ladder-23のペーパークラフトとか日記

ladder-23のペーパークラフトとか日記

模型(主にペーパークラフト、カードモデル)の製作日記や普段の出来事の覚え書き

愛知県春日井市 愛岐トンネル群

2026年度春の特別公開 2026年5月3日(日)

 

毎年恒例の愛岐トンネル群の一般公開

今年も初夏の新緑を楽しみに春の公開へと行ってきました

 

千種からJRで定光寺へ

天候は曇り空、青空も気持ちがいいですが愛岐トンネル群では殆ど木陰を歩くので

日射しの柔らかい曇り空も悪くありません

道端のアジサイにはもう蕾が

元から秋に比べれば訪れる人の少ない春の公開

午後から雨予報の曇り空もあってのんびり歩ける人入りでした

今年も順番に歩いていきます

前日は雨ではなかったのですがここ数日は時折雨が降った為

トンネル内はピタピタと水が滴りかなりひんやり

瑞々しい林道に佇む赤レンガのトンネルがシックな雰囲気

竹林の緑も鮮やかです

短い4号トンネルを通り

新緑鮮やかな大モミジに

紅葉は中々いいタイミングで来れないものですが

新緑はこの時期なら外れないのが良いですね、頭上を覆う緑色が圧巻です

道なりに歩いて行き

はたらく車たち

毎年春と秋の数日ずつの公開ですが、公開日以外は有志による保守や調査が行われています

お弁当やお土産を売るマルシェ広場では足を止める人が多く人だかりに

アジサイに似たヤブデマリが所々に花を咲かせていました

横から見ると中々面白い花の付き方です

 

そう言えば今年はまだどこかに鯉のぼりを見に行ってないですね

ノリタケの森とか行こうかな

マルシェ広場から5号トンネルへ

演奏の準備中の赤レンガ広場を横目に

6号トンネルへ

前半部は真っ暗な6号トンネル、懐中電灯などは必須です

後半はLEDの壁面ライトアップと

今年も妖怪プロジェクション

長い6号トンネルの出口に到着

いつも通りここが折り返し地点

6号トンネルを再び戻り

赤レンガ広場で始まっていたフォルクローレ演奏を聴きながら少し休憩

裏山に登りこちらも緑鮮やかな大エノキ

もみじ山の遊歩道へ

圧倒的な緑色のパノラマを味わい

川沿いの下道より帰路につきます

暗渠は大分水浸しのようなので今回は遠慮して

 

大モミジ広場でいったん往路と合流

鉄橋から下に降りて

入口に戻ってきました

定光寺駅まで戻り

タイミングが合ってすぐにやってきた電車に乗って帰りました

昼食は千種駅に来たコレ…の立ち食いきしめん

Faa di Bruno 1943(1:200 GPM)
イタリア海軍 モニター艦 ファー・ディ・ブルーノ / 浮き砲台 GM194

 

4月に掛けて製作していましたファー・ディ・ブルーノ、これにて完成です

ファー・ディ・ブルーノ 1943 1:200 GPMモデル

 

モニター艦…と分類されるにしても余りにも船の形を外れている四角いファー・ディ・ブルーノは

第一次世界大戦時にイタリアで建造された対地攻撃用の軍艦でした

ファー・ディ・ブルーノ 1943 迷彩モデル

元を辿ると第一次世界大戦前夜、イタリア王国海軍の目下の敵であるオーストリア=ハンガリー帝国は

急速に海軍の近代化を果たし近代的な弩級戦艦テゲトフ級4隻を建造・配備、

さらにはより強力な超弩級戦艦をも計画していました。

 

イタリア海軍はそれらに対抗すべく38cm砲を主砲とする高速戦艦、フランチェスコ・カラッチョロ級戦艦の

建造に着手します。

ファー・ディ・ブルーノ 1943 1:200 GPMモデル

フランチェスコ・カラッチョロ級戦艦の建造に並行し、同戦艦に搭載する主砲は

イギリスのアームストロング社より輸入され、あとは搭載する戦艦の完成を待つばかり…

という所で第一次世界大戦が勃発します。

 

