おはようございます、渡辺しのぶでございます。
以前書いたことがあるのですが、
私の父(80歳)は昔「本田技研」に勤めていました。
30代で脱サラしてしまったのですが(笑)
本田宗一郎氏をリアルで存じ上げているという
非常にうらやましい存在です。
本田社長は社員から「おやじ」と呼ばれて
親しまれていたそうです。
父は埼玉県の朝霞工場に勤めていたのですが
社長は現場にちょくちょく顔を出し
「お前たちが頑張ってくれるから売れているぞ。」
なんていう言葉がけをしてくれたそうです。
最近某メルマガで
書籍「1分間本田宗一郎」(SBクリエイティブ刊) が紹介されていました。
その中にこんなことが書かれているそうです。
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生前、博物館や銅像を建てるといった話もしばしば持ち上がったが、
こう言って断っている。
「本田という人がいた、ぐらいのことでいい。
要は、現在だけを大事にすればいい。
現在は過去の蓄積なんだから」
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社長退任後は
「『人生の着陸』だけは立派にやりたい」という言葉通りの生き方をした。
社長を退任した本田は約2年の歳月をかけて日本国内の工場や出張所、
海外の駐在所などすべてを回って社員の日頃の苦労をねぎらっている。
こうした社員一人ひとりの努力があったからこそ
ホンダが世界的企業となったことを、よく理解していた本田ならではの行動だろう。
「地味にやってる人たちがあればこそ、何とかなる」。
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ああ、本当に良い経営者だったんだな。。。
父の言うとうりだなぁ。
地味にやっている人がいるからこそなんですよね。
それを忘れちゃいけませんね。
