車の窓から流れる景色は中世のヨーロッパのようだった。舗装されたばかりの道を走るシルバーの車は特別大きいわけではないが、三人乗るには十分な広さだった。私は後部座席で揺られながら前の二人の会話をぼーっと聞いていた。

「ここからだとそう遠くはないし下道で行くか?」

「いや、早く帰ってきたいし上で行こう」

二人はこの後の段取りや道順について話していた。

そうこうしているうちに車は見慣れた景色の通りに出た。目的の建物が近づいてくる。私は右手を鞄に伸ばすと、左手をドアにかけた。建物の前に車が止まるとすぐにドアを開けて車を降りた。

「ありがとう」

そう二人に声を掛けると、

「夕方までには帰るから」

という助手席からの声を聞いてドアを閉めた。その場を離れる車に向かって左手を軽くあげ、小さくなってゆく車を背に、意気揚々と石階段を登った。

ここに来るのは久しぶりだ。最後に訪れたときから十年近く経っているが、ここは変わらずに私にとって特別な場所だった。

小さな頃から本が好きだった私は、暇さえあればこの図書館に通っていた。ここにはたくさんの魅力的な本が揃っていたし、木造の二階建ての建物は実家にいるような安心感があった。壁一面に天井まで本が並べられていて、棚にも所狭しと本が詰まっていた。

私のお気に入りの場所は、二階のミシミシと音を立てる床を過ぎた角に置いてある茶色いソファーで、そこに座って一日中本を読み耽る事なんてざらだった。

小学校六年生の夏休み、大好きな本に出会った私はいつも以上に本に没頭した。ソファーに埋もれて、目から入る文字を頭の中で鮮明に、細部に至るまで映像化した。

今でもこのシリーズより面白い本には出会っていないと思う。そのくらいの衝撃だった。

何度も何度も読み返し、さらに頭の中で本の世界を膨らませていたある日、本棚の隙間から自分が何度も夢見た例の本の世界へ行ける事を知った。それは自分が頭の中で描いた通りの世界で、あぁ、ここは魔法の図書館だったのか。と思った。

それからも幼かった私は魔法の図書館に通い、本を読んでは自分の頭の中の世界と繋がっていた。

しかし、高校生になった頃から図書館へ足を運ぶ回数が徐々に減って行った。部活にバイト、勉強に恋愛、やりたいことは無限大に増えて行った。車の免許も取った。図書館へ行かなくても自分の足でいろいろな所へ行き、新しい物を見られるようになった。

そして何時しか図書館へは、行かなくなった。

 

大人になってから初めて訪れる図書館は、あの頃と何も変わっていなくて当時の思いや感覚が一気に蘇る。

小さなガラス窓のたくさん付いた深い緑色のドアに、装飾の施された金の取っ手。そのひんやりとした金属に手をかけるとゆっくりと押し開けた。

カランカランカラン

ドアに付いた鈴の音が鳴り止まぬうちにおばあさんが近づいてきた。

「いらっしゃいませ」

図書館は、本屋さんに変わっていた。内装も当時のままだし、置いてある物も本に違いはないが、あの頃のようにソファーに埋もれて1日中本を読むことが出来ないのかと思った途端に、私の中で魔法は消えた。

きっとあの頃本棚の隙間にみた本の世界は幼い頃の妄想だったのだ。そんな気さえしてきた。

私は本屋を出た。

そこで携帯電話を出そうと鞄を開けるが、入っていない。コートのポケットにも、どこにも見当たらない。あぁきっと車に忘れてきたのだと思ったが、私を乗せてきてくれたシルバーの車はもう何十キロも離れている。二人へ連絡を取る手段もない。途方に暮れているとそこに友人が通りかかって、電話を貸してくれた。しかし私はどちらの番号も覚えていなかった。また、途方に暮れる。すると、どこからか携帯のアラーム音が聞こえた。そうだ、今日は夕方にアラームをかけておいたのだ。この音に二人が気付いてくれれば…と考えながら違和感を覚えた。遥か遠くに居る車からのアラーム音など私に聞こえるはずがない。アラームは、私の近くで鳴っていた。音源を探すと、私の太ももだった。私の太ももに、携帯のケースに付いている磁石が埋まっていた。気付くのに時間が掛かったせいか、かなり深くまで埋まっていて、携帯をとると磁石型の穴がぽっかりと太ももにあいていた。アラーム音は止まらず、徐々に大きくなる。

目を開けると、携帯のアラームは枕元で鳴っていた。太ももをさすると、穴は無かった。安堵すると共に、また今日という一日が始まった。