イタリア半島の領有権の問題から半ば当事国として連合国側として第一次世界大戦に参戦したイタリアは

戦艦建造どころではなくなり4隻が計画されていたフランチェスコ・カラッチョロ級戦艦は一番艦の船体が

辛うじて出来上がった…という段階で建造が中止されてしまいました。

モニター艦ファー・ディ・ブルーノ 1943年型モデル

かくしてここまでは建造中止となったフランチェスコ・カラッチョロ級戦艦のお話

戦艦そのものは建造中止となった物も、フランチェスコ・カラッチョロ用に輸入していた主砲は

利用可能な状態で倉庫に保管されていました、当時最新鋭のクイーンエリザベス級戦艦にすら搭載されている

強力なアームストロング40口径38cm砲、遊ばせておくには流石に惜しかったのか

イタリア軍は戦時下で速やかに実現可能な範疇でこの砲の再利用方法を模索、沿岸砲台に列車砲…様々な形で

この砲が再利用される中、洋上から地上攻撃を行う目的でこの砲を搭載するために急造されたのがこのファー・ディ・ブルーノでした

 

ファー・ディ・ブルーノ 1943 迷彩モデル

このような事情から、とにかく速やかに実用化を求められたこのモニター艦

船体は安定性を備えつつ、設計は即座に実現可能な港湾作業用の重クレーン艀のものを転用

(一説には設計転用ではなく既に建造済みのクレーン艀をそのまま転用したとも)

主砲塔も戦艦の物をそのまま搭載する徹底した応急設計で戦時下でありながら起工から僅か3か月で進水に至り

進水の翌年には正式に就役、即座に実戦へと投入されました。

 

ファー・ディ・ブルーノ 1943 迷彩モデル

自力では殆ど航行能力を持たないファー・ディ・ブルーノは他の船によって戦場まで曳航され
第一次大戦中は対地攻撃等に利用された…とされますが、対地攻撃という任務の性質から
ファー・ディ・ブルーノの単艦としての戦果ははっきりと伺う事は出来ず、また就役から数か月後には
任務中の荒天で座礁してしまいそのまま終戦までそのままにされるなど、
実態としては戦力としてあまり活用できなかったようです。
 
 
ファー・ディ・ブルーノ 1943 GPM 1:200 モデル
そんな持て余し気味の急造戦力だったファー・ディ・ブルーノなので、第一次世界大戦後は
戦力として維持されることはなくヴェネチアへと回収されたのち軍役を除籍されました。
 
時代が下り第二次世界大戦が勃発、ファー・ディ・ブルーノは軍艦ではなく浮き砲台「GM194」号として
ジェノバへと回航、防衛戦力として配備されましたが、そこではイギリス軍の爆撃による故障で砲撃能力を失い、
イタリアの降伏に伴いその後ドイツ軍に接収されたとされますが、
恐らく機能を失ったままにされていた物と思われるGM194号はドイツ軍において「ビーバー」と名付けられて
戦力としては編入された記録はある物も目立った運用記録はなく
戦後もそのまま放置されてたジェノバにて解体されたことで数奇な経緯で誕生したモニター艦ファー・ディ・ブルーノは
その生涯を終えました。
イタリア海軍ファー・ディ・ブルーノ 浮き砲台 モデル
 
という訳で今回製作しましたのはポーランドのカードモデルメーカーGPMの
1:200スケールモデル「ファー・ディ・ブルーノ 1943r」でした
カードモデルメーカーとしては大手の一角のGPMながら何気にこれまで作った事は無く
初めてのGPMキットです
ファー・ディ・ブルーノ GPM 1/200 1943年型モデル
 
肩書が1943r(型)である事から、ファー・ディ・ブルーノのモデルではありますが
第二次世界大戦時の浮き砲台GM194号時の姿を再現している…と思われるモデルなのですが
元よりたいして写真の見つからない地味なモニター艦な上に第二次世界大戦時の撮影、とされる
資料はネットで検索した程度では全く見つからず、この状態で正しいのか…
特にこのモデルの印象的な白茶の迷彩は史実の運用に即した物かはどうにも怪しい所はありますが
浮き砲台を岸壁の波の陰影に欺瞞する迷彩?‥かもしれません
 
とは言えインパクト抜群な外見を持つこのモデル、楽しく製作出来ました
ファー・ディ・ブルーノ 1943 GPM 1:200スケールモデル
上の写真は同スケールの駆逐艦陽炎(初代)と並べて、単体だと今一スケール感が判らない艦ですが
普通の軍艦と並べるとやはり主砲のサイズとそれが四角い艀に乗ってる姿の異様さが際立ちますね
 
