女が店を出たとき、ちょうど風が吹いた。
黒いロングコートの裾が揺れ、ソフト帽をかぶった男とすれ違う。
目暮警部のようなその男は、女のことなど気に留める様子もなく通り過ぎた。
女は肩をすくめて、自販機の前で立ち止まる。
買いたいのはコーラ1本。それだけのはずだった。
ショルダーバッグの中をごそごそと探る。
財布の中身は、小銭がじゃらじゃら。
期限の切れた宝くじ、くしゃくしゃのレシート。
それらが指先に触れるたび、女は自分が“だらしない女”を演じていることを思い出す。
その方が都合がいい。何かと。
「251円……高すぎるわね」
自販機の表示に、女は眉をひそめた。
ショルダーバッグの紐が、コートのボタンに絡まり、女は赤いヒールのかかとを軽く鳴らして足を踏み出す。
遠くから見ていた誰かが、“まきの仕草”があるとつぶやいた。
コーラ1本買うのに、こんなに時間がかかるなんて。
「たまったもんじゃないわね」
そう呟いて女は、自販機に背を向けた。
風が、コートの裾をもう一度揺らした。