平日の夕方、ガランとした公道を車で走っていると、前方に小さな赤いオープンカーが走っていた。夕日を浴びてより一層赤く染まったその車体は、猛スピードで走ることもなければかっこいいエンジン音を響かせるわけでもなく、スーパーカーというよりはエンジンを載せた一輪車のような印象だった。それもそのはず、少しずつ距離が縮まり、運転手の後頭部が見えてくると、その車には屋根だけでなく後部座席の部分もスパっと切れたように無い事が分かった。二輪で器用に走っているのかなと考えていると、倒された助手席のシートに寝ている老人の首が下に90度に折れ曲がっている事に気が付いた。首の骨が折れているのか、車の振動に合わせてぶらぶらと揺れ、逆さまの顔がこちらを見ていて何とも不気味だ。口は開いたままで、白目だったので気がつかなかったが、前の車が赤信号で止まったので徐行していたらその老人がうちの会社の会長だと気が付いた。驚いてブレーキを踏む足が緩まってしまい、コツンと赤い車に当たった。傷やへこみがつくほどではなかったが、相手の車のタイヤが白線から少し押し出されたところで、運転していた男が振り向いて睨んできた。

私は車から降りてすみません、と小さく声をかけると、会長のシートベルトを締めた。と言うのもこの車にはオープンカーだからか、会長を寝かせて運ぶ為か、ベルトが腰部分と胸部分の二箇所あり、腰の所しか留まっていなかった為に上半身がぶらぶらと左右に揺れていた事が分かったからで、これであの不気味さが減ると思ったのだ。

しかし私が車をぶつけたから会長の首の骨は折れてしまったのではと思い始め、その後赤いオープンカーの後ろを走ることなく、私は車を置いてその場から立ち去ってしまった。

あの老人は生きているのだろうか。私は彼の運命を何か変えてしまったのか。私は全国に散らばるかつての同郷に助けを求めた。

 

いつの間にか陽は落ち、辺りは夜の闇に染まっていた。潔白のはずなのに、なぜか拭いきれない罪悪感が押し寄せる。そんな気持ちから逃げるように、箒に跨ると豊科の飲み屋街を掻い潜るように飛んだ。箒で飛ぶのが昔から得意だった私は、海を泳ぐ鯖のように滑らかに夜空を西へ進む。街を抜け広い田畑を過ぎ、連なる山々の中で一番小さな山の中腹、木で囲まれた私たちのお家が見えてきた。カボスやツバキが生い茂る庭がお気に入りだ。

東面の壁には殆ど木材は使用せず、大きなガラスを使用している。その為煌々と灯した室内の電気で夜も見えやすく、二階の広いウォールナット色のウッドデッキは、箒で飛んできた際に着陸しやすいので大体みんなこの家には二階から入る。そしてここのカボスで作ったジュースを飲んだ者にしか家の外観は見えないので、隠れ家にするにはもってこいだった。

今日は誰も居なかった為暗闇での着地となったが、小さな葉を所狭しと付けたカボスの枝に少し掠っただけで済んだ。ウッドデッキに降り立つと、すぐに鍵を開けて滑り込むように中に入った。ほっとしたのも束の間、何者かの気配を感じた。薄暗い室内に差し込む僅かな月明かりに照らされる人影。すぐに電気を点けると、黒いコートをきたスキンヘッドの男が立っていた。小柄だが恰幅のよいその男が階段を降りてこちらに近づいてくる。

ダイニングを透視すると、机の上に夕飯として並べられていたはずの私たちのフレンチが綺麗に平らげられていた。男は爪楊枝をくわえながら、僅かに飛び上がったかと思ったらヒュッという短い音と頬を撫でる程度の風を残して窓の隙間から逃げていった。

不気味な出来事に身震いしつつも二階と三階の電気を全てつけ、食器を片付けていると外から人声が聞こえた。

急いで外に出ると懐かしい面々が揃っていた。私の信号を受け取ったマオと紗由美が数名の弟子を引き連れてやってきてくれたのだ。二人はデッキでサッカーをして盛り上がっている。こんな状況なのにマイペースな二人を見てどこか安心しながらも、いつも到着の早いハルちゃんが居ないことに気付く。

「ハルちゃんは?」

逸る気持ちを抑えながら二人に届くように大きな声で問いかけると、マオからのロングパスを止めた紗由美がこちらを向きながら肩をすくめる。

そこへちょうど穂の国から到着したユマが箒を降りながら口を開く。

「ハルカは箒の調子が悪くて泳いでくるって!」

「ハルカなら明日の朝には着くでしょ」

紗由美の返答に、ハルちゃんが猛スピードで日本海を泳いでくる姿が浮かんだ。