というわけで4月を使ったファー・ディ・ブルーノ、外見同様に数奇な運命をたどった船でした
 

 

 

 

 

滋賀県八幡市 安土城跡

2026年5月2日(土)

 

今年もあっという間に5月、ゴールデンウィークの始まりです

GW初日は少し遠出して以前より行ってみたかった安土城へと行ってきました

安土城跡の石段と緑豊かな山

金山からJRに乗って出発

安土駅のプラットホームと電車

JRで約一時間…米原へ

米原までは新幹線でも行けますがこの位の距離だと在来線との時間差は2~30分程

+2000円と思うとちょっとコスパ悪めです

安土城跡の山並みと田園風景

米原でJR琵琶湖線に乗り換え、普段見ない色の電車が居ると遠くに来たと感じます

米原駅で電車を待つ人々

米原から琵琶湖線で30分、安土駅に到着です

安土駅のホームと線路

駅前の信長像

安土駅前 信長像とレンタサイクル店

最近のイメージからするとちょっと恰幅が良い信長様

鎧姿で無い銅像も珍しいかも

安土駅前の信長像

安土駅から安土城までは約2km、安土城周辺でも結構移動する予定なので

現地の足にレンタサイクルを借りました

安土駅前 レンタサイクルと観光案内

レンタサイクルに乗って出発

安土城跡への道、レンタサイクルと標識

こちらは安土城のかつての外堀だとか

安土城跡へ向かうレンタサイクルと水辺の風景

標識にそって自転車で約15分、安土城跡に到着

安土城跡への案内標識と駐車場

かつては全体に安土城の城塞が築かれていたという安土山、現在では木々に覆われた普通の山となっています

安土城跡の石垣と緑豊かな山並み

かつての石垣が復元された麓の広場を通り

安土城跡の緑と空、石垣

入山口へ、今年で築城450年

安土城跡 築城450年 旗と建物

かつての城の正門、大手門にあたる入山口から入り

天守へ向かう大手道へ

安土城跡の石段と緑

幅9mにもなる石段、この石段の伸びた先の山頂にそびえる天守閣が見えるようになっていたそうで

安土城跡の石段と緑

大手道の両脇には織田家に仕える武将の邸宅が並んでいたとかで

こちらは羽柴秀吉邸、と伝えられる場所

安土城跡の石垣と緑、観光客

安土城跡の石段と石垣、緑豊かな山道

石垣に備えられた階段を上り上から臨み

安土城跡の石垣と石段、緑豊かな風景

城として復元された建物や土塀は有りませんが

防御のための砦ではなく、行政の拠点や権威の象徴として作られた城郭であったことが

大手通とその左右の区画から伺えます

安土城跡、石垣と初夏の緑

大手道の石段をまだまだ上り…

安土城跡の石段と緑

安土城跡の石段と緑豊かな風景

初夏の鮮やかな緑と石段がよい組み合わせ

とはいえ真夏に来たらかなり暑そうですね、来るなら春~初夏か秋がよさそうです

安土城跡の石段と緑

擦り切れてぱっと見判りませんが石垣や石段には所々築城時に石材として集められた

石仏などが混ざっている様子、うっかり踏んでしまわないよう注意…

安土城跡の石仏と賽銭箱

まだまだ上り…

安土城跡の石段と石垣、緑豊かな森

本丸などを含む安土城中枢部の入り口になる黒金門がここに有ったとされます

安土城跡の石垣と緑豊かな木々

本丸へと続く石段を登り

安土城跡の石段と緑、初夏の風景

 

