情熱と熱意とスニーカー -14ページ目

読書

最近読書を再開した。


読書に対して再開という動詞をつけること自体、間違っているような気もするんだけど。


それはさておき読書を再開したのだ。

世間的に見て凄いことでもなんでもない。


でも帰りの電車で読書することが多いのだが、

僕の場合寝てしまうのだ。

ぐーぐー。


そこにはヨダレだらけの本が僕の膝の上、もしくは目の前にいる人の膝の上に転がっている。


でも再開して思った。

今度は眠くない。


読んだ本が眠くなりにくい本なのかもしれないが、客観的に見ても成長したんじゃないかって思う。


こうやって「成長」を自分で褒めてやることで

読書というものに対しての好循環が生まれるのだ。


仲間


久しぶりの先輩から連絡があった。その人は、僕が今の会社に入った時、協力してくれた人で、相変わらず社長業を頑張っている。

前に「飯連れてってくださいよー」って話してたのに、連絡がないから、敢えてスポンサーから連絡してきたということだ。よっぽどの寂しがりやか、お人好しか。

いや、僕を仲間と思ってくれている良い先輩だ
。仕事ができる人は、連絡するタイミングがすごくうまい。

天性か、経験か。今度聞いてみよう。

きっと「そんなことないよぉ。たまたまだよ。」って言うに決まっている。

これ以上ない酒の肴になりそうだ。

お叱り

みなさんは上司に怒られた時、その上司の話している内容について、どう思いますか?

これは誰でもそうだと思うんだけど、上司が話している内容に対して、「それは少し違うんじゃないかな?」って思う部分ありませんか?

もちろん反省の中でのお説教ですので、大抵は上司の発言に間違いないことが多いんですが、ほんの少しは 違う部分 があって普通だと思うのです。

僕も大抵そうです。

ただし、今日、社長と長く話す機会があり、その中で散々怒られたのですが、久しぶりに全ての言動に素直に納得し、素直に尊敬の念が生まれました。

それは何故か。僕は考えてみました。

今回の件は、脳ミソがひっくり返るくらい気合い入れて資料を作りました。昨日寝たのも朝方5時です。

でも全然ダメだった。

これまで以上に真剣に作った資料であるがゆえ、これまで以上に内容に自信があり、理解していた。社長の指摘も死ぬほど悔しかったが、全てその通りだと思った。

未熟を自分だけで感じることは、実はあんまり分かってないってことなのかもしれない。

勉強になりました。