大宮デン助 | 昭和歌謡ブログ マンボウ 虹色歌模様

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12月23日は、浅草の喜劇俳優・大宮デン助の命日です。
1913年(大正2年)東京浅草生まれ
1976年(昭和51年)12月23日逝去

 

 

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大宮敏充は浅草生まれで、浅草オペラの田谷力三に憧れ芸能界に入り、26歳で一座を結成しています。

その名を全国区にしたのは、NETで昭和34年から放送が開始した「デン助劇場」ですね。
あの番組で、ドングリまなこ、ハゲづらを被り、不精髭を生やし、頭を揺らして歩く姿は、つい笑ってしまいます。

あの風貌は、ドリフターズの加藤ちゃんのハゲ親父と同じでしたよね。
加藤ちゃん、真似したかなって感じです。

デン助というのは、大宮敏充が扮した役名ですが、役名がすっかりお馴染みになり、みんな大宮デン助って言っていましたよね。
デン助のキャラクターは、浅草国際の裏に住んでいた江戸っ子の木村伝助さんをベースにしているそうです。

デン助劇場は、大宮敏充が主宰のデン助劇団が、人情喜劇を松竹演芸場から劇場中継したもの。
主役はもちろん大宮敏充。
デン助の周りに起きる出来事が、笑いと涙を誘う人情喜劇でした。
番組からのプレゼントで、頭を揺らすデン助人形が視聴者に贈られました。

最近「なんでも鑑定団」に、あのデン助人形が出品されていましたね。
頭を揺らす感じは、竹中直人の笑いながら怒る人の首振りが似ていると思うのですが、どうでしょう。

デン助劇場の人気は抜群で、コント55号の萩本欽一もデン助にあこがれ、中学を卒業すると、弟子入りを頼んだこともあったそうです。

デン助劇場は、昭和47年まで続いてたそうですから、長寿番組だったのです。
浅草人情を伝えてくれた大宮敏充は昭和51年に糖尿病で亡くなっています。

 

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