に1980年~2000年まではそうでした。)


しかし、10年前の「ITバブルの崩壊」以来、業界は混乱を極めました。


崩壊後のメーカーたちは荒れ果てた戦場の跡で成す術もなくしばらく途方にくれていた時期もありましたが、


いち早く再構築を打ち出した会社だけが何とか首の皮一枚だけ生き残れました。


光業界はバブル崩壊後の2年位の間で目まぐるしい勢いで淘汰されていきました。


そして「光」という特別に恵まれた環境にあったはずの業界はもう見る影もなく、


普通に周りの景気の影響を受けるだけの(光だけでは成り立っていかない)体質になっていました。


そうして3年前の「リーマンショック」が訪れます。


やっとこさ通信以外の新しい方向に軌道修正したかと思った矢先の出来事でした。


「自分たちの技術さえあれば何とかなる」という時代はとっくに過ぎていました。


またもや暗くて長いトンネルを走ることになりました。


この分野のお仕事も、徐々に中国のメーカーが引き合いに出てきて久しくなりました。


「中国は安いが品質は良くない」という我々の慢心も通用しなくなっています。



もはや「美味しい業界」ではなくなった今、


我々にできることは(私を先頭に)限られたスタッフの能力を最大限に発揮し、

お客様への満足度を上げていくことだと考えております。


日本の中だから出来ること、日本人だから出来ること、


そういうきめ細かいサービスとアイデアが、今だからこそ必要と考えます。


・・・というのは当たり前、これからはもっと新しい切り口を考えなければ!!です。






今年に入って、少し気忙しくなってきた感があります。


勿論とても良いことであり、特筆すべきところでは新規のお客様が増えていることでしょう。


社長業で一喜一憂するのは退屈しなくて良いのですが、


みんなの生活はなるべく安定させていたいものですね。






てんびん座  てんびん座  てんびん座  てんびん座  てんびん座  てんびん座  てんびん座  てんびん座  てんびん座  てんびん座  てんびん座  てんびん座




本日はなんとバレンタインデーという行事だったらしい。


モテない社長は会社では何ももらえず、帰ってきたらかみさんからももらえず・・・


唯一もらえたのは義理の姉2人からと一歳の姪っ子から。


あっそうそう、昨日のゴルフ練習場でももらったっけ・・


んー、義理深い・・・ありがとうございました。




今晩の夕食は、グラタンでしたー




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右端に移っているのは愛犬の鼻ですわんわん






そうそう、昨日のブログで「グラミー賞」のこととか「松本孝弘と上原ひろみ」のこととか書いていたら、



当の本人達が貰っちゃったねー



奇遇ですなー



「SPAIN」は、グラミー賞への課題曲なのか!?










そのうち寺井尚子も貰えるかも!?
アル・ジャロウは、1940年生まれ。

アイオワ大学で心理学を学んだ後カウンセラーの仕事をしている。

その後ロスへ渡りクラブで歌い始め、最初のアルバムデビューは1975年。

35歳になっての遅咲きのジャズボーカリストである。


広い声域に、ソフトかつ伸びやかな歌声と卓越したボーカル・テクニックを持ち、

中でもスキャットは特技ともいえるほど優れた個性を確立している。

彼の持ち味は、打楽器のスプリットを源泉としており、

その歌はまさにパーカッションのヴォーカル化である。

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1978年にLook to the Rainbowが、1979年にAll Fly Homeが

グラミー賞の最優秀ジャズ・ボーカル・アルバム賞を受賞した。

それらを含めグラミー賞に関しては受賞5回、ノミネートにおいては10回という常連さん。

1980年からはジェイ・グレイドンやナイル・ロジャース、ナラダ・マイケル・ウォルデンらのプロデュースの下、

AOR/ブラック・コンテンポラリー路線でポップ分野でのヒットを生む。



とりあえず、有名どころの「SPAIN」↓



ガットのドラムとジョーサンプルのピアノも最高ですよね。

この曲はチック・コリアの1972年の曲ですが、

アルがカバーして以来いろいろな人が演ってますね。

スティービー・ワンダー(ハーモニカ)や、

日本でも寺井尚子(バイオリン)、松本孝弘(ギター)、上原ひろみ(ピアノ)とか。



1985年にはUSAフォー・アフリカに参加し、

ウィ・アー・ザ・ワールドのブリッジ部分でリードボーカルをとった。

このときの南アフリカの女性の感謝の辞のスピーチの時に、

アルがもらい泣きをしていたのが印象深い。

彼の人柄の良さを垣間見た場面だった。


2006年にはジョージ・ベンソンとの共作、"Givin' It Up"を発表しており、

自己のヒットナンバー、"Mornin'"をカバーしている(らしい。まだ聞いていない)


