助けてほしいの前に、助けたい人になる | 心に明かりが灯る言葉たち

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 たまに趣味で歌詞も投稿します。

おはようございます^^

さて本日は、助けてほしいの前に、助けたい人になる、というお話です。

苦しいとき、誰かや何かに助けてほしいと思うのは、普通のことです。
そんなとき、助けてもらえないと、やがて怒りがでてきて、
助けてくれない、傍観している相手に対して、憎しみを持つ人もいます。

しかし、助けてほしいというその人自身が、自分で自分を助ける気がないなら、
周りがいくら手助けしても、根本的には何も変わらないのです。

イジメの問題もそうです。
イジメられる側が、助けてほしいと思うのは当然です。
周りのクラスメイトも、助けたいと思っている子もいるかもしれません。
しかし、当然、そうすることで、自分もイジメられるかもしれないという
リスクを、自然と考えるものです。

そのリスクを理解した上で、イジメられっ子を助けたとしても、
今度は、イジメられっ子は、何かあったらその助けてくれる人の後ろに
隠れるようになります。自分では戦わずに。

自分で戦おうとしない人を、自分で解決しようと思わない人を、
助けたいと思いますか?

まず自分が戦う姿勢を示すから、助けてくれる人が出てくるのです。
周りが助けてくれない、私はかわいそうなイジメられっ子、
そう思って、蹲っているだけでは、助けは得られません。

ただし、子供の場合、親や先生が導きが必要なのも事実です。
ただ助けるのではなく、自分で解決できるように手助けする、ということです。
しかし、大人になっても、そういうイジメられっ子体質のままの人もいます。
自分は弱くてかわいそうな子、というアイデンティティのまま、大人になってしまった人です。

ことあるごとに同情を求めようとし、自分で強くなろうとせず、
自分で自分を助けることもなく、力がある者・・・上司など・・・に媚を売り、
自分の気に入らない人を、その他人の力を使って排除しようとする。

当然、そういう人は、老若男女問わず、全員に嫌われます。
まともな上司なら、そういう人間のいうことは真に受けませんが、
上司が痛い人の場合、その他の人は言いがかりをつけられたりします。

そうやって、できる人がいなくなり、その会社は衰退するのです。
自業自得、因果応報なので、同情の余地はありませんが。

ともかく、自分が助けてほしいと思ったときこそ、
まず自分で自分を助けるために行動することです。

人は、不平不満を言わず、自分一人でも戦う覚悟をもって行動する人に、
心を動かされるのです。
そして、その人を助けたい、力になりたいと思って行動し、
助けられた方も、それに応えるために、一層努力し、
助けてくれた人が困っているときは、手を差し伸べる。
それが健全な関係です。

「天は自ら助くる者を助く」

助けてと言う前に、助けたい人になる。
ONE PIECEの、ルフィのように。