Austrian-Hungarian battleship SMS Wien
オーストリア=ハンガリー帝国海軍 モナルヒ級海防戦艦 SMSウィーン
(JSC 265) 1:250スケールペーパークラフト
6月に入ってから製作を開始した海防戦艦ウィーン、おおよそひと月ちょいの
製作期間で完成しました
カバーイラストや平面図では寸胴であっさりとした印象を持った戦艦ですが
作ってみるとなかなか情報量が多くて面白かったですね
99mと言う小さな船体に戦艦の要素が詰まっているシルエットと
大戦前らしい黒白黄の鮮やかな船体色の塗り分けが目を惹きます
戦艦…といっても凪いだ内海であるアドリア海での沿岸防衛を前提に建造された海防戦艦
航続距離や速度・外洋航行能力は重視せず代わりにサイズに見合わない火力と装甲を備えた艦でした
とは言えこの戦艦ウィーンが戦場に駆り出されたのは第一次世界大戦の1915年頃
兵器の発達が著しかったこの時代、1890年代建造のウィーンを含むモナルヒ級戦艦は
代艦の建造が計画段階の古参艦となっていました
そんな立場からアドリア海で沿岸への攻撃支援などあまり華々しい活躍とは縁がなかった
戦艦ウィーンを有名にしたのは皮肉にもその最後でした
1917年の11月、地上攻撃任務を終えてトリエステ港に停泊していたウィーンは
夜闇に乗じて湾内に潜入したイタリア軍の魚雷艇からの攻撃を受け2発の魚雷の命中弾を受け横転、沈没します
旧式とは言え水上からの攻撃には万全の備えを施されていた戦艦が
ただのボートである魚雷艇に、しかも僅か2発の命中弾をもって戦闘不能となった事は
海戦における水雷戦闘の非対称性を強く諸国に印象付ける事件となったそうです
アドリア海という魚雷艇にとっても活動しやすい環境からか
あるいはこの件で余程ケチが付いたのか、その後もオーストリア・ハンガリー海軍は
当時最新鋭の戦艦であったテゲトフ級戦艦セント・イシュバーンもイタリア軍の魚雷艇による攻撃で撃沈され
こちらはオーストリアの降伏後ですが同じくテゲトフ級のフィリブス・ウニティスも小型潜航艇で潜入した
特殊部隊に艦底を爆破されて沈むなど次々イタリア軍の大物食いの餌食となってしまいます
第二次世界大戦の海戦が航空機によって様変わりしたように
魚雷による水上戦の変化を代表するような来歴をもった艦でした
同社からはちらっと触れたフィリブス・ウニティスの他にも
多くの同時代の戦艦が同スケールでリリースされています
とりあえず持ってるフィリブス・ウニティスもいずれ作りたいですね