2026年4月28日(火)~7月5日(日)まで
東京・上野にある東京都美術館にて
「東京都美術館開館100周年記念 アンドリュー・ワイエス展」
が開催されています。
今日は、
アンドリュー・ワイエスの作品を多数所蔵している
ファンズワース・アート・ミュージアムと、
写実主義の画家・アンドリュー・ワイエスについて
紹介してみたいと思います。
ファンズワース・アート・ミュージアムは
メイン州(ME:Maine)
ロックランド(Rockland)にある美術館で、
Lucy Copeland Farnsworthの遺贈により設立され
1948年に開館しました。
全米屈指の
アメリカ美術コレクションとして知られ、
アメリカ、中でもメイン州で活躍した
アーティストの作品を多数所蔵しており
コレクションは約15,000点にのぼります。
また、
ファーンズワース邸とオルソンハウスという
2つの歴史的建造物も併設しています。
ファンズワース邸は美術館に隣接していますが
オルソンハウスは美術館から離れた場所
(384 Hathorne Point Rd, Cushing, ME 04563)
にあります。
ファンズワース・アート・ミュージアムの
公式HPによると
「特に指定がない限り館内全域で写真撮影が可能。
撮影した写真は友人やSNSで共有しましょう。」
とあるので、
この美術館内で撮影した絵画達のうち
ファンズワース・アート・ミュージアム所蔵のもののみ
一部紹介したいと思います。
「Turkey Pond」
(1944年の作品。
写真は、ファンズワース・アート・ミュージアムにて撮影したものです。)
アンドリュー・ワイエス(Andrew Newell Wyeth)は、
1917年、
ペンシルベニア州(PA:Pennsylvania)
チャッズフォード(Chadds Ford)にて
5人兄姉の末っ子として生まれました。
父親は挿絵画家として有名な
Newell Convers Wyethで、
家族仲は良く
一緒に読書や散歩をしたり、
夏には
メイン州(ME:Maine)
ポートクライド(Port Clyde)で過ごし、
自然に触れる機会が多かったようです。
体が弱かったアンドリューは
学校に通学することができず
家で家庭教師についてもらい勉学に励みました。
8歳の頃に父親に連れられて観た
King Vidor監督の無声映画
「The Big Parade」に感銘を受け
その後のアンドリューの作品にも
影響を受けているそうです。
9歳頃には水彩画をはじめ、
15歳頃には父親のスタジオで
見習いとして働き始め
人物画・水彩画を学びました。
また、
後に彼の画風の特徴となるテンペラ画は
義兄のPeter Hurdから学びました。
テンペラ画(Tempera painting)とは、
ラテン語で「混ぜ合わせる」という意味の
「temperare」が元になった言葉で
卵黄などの乳化作用をもつものと
絵の具を混ぜ合わせて描く画法のことです。
乾きが早いため繊細な描写がしやすく
自然の色合いを出しやすい特徴があります。
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上記の「Turkey Pond」は
アンドリューの初期のテンペラ画の1つです。
秋の静かな朝、
アンドリューの幼馴染のWalt Andersonが
2人が幼い時によく遊びに行った
Turkey Pondに向かっている姿が描かれています。
アンドリュー夫妻が幼馴染を偲んで
1995年に
ファンズワース・アート・ミュージアムに
寄贈されたものです。
しかし、当時この絵について
アンドリューの父からは
「失敗作だ」
「人物に付き添う犬や狩猟用ライフルなど、
視覚的な興味を引く要素がもっと必要だ」
と指摘を受けていました。
父はアンドリューにとって絵の師でもありましたが
父の影響から自立するために
自らの表現方法を
確立し始めようとしていたのだと思います。
「The Kitchen Door」
(1942年の作品。
写真は、ファンズワース・アート・ミュージアムにて撮影したものです。)
1940年
メイン州で出会ったBetsy Jamesと結婚します。
Betsyがアンドリューとの結婚を決めたのは、
オルソンハウスに住むBetsyの友人
Christina OlsonとAlvaro Olson姉弟を
アンドリューに初めて紹介した時の出来事が
きっかけだと言われています。
Betsyは
「自分の大切な友人を前にして
アンドリューがどう振舞うか」を試し、
見事合格したアンドリューは
Olson姉弟とも親交を深めていきます。
オルソンハウスの2Fの部屋を
スタジオとして借りることを許された
アンドリューは、
オルソンハウスとその景色、
姉弟の絵をたくさん描きました。
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上記の「The Kitchen Door」は
25歳頃に描かれた作品です。
オルソンハウスの台所の裏口で
Alvaroが佇む姿を描いたものです。
姉のChristinaは
シャルコー・マリー・トゥース病という病で
歩行が困難な状態にありました。
そのため
姉のChristinaは料理などの家事をし
弟のAlvaroが農業をおこなって
生計を立てていたようです。
この絵は、
弟のAlvaroが仕事の合間・前後などに
一息ついている姿なのではないかと
思います。
「Wood Stove」
(1962年の作品。
写真は、ファンズワース・アート・ミュージアムにて撮影したものです。)
ドライブラッシュで描かれているのが特徴の、
オルソンハウスの内部と
姉のChristinaを描いた作品です。
足の不自由なChristinaにとって
キッチンは彼女の時間の大半を過ごす場所でした。
弟のAlvaroの姿はありませんが
右側の空席の椅子には
きっとAlvaro座るのでしょう。
窓には
後に紹介するゼラニウムが飾られています。
ドライブラッシュ(Drybrush)とは、
乾いた筆に絵の具を少しだけ付けて
絵を描く技法のことで、
シャープな線を描きやすくなります。
Christinaの髪の流れや
ゼラニウムの花が細部まで描かれています。
「Geraniums」
(1960年の作品。
写真は、ファンズワース・アート・ミュージアムにて撮影したものです。)
先ほどの「Wood Stove」と比べて
向きを変えて外から描いた作品です。
中に見える人影は
もちろん姉のChristinaでしょう。
Christinaは足が不自由ではありましたが
できるだけ他人の手を借りず
自分自身の力で行動したいという想いをもった
強い女性だったそうです。
窓から見える奥の窓からも光がさしており
彼女の生活の大半は
台所であったかもしれませんが
決して彼女の世界は閉ざされていない
ということを感じてしまいます。
「Room after Room」
(1967年の作品。
写真は、ファンズワース・アート・ミュージアムにて撮影したものです。)
先ほどの「Wood Stove」と比べて
向きを変えて部屋の中から描いた作品です。
アンドリューは作業場(収納場)にいて、
Christinaのいるキッチン
さらにはその奥のダイニングルームへと
ドアを次々と通り抜けるように描かれています。
アンドリューの作品を複数見ていると
オルソンハウスの間取りがよくわかります。
【まとめ】
私はアンドリュー・ワイエスを
「アメリカを描き続けた画家」
(しかもメイン州とペンシルベニア州ばかり)
として、
渡米後に出会い
興味を持つようになりました。
この時は時間の都合上
オルソンハウスや
オルソンハウスを臨む場所にある
アンドリュー夫妻の墓地には
寄れなかったのですが、
いつか訪れてみたいです。
今回の「東京都美術館開館100周年記念 アンドリュー・ワイエス展」では
ファンズワース・アート・ミュージアムからの作品は
「Geraniums」(1960)
「Cat Nap」(1963)
を見ることができるようです。
東京近郊にお住まいの方は
「東京都美術館開館100周年記念 アンドリュー・ワイエス展」を
是非観に行ってみて下さい。






































































































































