近所に県内でも有名な水子供養のお寺がある。
夏場は心霊スポットとしてもその名を馳せているのだが、夜も更けた頃、あろうことかそのお寺へ行かなければならなくなった。
森の中にある道とも言えぬ険阻な山道を登った所にある目的地を目指し、恐る恐る歩を進める。道に敷き詰められた落ち葉は湿っているようで、踏む度に足の裏に独特の弾力を感じた。
見渡す限り民家も街灯もなく、暗闇に慣れてきた目だけが頼りだった。
動物や野鳥、木々の気配までもが不気味に体に突き刺さる。
物音一つしない中、この時期にしては肌寒くも無く、薄気味悪さを纏った生ぬるい空気だけが辺りに充満していた。
記憶が正しければ、そろそろ山頂に辿り着くはずだが、お寺の屋根が見当たらない。
“迷子”という文字が脳裏を過ぎる。
と、その時同じようにお寺を目指しているであろうお爺さんの後ろ姿を見付けた。よく見るとその先にも何人か腰の曲がった老人が山頂を目指して歩いていた。
少し心強くなった私は、あと一息と思い彼らに着いて行く。
しかし、カーブの多くなった道で同士を見失ってしまった。
落胆の色を隠せなかったが、冷静になり、あることに気が付く。
思えば、同じようなところを先程からぐるぐるとしている気がするのだ。
そんな不信感を抱いていると、森の中に落ち葉が一層積もっている箇所が目に入った。
近付いてみると蔓で編まれた鳥籠のようなものが被せられている。それは大人ひとりがすっぽりと入るほどの大きさで、籠の中には人間の手や足がごろごろと落ちていた。
息を呑み、後ずさりしようとした時には既に遅く、バランスを崩した私は落ち葉の山に吸い込まれていった。
どうやら落とし穴が掘られており、落ち葉で目隠しをされていたようだ。
そんな事を考えるほど穴は深く深く、地球の反対側まで繋がっているのではないかと思えるほどであった。
電話で助けを呼ぼうにも、この時間に起きている人もおらず、呼び出し音だけが虚しく私の鼓膜を揺らした。
着地した場所はまたも落ち葉の上、なんと先刻足を滑らせた落とし穴のすぐ横だった。
立ち上がろうとするも、私の左足はいつの間にか足首からもがれている。
あの鳥籠の中に私の足も転がっているのだろうと思うと、悔しさと悲しみで胸が張り裂けそうだった。
零れそうになる涙を堪えようと空を仰ぐと、先程は気が付かなかったが鳥籠の上に誰か乗っている。
ぼやけた視界を拭い、焦点を合わせると、お寺の和尚が籠の上で歪んだ笑顔を見せながら獲物を待っていた。
衝撃を覚えながらも右足だけで近付いていくと、私と同じくらいの年の女性が今まさに手首をもがれようとしていた。
考えるよりも早く止めにかかると、女性と目が合った。目の下の隈が彼女の着ているドレスと同じくらい黒かったが、とても美しい人だった。
彼女は大きな目を細めて笑ったかと思うと、その目を見開いて私に襲い掛かってきた。
どうやら和尚とグルだったらしい。
私は右足も持っていかれる、とそう思った時、どこからか現れた女の人が和尚を一蹴して鳥籠から墜下させた。
落ち葉の上に転がった和尚はぴくりともしなくなった。
いきなり現れた救世主を見て仰天した。私の右足をもごうとしている女性と全く同じ顔をしていたからだ。
心底驚嘆したが、こちらの女の人は血色も良く清潔感で溢れていて、ドレスも白。まるで二人は天使と悪魔だった。
天使は魔法のようなものを使い、悪魔の足を鳥籠に固定してしまった。
自由に動けずに呻いている悪魔を見下ろしながら、天使が口を開いた。
二人は双子に生まれながらも別々の道を歩み、いつしか敵同士になってしまったと言う。
だがそれも今日で終わりにする、そう言うと私に悪魔を押さえつけておくように命じ、どこからかオペ道具を取り出した。
麻酔や消毒液と思しき液体を悪魔の右手首に線を引くように塗り、その上をなぞるように粉末状の硫酸で線を描く。
手際良くそこまでの作業をこなすと、ステーキナイフで手首の切断にかかった。
思わず目を伏せたが、彼女を押さえつけていた私の手を伝ってナイフの前後する振動が伝ってくる。
強く瞑った瞼の奥に、美しい顔を歪ませた悪魔の苦り切った表情が焼き付いていた。