安土城跡の石垣と石段

かつての天守閣があった区画へ、ほかのお城のような復元天守は無く

発掘された礎石が並ぶ広場です

安土城跡 礎石 琵琶湖

ここに高さ46m7階建てと言う絢爛豪華な天守閣があった…とされます

安土城跡の石段と石仏、緑豊かな風景

天守台から琵琶湖を望み

安土城跡からの琵琶湖と田園風景

地面からでもこんな景色なので当時の天守閣の上層からは城下や琵琶湖の隅々まで見渡せたかもしれません

また、各地からも安土城の天守閣はよく見えたと思われます

所謂防御拠点の為の砦ではなく権威の象徴として天守閣を設けたのはこの安土城が最初の物だったとか

京都を睨む立地も含めて信長様らしいお城です

安土城跡から望む琵琶湖と田園風景

天守から帰り道、ここからは登って来た石段を下りていきますが

段差が大きい石段は登るのもですが降りる時も中々大変です

安土城跡の石段と木漏れ日

安土城跡の石段を歩く人々

今だ発掘調査の途中の安土城、城跡の各所で調査中の区画が見られます

安土城跡で発掘調査中の風景

帰路は大手道ではなく裏の山道を通っていきます

安土城跡 帰路 總見寺 宝塔 二王門

ちなみに史実でも大手道を通るのを許されたのは身分の高い人のみで通常は

西側の山道から登城したようです

安土城跡の石段を登る親子

三重塔が見えてきました

安土城跡、三重塔と新緑の景色

安土城の築城と共に設けられた信長の菩提寺、摠見寺の三重塔

後に出てくる山門と共に安土山にある建築物としては唯一の当時の物が残っている部分だそうで 

安土城跡の三重塔と緑豊かな木々

ここから見えるのは琵琶湖の支流の西の湖、こちらも良い景色です

安土城跡からの琵琶湖と山々の眺め

山道を下り

安土城跡の三重塔と石段

山門へ

安土城跡 摠見寺山門と三重塔

安土城跡 摠見寺の山門と三重塔

山門からは安土山の山麓を歩いていくルートを通り

安土城跡の山道と木々

大手通の入り口近くへと戻ってきました

安土城跡の石垣と緑豊かな風景

ゆっくり歩いて案内板も読みながら…で約2時間ほど

高低差も含めてたっぷり歩いた城址でした

安土城跡の石垣と建物

他の観光客の方々も入山口の休憩所で一服

安土城跡の売店と石垣

入山口の近くには小さな資料館もあり

入山前に予習で見るのもよし降りてきてから休憩しながら振り返りも良し…

安土城跡の石垣と歴史

しっかり歩いた安土山を後に再びレンタサイクルに跨り

安土城跡の石垣と緑豊かな山並み

安土山から自転車で10分程

安土城跡周辺の田園風景と建物

安土城考古博物館へとやってきました

安土城考古博物館と緑豊かな山並み

安土城考古博物館と信長の館

安土城に関する資料展示やシアター映像でお勉強

織田信長と安土城の展示

安土城博物館の木造模型

先ほど見てきた安土城大手道の秀吉邸の復元模型、現地を見た後だとイメージもしやすいですね

安土城跡の復元模型

安土城跡の模型、大手道と石段

博物館を見回って

安土城考古博物館の建物

同区画にある安土城の復元天守を保存する施設「信長の館」へ

信長の館 外観

92年のセビリア万博にあたって復元された安土城の最上部、4,5層目が屋内展示されています

安土城復元天守の豪華な屋根と柱

安土城復元天守の豪華な内装

豪華ですねえ…

安土城天守復元模型の金色の屋根

これだけ金ピカが安土山の上に建っていれば夜などはさぞ煌々と輝いて見えたのでしょう

安土城復元天守4・5層目の豪華な内装

そんな安土城天守も建立から僅か3年でその主織田信長を失い、ほぼ同時期に原因不明の火災により焼失

今日に残る資料の少なさもあって織田信長の城、としては有名ながらもその実態は謎多き幻の城となりました

安土城復元天守4・5層目

安土城の往時の姿を偲びつつ信長の館を後にし

安土城博物館と二つの塔

ここからは帰り道、のんびりしすぎてレンタサイクルの借用時間を過ぎてしまいました

田園風景の中の安土城への道

安土駅に戻ってレンタサイクルの延滞料金を支払い

安土駅前の織田信長像と復元された安土城の壁画

帰りの電車まで少しばかり時間があるので駅前にもある

安土城の資料館にも立ち寄り

安土城考古博物館の外観

ここはとても小さな施設ですが安土城の天守(の復元案の一つ)のカットモデルを見る事ができます

安土城天守復元模型の断面図

城内に吹き抜けがあり宝塔が立てられている型破りな姿

これも復元案の一つではありますがなんとも信長様らしいお城です

安土城天守復元模型

という訳でしっかり歩いて学べた安土城跡とその周辺

余裕があれば近江八幡まで行こうかと思っていましたが流石にそんな余力もなくここから帰り道となりました

安土駅の米原方面行き案内表示