
上は繋ぎ合わせた写真です。
半田空襲
昭和20年(1945年)7月24日午前10時30分、アメリカ軍は中島飛行機製作所を目標として、B29爆撃機
78機が250キロ爆弾など約2140個を投下した。
一本木住宅44人、横川池付近49人、平池女子寮27人、山方地区29人、武豊町18人など270人以上が
犠牲となった。当日は曇天のため半ば無差別爆撃に近い状態で、工場や集落が破壊された。終戦の20日まえ
の事でした。
また、10日前の7月15日には小型戦闘機51機が、赤レンガ建物や市内を銃撃し8人が犠牲となったのです。
中島飛行機製作所は昭和17年に建設を開始した。敗戦までの3年間で、
海軍の攻撃機「天山」977機
「彩雲」427機を生産した大規模の軍用機工場であった。
本工場はJR乙川駅東側一帯の田畑や海を埋め立てて建設された、同時に
移送用飛行場も造成された。
東洋紡知多工場やカブトビール工場も買収し中島の施設として利用した。
全国各地から徴用者5千人、女子勤労挺身隊2千人、学徒動員1万人が
半強制的に働かされ、従業員
総数3万人を越える大規模工場であったため、半田の人口は倍増するほど
であった。
天山
全幅:14.89m 、全長:10.89m、 総重量:5,200kg、
最大速度:465km/発動機:三菱 空冷14気筒「火星」25型 1,850馬力、
爆弾:800kg×1または60kg×6武装:13mm 7.9mm機銃×各1、乗員:3名
初飛行:1942年2月
彩雲
全幅:12.50m、全長:11.15m、総重量:4,500Kg、発動機:「誉」21型 1990馬力/離昇
武装:30mm機関砲×1、乗員:2名(偵察型3名)、原型初飛行:1943年5月15日
ワレニ追イツク グラマンナシ」。「彩雲」は、この電文にあるように、太平洋戦争に参加した日本軍用機の中で最も速い飛行機だった。
引用はこちらからです。感謝
この場所は中島飛行機の跡地。
今は富士重工の所有地で三井物産がソーラー事業に乗り出した。
昨年完成して、中部電力経由で年間6000世帯分の電力を供給している。
富士重工さんは無人飛行機を生産しているという情報もあるが、
愛知県の航空機武器シェアは70%と高い。
この場所は中島飛行機の跡地。
今は富士重工の所有地で三井物産がソーラー事業に乗り出した。
昨年完成して、中部電力経由で年間6000世帯分の電力を供給している。
富士重工さんは無人飛行機を生産しているという情報もあるが、
愛知県の航空機武器シェアは70%と高い。
科学を否定しませんが、科学は常に軍事に利用される。文学も医学だって同じです。倫理や法律が足枷になります。その最高法規が憲法です。来年の参議院議員選挙後に安倍首相は憲法改正の発議を明言しました。それを、阻止する為には投票率をあげるしかありません。投票率が上がれば野党は伸びます。

