風が、枯れ葉の上をそっと撫でるように通り過ぎた。
夕暮れの木立の向こうから、子どもの鼻歌のような音が聞こえる。
「ポンポイパパイ、ポンパパイ…」
その声の主は、たぬきの耳を持った少年だった。
人間のような顔立ちをしていたけれど、よく見ると目の奥に森の深さがあった。
少年は歌いながら、小さな壺に木の実や小枝を詰めていた。
壺にはひとつひとつ名前がついていて、たとえば「泣いた日」とか、「なくしたもの」とか。
それらを集めて、森の奥の誰かに届けるのが、彼の“しごと”だった。
「ポンポイパパイ、ポンパパイ…これはきみの音だね。」
そう言って少年は、私の靴音を聞いていた。
どこから来たのかと訊かれても、私にはもう分からなかった。
でもなぜだか、その声を聞いた瞬間に、忘れていた何かが胸の奥で揺れた。
「耳を澄ませて。世界はね、本当はいつも小さな音で話してる。」
そう言って、少年は壺を一つ、私の手にそっと押しつけた。
中には、きっと、名前のつけられないものが入っていた。
「またね」と言って、彼はふいに霧の中へと消えていった。
しばらくのあいだ、森の奥から小さく響くあの歌が聞こえていた。
「ポンポイパパイ、ポンパパイ——」
まるで夢の出口をふさぐような、やさしい呪文だった。