彼も恩歳70歳。

昨年は公演先のフランスで呼吸障害で倒れ、病院に搬送。

「重篤な状態」とも報道されたが、順調に回復しているらしい。


まだまだこれからも素晴らしいスキャットを聞かせてもらいたいものだ。

音譜音譜音譜音譜音譜音譜音譜音譜音譜音譜


本日は、かみさんがB反市(着物のアウトレット!?)に横浜に行くということで

伊勢原駅まで送る。

その後自分はゴルフ練習場へ。

昨日までと違って今日はとても暖かかった。

けっこう汗かいてしまった。



100球ほど打ってから帰宅し、

最近少々匂ってきた愛犬をシャンプー。


格闘の末、さっぱりした~と思ったら・・・奴さんは庭に出て体を地面にこすり付けて泥だらけ。

もういい、臭くなければ・・・



夕食はサーディンピザにしよう、と思ったらピザソースがなかった。

作ればいいじゃん、というところから始まりソース作りだけで一時間。

とても美味しいピザが出来上がりました。

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当時、スタジオミュージシャンでもあり音楽プロデューサーでもあった



デビット・フォスタージェイ・グレイドンの一回こっきりの限定ユニットバンド。



1980年にアルバム「ロマッチックス」を発表したが、そのとき参加したプレーヤーは、



スティーブ・ルカサー、ジェフ・ポカロ、スティーブ・ポカロ 等々の



TOTOのメンバーを含む大物ミュージシャンたち。



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「AOR」の奔りでもあった「AIRPLAY」と「TOTO」



以降の日本の音楽業界へも大きな影響を与えることとなる。



また、このアルバムは音楽に携わる人たちのバイブル的アルバムと言っても良い。



デビットとジェイはマリブにあるアリスクーパーのビーチハウスで曲作りに励み、



ノースハリウッドにあるジェイのスタジオでレコーディングに取り掛かる



彼ら曰く、



「あのアルバムを特別なものに、とは思わなかった。演りたい事を演っただけだったよ!」



1.. Stranded 祝日



2. Cryin' All Night 祝日



3. It Will Be Alright



4. Nothin' You Can Abiut It



5. Should We Carry On



6. Leave Me Alone 祝日



7. Sweet Body



8. Bix



9. She Waits for Me



10. After the Love Is Gone 祝日



「After the Love Is Gone」は、デビットが先にアース・ウインド&ファイアーに提供した曲だが、

そのときの題名は「After the Love has Gone」

歌詞も若干変えている。


彼らは「AIRPLAY」としてのバンド活動は一切行わなかったが、



デビッドがプロデュースした「JT Suprer Producers '94」ではジェイをゲストとして迎え



スポット的に披露することはあった。





Nothin' You Can Abiut It

このユニットアルバムを皮切りにこの2人は引っ張りだこの人気音楽プロデューサーとなっていくのであった。



そのデビットが昨年来日した。

勿論観に行ったが、その時の内容は[D]のときに記そう。音譜音譜音譜音譜音譜音譜




さて、本日は愛車を点検に出していたので、それを引き取りにボルボ小田原店まで行った。

ディーラーから帰ろうとしたときに、別の営業マンが名刺を持って挨拶に近寄って来た。

「ラムダプレシジョンの社長さんですよね?」

そう、彼は当社の取引先である秦野にある蒸着メーカーに居て、当社の窓口をしていた方だった。

へー、人生いろいろだなー。



お昼も過ぎていて(朝食も摂っていなかったので)かみさんと2人でうどん屋探しの旅に出た。

私の我儘で、どうしても「うどん」が食べたかったが、この近辺は「蕎麦屋」しかない。

まあ、箱根のお膝元だから蕎麦屋が多いのは分るが、私は「うどん」が食べたかった。

かみさんに携帯で近辺の「うどん屋」を検索してもらったら一軒だけあったが、ちょっと遠い。

しかも山の方だ。

でもいい、「うどん」が食べたい。

ナビのとおりに走っていくと、だんだん風景が怪しくなってきた。

あと3kmというところで「チェーン装着」の看板が出てきた。

でももう少しだから・・・

かみさんは「もう戻ろうよ」と消極的だったが、私は「うどん」が食べたかった。

何とかギリで到着。

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そこは民家風の渋い感じのお店。

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さあ、「何のうどんにしようかな~」とメニューを見たら、温か系は3種類しかない。

カレーうどん、とろろうどん、あと釜揚げうどんみたいなものの3種類。

「あれれ?」

実は、私はうどんといえば「天かす」がないとうどんではないと思っている。

天ぷらはいらない。

「天かす」でよいのだ。

それ系(天かす系)が無い!!

まあいいか、「カレーうどん」にしよう。

かみさんは「とろろ」うどんに。

そこのお店には「おでんコーナー」もあり、うどんが来る前に大根とウズラ巻きを食す。

これは我々にとっては味が薄かった。


そしていよいよ待望の「うどん」が登場。

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右の方のハンバーグみたいなものが入っているのがカレーうどん。

それをだし汁に溶かして食すらしい。

・・・・・

ご馳走様でした




何とか無事に伊勢原に戻ってきてコーヒーの買出しに。

いつものコーヒー専門店で、今日は3種類×100gずつ購入。

ここのお店では、豆を曳いている間に好きなコーヒーを

そこで売っているコーヒーカップに入れて試飲できる。

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これで食後のコーヒー代が浮いた。

コーヒーコーヒーコーヒーコーヒーコーヒーコーヒーコーヒーコーヒーコーヒーコーヒーコーヒー



夕食は水炊きにした。

〆に冷凍うどんを入れて食べたらとても旨かった・・・

ふう・・